第15話

久我は地面へ押し倒された。


 公安の隊員たちが一斉に取り囲む。


 手錠が掛けられる。


「離せ!」


 久我が暴れる。


「俺は悪くない!」


「全部あいつらのせいだ!」


 輝義は冷たい目で見下ろした。


「久我」


 低い声。


「誘拐」


「殺人」


「人身売買」


「監禁」


「すべての容疑で逮捕する」


 久我は笑った。


「今さらかよ」


「黙れ」


 輝義の声は震えていた。


「今度こそ終わりだ」


 久我が連行されていく。


 その姿を。


 篝は呆然と見つめていた。


 母を殺した男。


 人生を壊した男。


 憎み続けてきた男。


 その正体が。


 あまりにも醜かった。


     ◇


「篝」


 輝義が呼ぶ。


 篝は答えない。


「聞いてくれ」


 震える声だった。


「私はお前に謝らなければならない」


 篝の肩が揺れる。


「探した」


 輝義は言った。


「警察も動いた」


「私も探した」


 一拍。


「だが途中で捜査は縮小された」


 朱音たちが顔を上げる。


「上からの指示だった」


 苦しそうに続ける。


「警察官の家族が誘拐されたと広まれば組織の信用が揺らぐ」


「そんな理由だった」


 玲が顔を歪める。


「ふざけてるな……」


「私もそう思った」


 輝義は苦笑した。


「だが私は逆らえなかった」


 拳を握る。


「公安として出世することが」


「いつか篝を見つける力になると信じていた」


 その声には後悔しかなかった。


「結果は違った」


「何も守れなかった」


 沈黙。


「楓だけは諦めなかった」


 篝が顔を上げる。


 初めて。


 母の名前に反応した。


「最後に連絡が来た」


 輝義の声が震える。


『あなたが動けないなら私が行く』


『命に代えても篝を連れて帰る』


 それが最後だった。


 部屋が静まり返る。


「私は夫としても」


「父親としても失格だ」


 輝義は頭を下げた。


「本当にすまなかった」


     ◇


 篝の瞳から涙が落ちる。


 一滴。


 また一滴。


 止まらない。


「お母さんが……」


 震える声。


「探してくれてた……?」


 誰も答えない。


 答えはもう出ている。


 今まで信じていたものが崩れていく。


 母は捨てていなかった。


 父は忘れていなかった。


 憎み続けてきた相手は。


 本当の敵ではなかった。


「篝……」


 輝義が近づく。


 恐る恐る。


 まるで壊れ物に触れるように。


 十数年ぶりの距離。


「来ないで」


 篝が呟く。


 しかし声は震えていた。


「私は……」


 涙が溢れる。


「私はずっと……」


 言葉が出ない。


 そして。


 ようやく絞り出した。


「お父さんに助けてほしかった……」


 輝義の目からも涙がこぼれた。


「すまなかった」


「本当にすまなかった」


 篝が顔を覆う。


 子どものように泣いた。


 失われた十数年。


 取り戻せない時間。


 それでも。


 今だけは。


 父と娘だった。


 だが。


 次の瞬間。


 篝の表情が変わる。


 涙に濡れたまま。


 静かに。


 冷たく。


 何かを決意するように。


 彼女は輝義へ歩み寄った。


「篝……?」


 輝義が顔を上げる。


 その時だった。


 カチリ。


 乾いた音が響く。


 手錠。


 輝義の両手に掛けられていた。


 朱音が息を呑む。


 玲が目を見開く。


 真琴が立ち上がる。


「篝!?」


 篝は涙を拭った。


 そして。


 静かな声で言った。


「あなたが私の父親だということは」


「警察に入ってから知ったわ」


 その瞳に。


 もう迷いはなかった。

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