第16話

 カチリ。


 無機質な手錠の閉まる音が、静まり返った広場内で響いた。


 天宮輝義は自分の両手に掛けられた手錠を見下ろす。


 篝は涙を拭っていた。


 だがその瞳に先ほどまでの揺らぎはない。


 恐ろしく冷めた瞳を輝義に向けていた。


「篝……」


 輝義が娘の名を呼ぶ。


「聞いてくれ」


「これ以上言うことある?」


 篝は静かに答える。


「確かにお父さんは私を愛していた」


「お母さんも私を愛していた」


 震える声。


 それでも続ける。


「でも誰も守れなかった」


 広場が静まり返る。


「国の方が大事だった」


「組織の方が大事だった」


「女性一人の人生なんて後回しだった」


 輝義は何も言えない。


 否定できなかった。


「私が誘拐されても」


「お母さんが殺されても」


「社会は回り続けた」


 篝は空を見上げる。


「誰も困らなかった」


「だから私は知ったの」


 ゆっくりと。


 一言ずつ噛み締めるように。


「女性が泣いても社会は変わらない」


「被害者が何万人いても変わらない」


 その視線が群衆へ向く。


「だから私は力を手に入れた」


「警察官になった」


「結果を出した」


「上へ上へと登った」


 そして。


「女性のための世界を作るために」


     ◇


 篝が前へ出る。


 周囲の警察官たちへ向かって。


 高らかに告げた。


「命令する」


 広場がざわつく。


「国家出生支援センターで管理していた男性たち」


「そして今回のデモへ参加した男性たち」


 日南人が顔を上げた。


 嫌な予感が走る。


「全員確保しなさい」


 騒然となる広場。


「なっ……!」


「何言ってるんだ!」


「俺たちは犯罪者じゃない!」


 怒号が飛ぶ。


 だが篝は動じない。


「反乱分子を一箇所へ集める手間が省けたわ」


 淡々と言う。


「女性を脅かす可能性のある男性を管理下へ置く」


「その第一歩よ」


 警察官たちが動き始める。


 デモ参加者たちへ向かう。


「やめろ!」


「離せ!」


 悲鳴が上がった。


 混乱が広がる。


 篝はその光景を見つめる。


 そして静かに宣言した。


「これで始められる」


 誰もが息を呑む。


「女性が安心して生きられる社会を」


 夕陽が篝を照らした。


「フェムユートピアを」


     ◇


「日南人さん!」


 協力者の青年が駆け寄る。


 すでに周囲では拘束が始まっていた。


「まずいです!」


「逃げましょう!」


 息を切らしながら叫ぶ。


「天宮篝が暴走しています!」


 だが。


 日南人は首を横に振った。


「違う」


 静かな声だった。


 青年は戸惑う。


「え?」


「篝さんだけの問題じゃない」


 日南人は拘束される男性たちを見る。


 泣いている女性たちを見る。


 怒鳴る群衆を見る。


 そして篝を見る。


「性犯罪で苦しんだ女性がいた」


「助けを求めていた女性がいた」


 一拍。


「でも社会は後回しにした」


「見て見ぬふりをした」


「だから今になって爆発したんだ」


 青年は黙り込む。


 日南人は苦しそうに続けた。


「篝さんは怪物なんかじゃない」


「助けを求めていた少女だった」


「俺たちが救えなかった少女なんだ」


 その言葉に。


 青年は返す言葉を失った。


     ◇


「だからって!」


 聞き慣れた声が響く。


 群衆が振り返る。


 朱音だった。


 その隣には玲。


 そして真琴。


 三人がまっすぐ篝へ向かって歩いてくる。


 警察官たちが制止しようとする。


 だが止まらない。


 朱音は篝だけを見ていた。


「だからって」


 もう一度言う。


「こんなことをしていい理由にはなりません」


 篝が静かに振り返る。


 朱音。


 玲。


 真琴。


 自分を止めようとする者たち。


 だが。


 なぜだろう。


 敵を見るような気持ちにはなれなかった。


 胸の奥が。


 ほんの少しだけ痛んだ。

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