第6話 放課後特別レッスン


第五章:放課後のジュピター・ノワール

月曜日、放課後。


平静京ハイエレガンススクールの最上階に位置する【セントラル生徒会執務室】は、オンラインゲーム会社が設計した学園管理システムの心臓部であり、同時に『歴史の番人』たちが集う最高評議会(グリッド)だった。


黄昏の西日が、一面のガラス窓から差し込み、室内を妖艶なワインレッドの光で満たしている。 


「……あり得ない。システム上のエラー(バグ)だわ、あんなものは」


静寂を破ったのは、早瀬詩織(ナンバーズ41)の凛としたソプラノだった。 


彼女は生徒会長の重厚なデスクに腰掛け、その高貴な【裸眼】に、いまだかつてない苛烈な『ジュピター』の光を宿らせていた。 


手元のホログラム・ディスプレイには、一限の古典小テストで那須創が叩き出した『33字の解答』が明滅している。彼女の背後では、モーツァルト『交響曲第41番』の最終楽章が、彼女の激しい動揺(パッション)と同期するように、激しく、気高く鳴り響いていた。


「古典の文法も、早稲田の文学史も解けない底辺の一浪生が、薫子先生の『33字の制限(ロジック)』を完璧にハックした……。これは平静京の序列に対する、明白なレジスタンスよ」


詩織は、美しく整えられた指先を強く握りしめた。


脳裏に焼き付いて離れないのは、テスト終了間際、薫子先生が最後列の創のデスクに、その圧倒的な美しい双丘山脈をドサリと押し付け、耳元で愛おしそうに囁いていた姿だ。


(ネオ芦屋の部屋での特別補習……? 先生が、あんな泥臭い男に……?)


胸の奥をキリキリと締め付ける名もなき感情――それは、去勢されたモブには決して理解できない、絶対エリートゆえの「激しい嫉妬のパッション」だった。


「取り乱すな、詩織。数理の乱れは、即座に排除すればいいだけのことだ」


部屋の隅、影の落ちるソファから冷徹な声が響く。

葛城零(ナンバーズ40)。


彼はカスタマイズされた制服の襟を正し、サングラスをかけないその【絶対裸眼】で、冷酷に空間のスコアを見つめていた。


彼の背後で脈動するのは、モーツァルト『交響曲第40番』の暗い情熱。


一限のテストで、創の放ったノイズによって完璧なエリートの仮面をへし折られた彼は、そのプライドを修復すべく、冷徹なる復讐のコードを走らせていた


「那須創の西進模試の数学と理科の偏差値は33。


次なる舞台は、土曜日の【アカデミック大階段教室】で行われる、全校一斉のリアルタイム・ランキング戦(デスゲーム)だ。そこで彼を、システムの底辺へと完全に去勢(パージ)する」


「……ええ。歴史の番人(私たち)の裸眼が、あんなバグに惑わされるわけにはいかないわ」


詩織は冷たく言い放ち、窓の外に広がるネオ鉄拐山を見つめた。


だが、その美しい瞳の奥では、創のあの不敵な笑みが、どうしても消え去ってはくれなかった。



一方、その頃。



夕暮れの国語準備室は、生徒会室の冷徹な空気とは真逆の、濃厚で妖艶な大人の香気にハックされていた。



「ふふっ……本当に、いい眼をするようになったわね、那須くん」



ソファーに深く腰掛けた藤平薫子先生(ナンバーズ39)が、タイトスカートから覗く艶やかな20デニールから30デニールに履き替えた漆黒のストッキングの脚を組み替えながら、妖しく微笑んだ。




白衣のボタンはさらに一つ外され、押し潰された漆黒のブラウスの奥から、彼女の圧倒的な美しい双丘山脈が、豊潤な渓谷を描いて創の裸眼を挑発している。


彼女の背後では、モーツァルト『交響曲第39番』の物憂げな旋律が、大人の放課後のアンニュイを調律していた。


「先生、おねだりはテストの点数だけにしといてくれよ。俺の『西進模試』の紅本は、次の土曜日にあんたのシステムをバキバキに粉砕するためにあるんだからな」


俺は学ランを肩にかけ、薫子先生の赤メガネの奥にある、熱を帯びた瞳を真っ正面からハックし返した。


「あら、威勢がいいのね。土曜日の大階段教室は、オンラインゲーム会社の本部から、さらに冷徹な『管理コード』が降ってくるわよ? 詩織さんも零くんも、あなたを完全に潰しにかかるはず」



薫子先生はゆっくりと立ち上がると、カツ、カツ、とタイトスカートの擦れる音を響かせて俺に近づき、その甘い吐息を首筋に吹きかけた。


「でも、もしあなたが、あの二人の『絶対裸眼』すらもその泥臭さでハックしてみせたら……。私のネオ芦屋の部屋での『特別補習』、本当の”大人の調律”を、あなただけに施してあげる……」


薫子先生はペロリと舌を覗かせ、俺の胸元に長い爪をそっと滑らせた。平家と藤原のダブル・ロジックを持つ彼女の血は、歴史の軛(くびき)を超えて、俺の持つ「那須」の野生のパッションに、もう完全に狂わされかけていた。


「ハッ、上等だ。最前列の天才どもがジュピターだか何だかで攻めてこようが、俺の偏差値33のノイズで、まとめてひれ伏させてやるよ」


俺は真紅の『西進模試』の紅本を高く掲げ、不敵に笑った。


放課後の黄昏、創への無自覚な嫉妬に裸眼を燃やす詩織と、冷徹なる復讐を誓う零。


そして、国語準備室で妖艶な教師の誘惑を受け止めながら、次なる戦場を見据える那須創。


平静京の歴史の番人(39・40・41番)の運命が、最後列のバグによって激しくかき乱される中、土曜日の大階段教室という名の、絶対の処刑場(ステージ)が幕を開けようとしていた。

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