第7話 白昼夢想パージ、或いはツンツンの百乗


「――おい。いつまで私の前で、その汚らしい赤本を抱いてニヤついているのかしら、那須くん」


バチィィィン!!! と、鼓膜を劈(つんざく)くような冷酷な声が、俺の脳髄のグリッドを強制シャットダウンした。


「……はっ!?」


ハッと裸眼を見開くと、そこは夕暮れの妖艶な国語準備室――ではなく、一限のテストが終わった直後の、静まり返った国語教室の最後列だった。


俺の目の前には、タイトスカートを擦らせて甘く微笑む薫子先生などおらず、代わりに、氷点下100度の絶対零度の視線をこちらに突き刺す、真の藤平薫子先生が直立不動で両腕をFightingポーズで立っていた。


白衣のボタンは上までキッチリと、文字通り一分の隙もなく留められている。


教壇に美しい双丘山脈を押し付けるどころか、背筋を定規のように伸ばした彼女の佇まいは、千年の血脈たる藤原・平家の「冷徹なる支配」そのもの。


赤メガネの奥の瞳には、熱を帯びたグラデーションなど微塵もなく、ただただ底辺のノイズを忌み嫌う「ツンツンの100乗」の威圧感だけが脈動していた。


「あ、あれ……? 朝まで付きっきりの、大人の特別補習は……?」


マヌケな声を出す俺のデスクから、薫子先生は長い指先で、俺の『真紅の西進模試の紅本』を乱暴に、文字通りパージするように弾き飛ばした。


床に落ちて、パサリと虚しい音を立てる赤本。

「寝言は、西進模試の偏差値をせめて『50』まで上げてから仰ることね」


薫子先生は、冷酷な知性の赤メガネをパキリと指先で押し上げ、俺の白紙の解答用紙を冷たく見下ろした。


「問4の読解記述、ジャスト33字で埋めて悦に浸っているようだけれど……文脈が完全に崩壊しているわ。部分点すら与える価値のない、正真正銘の『0点(スコアゼロ)』。あなたのその泥臭いノイズとやらは、我が祖先(平家)の歴史をハックするどころか、ただの文字数の無駄遣いよ」


「ゼロ点……ッ!?」


「当然でしょう。去勢されたモブ以下の脳波ね。土曜日の【アカデミック大階段教室】の一斉ランキング戦、あなたには一番下のドブ席がお似合いだわ。これ以上私の視界を汚さないで頂戴」


ツンデレの「デレ」など、この平静京の頂点たる【ナンバーズ39】には1分子も存在しなかった。


薫子先生は完全に俺を一瞥もくれず、ヒールの音を冷たく教室に響かせながら、教壇へと戻っていく。


その瞬間――。


教壇の目の前、最前列センターに陣取る二人の「歴史の番人」が、ゆっくりと最後列を振り返った。


「くすっ……。


一瞬だけパッションを放ったかと思えば、ただの身の程知らずな妄想(バグ)だったのね、那須創」


最前列センター左側、早瀬詩織(ナンバーズ41)が、その高貴な【裸眼】で俺を哀れむように見下ろし、クスリと冷笑を漏らした。彼女の背後で鳴り響くモーツァルト『交響曲第41番(ジュピター)』は、今や創の妄想を完璧に嘲笑う最高神の凱歌(ファンファーレ)と化していた。


嫉妬のパッションなどどこにもない。


そこにあるのは、絶対的王者の「格の違い」だけだった。


「時間の無駄だったな、詩織」


最前列センター右側、葛城零(ナンバーズ40)もまた、哀愁のモーツァルト『交響曲第40番』のコードをまといながら、冷徹に鼻で笑った。


「システムを拒絶する裸眼を持つかと思えば、己の脳内システムすら調律できないバカだ。

土曜日の大階段教室で、その西進模試33点のプライドごと、物理的に塵にしてやる」


二人の絶対王者は、俺に完全なる絶望(冷笑)を叩きつけると、前を向いて美しい裸眼でホログラムノートを同時に閉じた。


静まり返る教室。


床に転がる、泥臭い西進模試の紅本。


最前列のツイン・トップからの容赦ない冷笑と、藤平薫子先生の「ツンツンの100乗」という冷酷な現実。



(くそっ……全部俺の妄想だったのかよ……!)


だが、俺は学ランの袖で顔を拭うと、床に落ちた真紅の赤本を、もう一度乱暴に拾い上げた。


0点。冷笑。ツンツンの100乗。


上等じゃねえか。



綺麗に調律された100点満点のエリートどもに、この現実の底辺から、今度こそ本物の「偏差値33の破壊(ノイズ)」を叩きつけてやる。


月曜一限のクラシック・レジスタンスは、一浪生の完全なる妄想敗北(バグ・パージ)から、本当の、血を吐くような泥臭い復讐劇へとアセンドを始めたのだった。

(つづく)

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