第10話 三刀流見参、片想い一方通行まっしぐら


三色のフルー(細剣)、あるいは不届き者の騎士道



平静京ハイエレガンススクールの地下にひっそりと佇む、フェンシング部第三道場。


ここは、オンラインゲーム会社が設計した学園管理システムが「非効率」として切り捨てた、錆びついた旧世代のグリッドだった。


ガシャアアン!!! と、肉体を裂くような鋭い金属音が静寂を破る。


俺の手元には、三本の剣が転がっていた。


標的ターゲットの胴体(ロジック)を緻密にハックする【フルーレ】。


全身を狙うガチの実戦にして南辰二刀流の足捌きを最も必要とする【エペ】。


そして、騎兵隊の如き狂暴なパッションで空間ごと斬り裂く【サーブル】。


近代フェンシングにおいて、この三種目をすべて使いこなすなど、脳波の処理速度が追いつかない「自殺行為(バグ)」とされている。


だが、160センチのコンプレックスを抱える俺――那須創は、学ランの胸ポケットに入った『三銃士』の文庫本を強く叩き、フルーレの柄を握り直した。 


「……創。まだそんな、システムの無駄遣いのようなことを続けているのね」


背後から響いた、氷の結晶のように冷徹なソプラノ。


振り返ると、第二道場の重い鉄扉の前に、中央生徒会室の主――早瀬詩織(ナンバーズ41)が立っていた。


黄昏の西日が窓から差し込み、彼女の美しい黒髪と、サングラスを外した【絶対裸眼】を真紅のワインレッドに染め上げている。


彼女の背後からは、まるで学園の絶対秩序そのもののようなモーツァルト『交響曲第41番(ジュピター)』の気高き旋律が、幻聴のように威圧的に脈動していた。


「生徒会長直々の見回りかよ。モブ生徒のサングラスの管理で忙しいんじゃねえのか、詩織」


「言葉を慎みなさい、那須くん。私は管理システムの番人として、部費の無駄遣い(バグ)を査察しに来ただけよ」


詩織は冷たく言い放ち、俺の足元に転がるエペとサーブルの剣を見下ろした。その瞳の奥には、一限の国語小テストで0点を取った俺に対する、深い失望と冷笑が張り付いている。


だが、俺は知っている。


かつて平静京のシステムが起動する前、まだ俺たちがただの幼馴染だった頃、彼女は俺の「南辰二刀流」の木刀の素振りを、誰よりも目を輝かせて見つめていた少女だった。


システムが彼女を『ナンバーズ41』という最高神(ジュピター)の座にアセンドさせ、俺を『偏差値33のバグ』として引き離したんだ。 


「三種目を同時に修めるなんて、脳のキャパシティが足りない一浪生の妄想(エラー)だわ。次の『畿内統一大会』、あなたには一番下のドブ席がお似合いよ。


大人しく去勢されていればいいのに」


「……バカか。これが必要なんだよ、詩織」


俺はフルーレを構え、彼女の絶対裸眼を真っ正面から見据えた。


「フルーレの気高さ(ロジック)だけじゃ、お前のいるジュピターの防壁は崩せない。


エペの冷徹さ(ガチ実戦)がなきゃ、お前を縛るシステムのコードを斬り裂けない。


そして、サーブルの獰猛さ(パッション)がなきゃ……お前に届く前に、俺の心臓がコンプレックスで破裂しちまうんだよ!!!」


「な――ッ!?」


詩織の美しい眉が、驚愕で僅かに跳ね上がった。 


俺は一歩、鋭くピスト(試合コート)を踏み込む。


その瞬間、5歳からの9999段逆立ち猛ダッシュで鍛え上げられた俺の五体が、南辰二刀流の「縮地」の足捌きと完全同期(シンクロ)した。


シュパパパンッ!!!


一瞬にして、詩織の視界から俺の160センチの体躯が消える。 


次の瞬間、彼女の目の前で明滅したのは、フルーレの超高速の突き、エペの絶対的な間合い、そしてサーブルの苛烈な斬撃が三位一体となった、三色の閃光(ハック)だった。 


「キィィィン――」と、第二道場の空気が、創の放った圧倒的な武のオーラによって激しくハウリングを起こす。


創の学ランの胸ポケットから、100回以上読み込まれた角川文庫の『三銃士』が、まるで4人目の騎士の誓い(ダルタニャン)のように、熱く、狂おしく脈動していた。


創の放った剣風に、詩織の黒髪が激しくなびく。 


彼女の絶対裸眼が、創の持つ「底知れぬパッション」を検知して、初めて激しく動揺(リアクション)した。


「……っ、そんな泥臭いノイズで、私に届くとでも思っているの?」


詩織は強がって冷たく言い放ち、翻って道場を去ろうとした。


だが、彼女の白い首筋は、創の放ったパッションの熱量によって、僅かに赤く染まっていた。


彼女の『ジュピター』のコードは、もう創の三刀流によって、裏からバキバキにハックされ始めていたのだ。


去り行く彼女の背中に向かって、俺はフルーレを高く掲げ、不敵に笑った。 


「見てなよ、詩織。次の畿内統一大会、俺が三つの剣ですべてを完全完全支配(チェックメイト)して優勝する。……そしたら、お前がその高嶺の席から飛び降りてくるような、最高の言葉(告白)を叩きつけてやるからな!」


黄昏の残光の中、冷笑の仮面の下で無自覚な恋心のパッションを震わせる早瀬詩織と、三本の剣を握りしめて大逆転を誓う那須創。


幼馴染へのたった一つの純情(インフラ)を燃料に、最弱劣等生の騎士道レジスタンスは、土曜日の大階段教室、そして運命の大会へと向かって、最高潮にアセンドしていくのだった。

(つづく)

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