幕引き

 あれから、山の中で呆然自失としていた僕は、警察の捜索隊に呆気なく捕まった。

 エミは――妹の遺体はそのまま警察の手に渡り、捜査終了後に火葬されるようだ。

 僕はエミが息を引き取るその瞬間まで、彼女の名前を連呼していた。

 何度も、何度も、声が枯れるまで叫び続けた。

 そのせいか、僕の喉は重度の炎症を起こし、警察に捕まってもしばらくの間は、まともに口を利ける状態ではなかった。

 もっとも、例え声を出せる状態だったとしても、僕が口を開くことはなかったが。

 警察からの事情聴取が終わり、数日間の入院から解放されると、僕は意外にも在宅での保護監視処分となった。

 てっきり少年院にでも送られるのかと思っていたが、どうやら情状酌量の余地ありと判断されたらしい。

 家に帰ると、目を腫らした母さんと再会した。

 もう二度と跨ぐこともないと思っていた玄関の扉を開けると、母さんは僕に思いっきり抱き着いてきた。

 もう二度とこんなことはしないでほしい。今後は何でも母さんに話してほしい、と。

 僕は目に涙を浮かべながら、母さんの背中に手を回した。


「うん……ごめん、母さん……」

 

 僕らは、たった二人だけの家族になってしまった。

 もう絶対に家族は悲しませたくない。

 そして、エミの最後の願いを叶えるためにも、僕の胸の中にあった死にたいといった感情は、まるで泡沫うたかたのように消えて無くなっていた。


 ◆


 それから、さらに一年後。

 あの事件がきっかけで僕は高校を中退した。

 学校側からは通信制でもどうかと勧められたが、何となくやる気にならなかったのでキッパリと断ってしまった。

 そして、今では実家で母さんと二人で住みながら、アルバイトに明け暮れる毎日を送っている。

 そんなある日。

 

『ピンポーン!』


 と、今日の夜勤に備えて昼寝をしていた僕は、家のチャイムが鳴る音で目覚めた。

 最近は、めっきり減ってきたが、以前までは何度もこの音に悩まされていた。


「はい、どちら様ですか?」


 僕は眠い目をこすりながら、玄関のドアを開ける。

 そこには、眼鏡をかけた背の高い男性が立っていた。


「お忙しいところ恐れ入ります。私こういうものでして」


 男が名刺を手渡す。

 『×新聞』……ね。

 またこれか、と僕は心底めんどくさそうにその男の名刺を受け取った。


「妹の件……ですか?」

「ええ、心中お察しします……って、え⁉」


 僕は新聞記者の男の話を遮って、扉を勢いよく閉めた。

 『心中お察しします』――これ自体はよく使われる普通の言葉。

 今日が初対面のくせに、この男は僕の気持ちをよく理解しているらしい。


「よく言うぜ」


 僕とエミのことなんて何も知らないくせに。

 僕は玄関前の騒音を無視しながら、ベットに突っ伏した。

 

 心中――この言葉には二つの読み方がある。

 一つ目は、しんじゅう――複数の者が一緒に死ぬこと。特に恋愛感情のある男女間で使われることが多い言葉。

 二つ目は、しんちゅう――心の中。胸中。内心。通常は表に出すことのない、本当の気持ちを表す言葉。


 僕らは心中しようとした。一緒に命を絶とうとした。一緒に心の内をさらけ出し合った。

 それなのに、部外者がよく簡単に「お察しします」なんて言えるものだ。

 僕らはそこらの家族以上に家族だった。


「そんなに話を聞きたければ、まずは心中してみろよ」


 僕は扉の先にいる名も知らぬ人物に向かって、ぼそりと悪態をついた。

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心中お察しします 麻井照 @teru-asai

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