第17話 己の貫き方
「家康めが……!」
意識を取り戻した羽柴秀吉の口から、憎々しげな言葉が漏れ出た。
時間にして、わずか十五分から二十分ほどのことだったろうか。敵の激しい銃撃に馬が動揺し、落馬した衝撃で気を失っていたのだ。
前線は徳川の猛攻に押されているものの、決定的な破綻には至っていない。どうやら酒井忠次討ち死にの報せが、徳川の兵どもをさらに苛烈な狂気へと変えたようだった。
我が弟・小一郎(秀長)の冷静な差配がなければ、羽柴隊はとうに四散していただろう。
「小一郎! 大事ない、ここからの指揮はわしが代わる!」
秀吉は泥を吐き捨てるようにして立ち上がった。
小一郎は、ひどく深刻な面持ちで兄の顔を覗き込んできた。
「兄者。……わかっていると思うが、本当に大丈夫なんじゃな?」
「――分かっておる」
秀吉の背筋を、久方ぶりに止まらぬ冷たい雫が伝う。その不気味な感覚こそが、すべてを報せていた。
織田家の中で二十年近く戦い抜いてきた者なら、嫌でもわかる。
目の前の敵(徳川)が放つ緊張感を、遥かに凌駕する圧倒的な圧。何も考えず、ただその大いなる意志にすべてを委ねた先に見える、絶対的な勝利の予感――。
この、内臓を直接掴まれるような戦慄の感覚は、織田信長という化け物の指揮を体感した者でなければ決して理解できない。
(……だが、わしはただの手足で終わる気などないぞ)
信長様の参戦によって、我が兵の士気は天を突くほどに向上している。この絶好の機、ただ上からの指令通りに戦うだけでは、目の前にいる極上の獲物(家康)に対してあまりにももったいない。
気づけば、わしもあの魔王と同じように、不敵に笑っているのではないか。
「小一郎! この戦、信長様も家康も、二人でまとめて超えてみせるぞ……!」
秀吉は、胸の奥から湧き上がる野心をそのままに、高らかに吠えた。
すると小一郎は、肩の力を抜いた様子で小さく息を吐いた。
「あら?わしはとっくに、あの人らを越えれるおもーておーたが。何を今更じゃ、兄者」
弟は、そう言って軽く笑っていなした。
秀吉一人では、まだ足りぬかもしれない。
しかし、この二人であれば――あの狂った化け物どもを、必ずや唸らせてみせようぞ。
織田の魔王がタクトを振り、羽柴の怪物が牙を剥く。
戦場の狂気と速度は、さらにそのギアを上げた。
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