第20話 遭遇


(信康様……!)

「――今、参りますぞっ!」

榊原康政は、愛馬の腹を激しく蹴り上げ、さらに速度を上げた。

先刻、この戦の潮目が決定的に変わった。

覚醒した本多隊が滝川隊をあと一歩のところまで追い詰めた最中、織田軍はさらなる兵站の濁流を投入し、本多隊へ手痛い反撃を喰らわせたのだ。

しかし、いくら織田とて、兵の補充は無限ではない。

滝川の方へ兵を割いた皺寄せは、確実に別の場所に現れた。兵の補充が間に合わなくなっていた前田利家隊に対し、万千代(井伊直政)が猛然と再突撃を敢行したのだ。

前線に生じた、ほんの僅かな空白。

その奇跡のような「道」を、徳川の若き大将・信康様は見逃さなかった。信康様率いる軍勢は、織田の本陣めがけて、まるで闇夜を切り裂く稲妻のような神速の進軍を見せたのだ。

その突撃を合図に、小平太(榊原康政)もまた雌伏を辞めた。徳川の、三河の未来を守るために、全軍を率いて走り出したのである。

ただ、唯一の気掛かりは――。

これまで完璧無比な戦術を展開してきたあの織田信長が、あまりにも綺麗に、教科書通りの隙を見せすぎたことだった。

(……いや、案ずるな。英雄が死ぬ時というのは、得てして神に見放され、信じられぬような不運が重なるものだ)

それが、今日という日なのだろうか。あの魔王の不敗神話が、今日ここで終わるのだろうか。

だが、どちらにせよ――今の徳川には、このまま織田の懐へ飛び込む以外の選択肢など存在しない。

これが信長の仕掛けた「餌」であろうが、千載一遇の「好機」であろうが、知ったことか。

世の常として、極上の宝物というものは、無傷では手に入らぬと相場が決まっている。

相手が織田信長という最高の獲物ならば、我が身一つを対価として差し出すなど、安い買い物ではないか。

小平太は、並び走る我が兵たちへ向けて、喉が裂けんばかりの檄を飛ばした。

「我が親愛なる者たちに告げる――!」

「明日を捨て、一千年の先まで生きようぞっ!!」

死を恐れるな。ここで歴史に、一千年の先まで語り継がれる伝説を刻むのだ。

小平太の叫びに応えるように、率いる隊の男たちは、皆一様に無言の、しかし凄絶な笑顔を浮かべた。

信長の本陣まで、あと百十間……!

「酒井忠次の魂を、共に!」

既に、信康様は信長の本陣へと斬り込まれている。

ならば――我ら三河武士の手で、あの化け物退治を、永遠に語り継がれる不滅の英雄譚へと押し上げましょうぞ!

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