第14話 言霊は千里を走る



「家康様……っ」

酒井忠次、討ち死に。

そのあまりにも衝撃的な報せを聞いた瞬間、石川数正は、主君・家康様が今味わっているであろう絶望と苦しみを生々しく感じ取り、激しく嘔吐した。

酒井忠次という男を知る者ならば、誰もが「あれほどの知恵者が、何故そんな無謀な戦死を」と首を傾げるだろう。

だが、徳川の芯にいる人間にしか分かるまい。

酒井忠次という男の、殿へ捧げた忠義の、あまりの凄まじさを。

(家康様のご心労は、いかばかりであろうか……!)

今すぐにでも戦場へ帰陣して、我が知略のすべてを以て家康様をお支えしたい。

石川数正の、鬼気迫るあまりの形相に、傍らにいた本多正信は言葉を掛けるタイミングを完全に失っていた。

この二人は現在、京の地にて、徳川家の命運を根底から覆すような危険な大博打に出ている。

本多正信は、かつて三河一向一揆で殿に反旗を翻して離反し、諸国を放浪した末に帰参して、家康専属の「鷹匠」をしていた男だ。

だが、その隠された異才を見抜いた数正が、

「本多正信ほどの男に鷹匠をさせておくのは、他国の益にしかなりませぬ!」

「殿がお使いにならないのであれば、どうか某にお預け願いたい!」

と、殿に無理を言って譲り受けた経緯がある。正信はまさに、数正が育て上げた徳川次世代の最高頭脳とも呼べる男であった。

「……鷹の知らせには、何と?」

正信が静かに尋ねる。

「酒井忠次討ち死に。――そして、織田家との戦の詳細じゃ」

数正の苦渋に満ちた声に、正信の眉が跳ね上がる。

「なんと……? 酒井忠次様は織田方に寝返ったのでは?」

「詳しくは後ほど話す。今は一瞬の時間すら惜しい!」

数正は嘔吐を拭い、鋭い眼光で正信を睨み据えた。

「この京で、徳川の生き残りをかけた大博打の真っ最中じゃ。一瞬たりとも無駄にするな、正信!」

困惑する正信を尻目に、数正は一刻も早く策を成就させるため、脳細胞のすべてを研ぎ澄まして思考を加速させる。

徳川の表舞台を去り、この京へ潜む際に誓ったのだ。

この忠義を糧に、怒りを活力に。

困難を光に、逆風を力に変えると。

(――酒井忠次殿。あなたの魂を我が言葉に乗せて、必ずや徳川の風を、この京に吹かせてみせましょうぞ)

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