第17話

「朱音、玲。あなたたちも配置について」


広場を見渡しながら篝は命じた。


しかし二人は動かなかった。


朱音は苦しそうに首を振る。


「篝さん、このままでは暴動になります。もうやめさせましょう」


玲も前へ出た。


「やりすぎや、篝。罪のない男まで捕らえるんは違うと思う」


その言葉に篝の肩が震えた。


「……あなたたちまで」


ゆっくりと振り返る。


その瞳には怒りと悲しみが入り混じっていた。


「女性たちを守らないというの!? 私のやり方が間違っているって言いたいの!?」


篝の声が広場に響く。


「あなたたちも反乱分子に唆されたのね……」


朱音は何も言わず、一歩ずつ篝へ歩み寄った。


篝は自嘲するように笑う。


「そう。私を否定するのね」


ゆっくりと両手を広げた。


「久我や父と同じように」


その笑顔は泣いているようだった。


「殴るのなら殴りなさい」


次の瞬間。


パシン――


乾いた音が響いた。


篝の頬が赤く染まる。


周囲が息を呑んだ。


体勢を崩した篝だったが、その身体を朱音が支えた。


そして――そのまま強く抱きしめた。


「……え?」


篝の瞳が揺れる。


真琴だけが状況を理解したように静かに微笑んだ。


朱音は震える声で言った。


「あなたを否定する気なんてありません」


その腕にさらに力が入る。


「今のあなたよりずっと小さな体で、想像もできない苦しみに耐えてきたんですよね」


篝の身体が強張った。


「私は弟を失った絶望に飲まれて、久我と……あなたを殺そうとしました」


朱音の目に涙が滲む。


「でも真琴さんに止められました」


静かに首を振った。


「今なら分かります。憎しみのまま復讐しても、啓太は喜ばなかった」


篝は俯く。


「違う……」


かすれた声が漏れた。


「あの頃の私は無力だった……何もできなかった……」


「いいえ」


朱音は即座に否定した。


「過去のあなたがいたからこそ、女性たちに寄り添う改革ができたんです」


篝が顔を上げる。


「多くの女性が救われました。それは紛れもない事実です」


だが朱音は続けた。


「でも――」


言葉を慎重に選びながら、まっすぐ篝を見つめる。


「憎しみを罪のない人へ向ければ、また新しい憎しみが生まれる」


篝の瞳が揺れた。


「今の天宮篝は使命感で動いています」


朱音はさらに抱きしめる。


「でも、本当のあなたはどうですか?」


その問いに世界の音が遠ざかる。


「小さい頃の天宮篝が、また傷つくのを私は見たくありません」


――本当の私。


篝の意識は遠い記憶へ沈んだ。


そこには幼い少女がいた。


震えながら膝を抱えている。


幼い篝だった。


『私はもう戦いたくない』


少女は涙を流していた。


『お父さんもお母さんも好きだったのに』


嗚咽混じりの声。


『どうしていなくなっちゃったの……?』


篝の胸が締め付けられる。


そして思い出す。


父の大きな手。


母の温かな笑顔。


家族で囲んだ食卓。


失われたはずの幸せな日々。


(そうだ……)


涙が溢れる。


(私が欲しかったのは……)


権力ではない。


支配でもない。


復讐でもない。


(こんな家族の温かさだった……)


気付いた瞬間。


篝は朱音の胸の中で崩れ落ちた。


「う……あ……」


堪えていた感情が決壊する。


子どものように声を上げて泣いた。


朱音は何も言わず、その背をさすり続けた。


広場を包んでいた怒りは静かに消えていく。


やがて篝は涙を拭き、群衆へ向き直った。


「……もう終わりにしましょう」


その言葉に、人々は静かに耳を傾けた。


遠くから輝義が歩み寄る。篝は手錠の鍵を外し輝義に向き直った。


そして輝義が何かを告げると、篝は驚いたように目を見開いた。


そして穏やかな笑みを浮かべる。


「そうですか……」


かつてないほど優しい表情だった。


その顔を見て、朱音もまた静かに微笑んだ。


長かった戦いは、ようやく終わりを迎えようとしていた。

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