第9話 剣に懸ける誓い、或いは、詩織への距離
放課後のフェンシング部第三道場。
システムの光が届かない錆びついた空間で、俺は一人、フルー(細剣)を虚空へと突き出していた。
シュパッ、シュパッ、と風を切り裂く金属音。
160センチの小さな体躯。理科数学学年最下位の0点。
クラスのモブどもからはシステム外の粗大ゴミと笑われ、ツンツンの100乗たる藤平薫子先生からはドブ席がお似合いだと吐き捨てられた。
だが、俺のペンと剣が止まらない理由は、学ランの胸ポケットに忍ばせた『三銃士』の騎士道精神だけじゃない。
(詩織……)
脳裏に浮かぶのは、あの最前列センターで、高貴なる【絶対裸眼】を輝かせていた生徒会長――早瀬詩織の冷徹な横顔だった。
彼女は、俺の幼馴染だ。
かつて同じ目線で笑い合っていたはずの少女は、この平静京のシステムが始動した瞬間、最高神の旋律『交響曲第41番(ジュピター)』*のコードをまとい、遥か高みへとアセンドしていった。
今や彼女にとって、俺は「システムを乱すただのバグ」であり、一限のテストの後も、憐れむような冷笑を浮かべるだけの遠い存在。
彼女に、もう一度だけ振り向いてほしい。
「バグ」なんかじゃない、一人の漢(ヒーロー)として、その絶対裸眼に俺の姿を焼き付けたい。
そのたった一つのパッションだけが、俺を突き動かす唯一の駆動式(ロジック)だった。
「ハッ……待ってろよ、詩織」
俺は学ランを脱ぎ捨て、右手にフルーを構える。
実家の南辰二刀流の日本刀を捨て、あえてこの西洋の細剣を選んだのは、実家への反発だけじゃない。
160センチの体躯というコンプレックスを、最速の「低空高速ステップ」という最強の武器へとハックするためだ。
祖父と父に叩き込まれた、午前5時からの9999段逆立ち猛ダッシュの肉体インフラ。
午後4時からの漢籍暗記で鍛え上げた、敵の呼吸(コード)を読む直感力。
それら実家のブラック・スケジュールですら、今の俺にとっては、詩織のいる頂点へと駆け上がるためのガチの踏み台に過ぎなかった。
一歩、鋭く踏み込む。
フェンシングのピスト(試合コート)の上に、南辰二刀流の足捌きが完全同期(シンクロ)し、誰も捉えられない神速の残像(ハック)を描き出す。
「次の、フェンシング畿内統一大会……」
俺はフルーの剣先を、黄昏の窓の向こう、詩織がいる中央生徒会室のガラス窓へと真っ直ぐにロックオンした。
「あのチェス盤(大会)で、綺麗に調律されたエリートどもを全員バキバキに粉砕して、俺が『優勝』する。……そしたら、システムのルールも、偏差値33の壁も全部ぶち破って、お前に俺の言葉(パッション)を全部ぶつける」
胸ポケットの『三銃士』が、俺の心臓の鼓動に合わせて熱く脈動する。
ダルタニャンが己の剣一本でパリの王宮をハックしたように、俺は一ノ谷の波打ち際のような逆境から、最高神ジュピターを奪い去ってみせる。
土曜日の大階段教室でのデスゲーム、そしてその先に待つ畿内統一大会。
160センチの最底辺劣等生の那須創の、人生のすべてを懸けた「本気のレジスタンス(告白)」へのカウントダウンが、今、静かに始まったのだった。
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