第13話 花瓶の行末

徳川家康様……!」

思わず戦場にて、自分の隊を率いる轟音。

だが、誰にも届かない場所で、酒井忠次はこの大きな時代のうねりの中で、徳川の主流から自分が放り出されたような感覚を覚えていた。

信康様の命を使い、徳川と織田の繋がりを強化し、連合の強固さを内外に示す。

これこそが、今の脆弱な徳川が生き残るために必要なことなのだと、己は信じて疑わなかった。

しかし――読み違えたようだ。

眼前にあるのは、怒濤の突撃を敢行する家康様、そして徳川の本陣。

流石に、我が主君である殿に刃を向けることなど出来はしない。

読み違えたならば、やるべきことは一つ。後はこの首の価値を、極限まで上げて見せようぞ。

「酒井隊、反転――っ! 羽柴隊に全軍突撃!」

「せめてあのサル顔の首を挙げ、殿に笑って頂こうぞ!」

羽柴秀吉隊の真っ只中に組み込まれていた酒井忠次の、突如たる謀反。

だが、それを見越していたかのように、秀吉が鋭く鉄砲を打ち込ませる。

「酒井隊といえど小勢! 一気に押し潰せ!」

「ただで死んでは、殿に笑っても貰えぬわ! 押し返せ! 三河武士の狂気、とくとご賞味頂こうぞ!」

「分かっていて押し込まれたら、信長様に殺されてまうんだわ!」

秀吉は焦燥に駆られ、陣の先頭にて自ら指揮をとり始めた。

それほどまでに、死に場所をここに定めた酒井忠次の、命懸けの特攻を刈り取るのは困難を極めた。

そして忠次という男は、そのわずかな好機を見逃しはしない。

「あのサル顔め、前に出過ぎておる! 全軍、再度突撃じゃ! 織田軍から盗んで来た鉄砲を、お返しする時ぞ!」

秀吉が前に出る。そのことで、圧倒的なカリスマを持つ総大将を死なせないために、羽柴軍の士気は一気に跳ね上がる。

だがそれこそ、密かに織田家と敵対した場合をシミュレートし続けていた、酒井忠次の思い通りの盤面(チェックメイト)であった。

「酒井隊、再度このまま突撃じゃと!? 無茶苦茶じゃ!」

「秀吉兄者! 家康の本隊も、こちらへ向けて突撃を仕掛けてまいりました!」

「本陣が開戦早々突撃!? 何を考えとるんじゃ、徳川軍は!」

一方、猛スピードで突撃する徳川本陣。

手綱を握る家康の胸に、不吉な予感がよぎる。

「嫌な予感がする。あの一隊、まさか忠次か?」

「忠次であれば、あのような無謀な戦いはせぬ。だが……この感覚は、危うい」

家康は、かつて幾たびも徳川の礎として死んでいった者たちを見送る時の、あの不思議で、不吉な感覚に戸惑っていた。

「家康様の眼前にて果てられるとは、何と良き最期か。最後の奉公に、サル顔の首一つ頂いていこうぞ」

遠く激突する砂塵の向こう、忠次の覚悟を察した家康が、引き裂くような声をあげる。

「酒井忠次を救い出せ! 常識を超えよ!」

だが、徳川の本隊といえど、動き出しが僅かに遅かった。

あまりにも、酒井忠次のいつもの緻密な戦い方からはかけ離れた、狂気の捨て身だったからだ。

酒井隊の一斉射撃により、前線に出ていた秀吉が負傷。羽柴隊に一瞬の混乱が走るも、副将・羽柴小一郎(秀長)の見事な差配により、隊は瞬く間に落ち着きを取り戻す。

――そしてそれと同時に。

「酒井忠次、討ち死に!」の悲報が、冷酷に戦場を駆け抜けた。

突き付けられた最悪の報せに、家康の顔から表情が消える。

「あの痴れ者が。またワシに、やり直させる気か。馬鹿者が」

完璧を期したはずの徳川の花瓶に、ピシり、と冷徹なヒビが刻まれた。

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