第12話 鎧の置き場所
「徳川家康様――!」
戦場の轟音に紛れ、信康は誰にも届かない場所で、心から父の名を叫んだ。
神君家康公と轡(くつわ)を並べて戦場を駆ける。
徳川の武士ならば、誰もが栄光に震えるであろう大誉。
それだけで、この二度目の生まれ変わりには、充分すぎるほどの意味があった。
一度目の人生は、徳川すべての意思の元、母と私の命を差し出した。
それで万事が上手くいき、父は後々まで『神君徳川家康公』として日光に祀られ、神となったのだ。
だからこそ、この人生でも、私は徳川のための名誉ある死を受け入れる覚悟を、ずっと持っていたはずだった。
しかし――父が。
徳川の皆が、私に「生きても良い」と言ってくれた。
生きて良い、そう肯定された瞬間、身体を縛り付けていた重い鎧が、音を立てて外れたような感覚があった。
神に、我が本音を見透かされていたのだろう。
鎧の下に隠されていたのは、武士としては恥ずべき、あまりにも未練がましい心だった。
切腹という名誉が欲しいのではない。
己の才覚で、この乱世を勝ち取る夢を見たかった。
(――まだ、生きていたかった……!)
弱い。
徳川の跡取りは、やはり私のような男では無くて良かったのだ。
死の呪縛から解き放たれ、私はこれほどまでに弱い自分と、正面から向き合うこととなる。
自分がこれほどまでに身勝手な男だとは、思いもよらなかった。
歴史は確実に変わる。私の知る結末からは、もう遠く離れていく。
ならば、もう命は惜しく無い。
徳川すべてに救われたこの命、我が父・徳川家康にすべてを預ける。
天よ。身勝手なこの身で、一度だけ祈らせてくれ。
我が心を、あの孤独な死の闇から救ってくれた父に、この身のすべてを捧げさせてくれ――。
信康の目から溢れ出た運命の雫は、激しく駆ける馬の速度によって、瞬く間に後ろへと洗い流されていった。
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