第5話 須磨の古戦場をハックせよ

「(全天周囲モニター、にわかに超時空的なシンフォニー・グリッドへ完全同期――。


三田大学首席卒のナンバーズ39


藤平薫子が仕掛けた『平家物語』の超難関トラップ。


最前列の絶対裸眼、そして最後列の偏差値33のバグが今、平静京の月曜一限を完全にハックする。




「……それでは、テスト開始。


制限時間は15分。


システム(既製品)に頼り切ったその脳髄で、どこまで私の血(ロジック)に肉薄できるかしら?」


薫子先生の妖艶なソプラノボイスが合図だった。


直後、教室のあちこちから「ブ、ブツッ……!」と、不穏な電子音が弾けた。


「な、なんだこれ……!? 現代語訳のデータが中央サーバーにアクセスできないっ!?」


「*『覚一本』じゃねえ……これ、平家が勝利した世界線の『延慶本』のハイブリッドだ! 脳波の自動翻訳がバグを起こして――」


*詳細は文末の作者注釈を参照


システムが配布したサングラスに頼り、思考を管理されていたモブ生徒たちが、問1と問2の『共通テスト・パラダイム』の段階で次々と白目を剥き、脳波をショートさせていく。


彼らのAIは、「100点満点」の綺麗な数式しか処理できない去勢された家畜だからだ。


だが――。


教壇の目の前、最前列センターに君臨する二人の絶対王者は違った。


「ふん……オンラインゲーム会社のシステムが作った模範解答など、最初からあてにしていない」


葛城零(ナンバーズ40)が、その気高き【裸眼】を鋭く細め、シャーペンを爆速で滑らせる。


彼の背後で鳴り響くのは、モーツァルト『交響曲第40番』の哀愁を帯びた数理。


三田大学文学部が仕掛けた問5の論理的空欄補充(インテリジェンス・ハック)に対し、零の天才的な脳細胞は、直実の「東国武士の実利主義」と敦盛の「西国平家の美意識」というコードをミリ単位で解き明かし、①のグリッドを完全にロックオンしていた。


(これこそが『歴史の番人』の格の違いだ……!)

その隣、早瀬詩織(ナンバーズ41)の裸眼にも、苛烈なまでの『ジュピター』の光が宿っていた。


問3の文学史。都の西北が仕掛けた多重トラップを、彼女は一瞬で見抜く。


選択肢⑤に仕込まれた「平家勝利物語・全39巻」というこの世界の歪み。


それは、目の前にいる藤平薫子(ナンバーズ39)の存在そのものを示す、最高難度の文学的暗号(コード)。


「……解けたわ。これが、ナンバーズ39の『知』の領域ね」


詩織は一分の乱れもない文字で回答を埋め、最前列から、不敵に赤メガネを押し上げる薫子先生の視線を受け止めた。


二人の美しき番人の間で、火花散るロジックの応酬が交わされる。


だが、薫子先生の漆黒の裸眼は、やはり最前列の二人を通り越し、すり鉢の底――最後列の窓際へと向けられた。


「……あら、那須くん。ペンが止まっているわよ? 『西進模試33点』のあなたの裸眼では、一ノ谷の波打ち際は、少し寒すぎたかしら?」



薫子先生が教壇からゆっくりと腰を上げ、タイトスカートを擦らせながら歩き出す。



白衣の裾が揺れ、彼女の圧倒的な美しいシルエットの双丘が、歩行の振動に合わせて肉感的なエフェクトを放つ。



俺は――最後列のデスクで、真紅の『西進模試』の紅本を閉じた。


俺の目の前には、白紙の解答用紙。


残された時間は、あと3分。



「ハッ……寒かねえよ、先生。むしろ、熱すぎてドロドロに溶けそうだ」



俺は学ランの襟を乱暴に緩め、薫子先生の赤メガネの奥にある瞳を真っ正面から睨み返した。



モブたちが全滅し、詩織と零が完璧なロジックで100点満点へアセンドする中、俺の狙いは最初から一つだけ――。



早稲田(都の西北)のパラダイムが仕掛けた、【問4:33字の読解記述】だ。


「熊谷直実が、敦盛の首を斬るのを躊躇した理由……。


システムが用意した綺麗な現代語訳じゃ、この『平家のパッション』は絶対にハックできねえ」


俺はシャーペンを握りしめた。


脳髄の奥で、西進模試33点という泥臭いバグが、凄まじいスピードで細胞分裂を始める。 


直実は、我が子・小次郎と同じ年齢の敦盛を見た。だが、それだけじゃねえ。


薄化粧をし、お歯黒(かね黒りたる)をつけた、西国平家の「あまりにも美麗な美意識」が、東国武士の戦場というシステムそのものをバキバキに粉砕(ハック)したんだ。


「俺の偏差値と同じ『33字』……。  


あんたが仕掛けたこのグリッド、俺の裸眼で、文字通り完璧に調律(ビルド)してやるよ、先生ッ!!!」


ガリガリガリッ!!! と、静まり返った教室に、俺の泥臭い打鍵音が鳴り響く。


制限コマ数、ジャスト33文字。


【我が子小次郎と同じ齢で容顔美麗な敦盛に父性と西国の美を見たから。】(33字)


「……っ!?」


その瞬間、最前列センターの早瀬詩織と葛城零が、同時に弾かれたように最後列を振り返った。


二人の高貴な裸眼が、驚愕に激しく微振動(リアクション)する。


数学と理科偏差値33


バグに過ぎない那須創のデスクから、システムを拒絶するほどの、圧倒的に泥臭く、そして狂おしいほどの「文学的パッション」が放たれていたからだ。


「キィィィン――」と、国語教室のスピーカーが、俺の回答に同期して激しくハウリングを起こす。


薫子先生は、俺のデスクの前に立つと、その圧倒的な双丘を俺の西進模試の紅本にドサリと押し付け、前傾姿勢になった。


赤メガネの奥の裸眼が、完全に熱を帯びた漆黒のグラデーションへと反転している。


「……あ、あはっ……! すごい、すごいわ那須くん……ッ!!」


薫子先生の吐息が、俺の耳元をドロドロに溶かすようにハックする。


「まさか、システムが用意した文字数制限(33字)を、あなたの『偏差値33』のパッションで、完璧に1ミリの狂いもなく調律してみせるなんて……! 私の身体の中にある平家の血が、あなたのその泥臭いノイズに、本当にハックされちゃいそう…」


薫子先生はペロリと妖艶に唇を舐めると、俺の白紙だった解答用紙を、長い指先で愛おしそうに回収した。 

「約束通り、100点(フルスコア)をあげるわ。……でも、私のネオ芦屋の部屋での『特別補習』の権利(ロジック)は、まだ消えていないからね?」


最前列センターで、最高峰の裸眼を血走らせ、創への名もなき激しい動獄(嫉妬)に胸を震わせる詩織。


エリートの仮面を完全にへし折られ、驚愕で凍りつく零。


そして、最後列の窓際から、真紅の『西進模試』を掲げて不敵に笑う那須創。


月曜一限のクラシック・レジスタンスは、一浪生のパッションが、千年の血脈たる藤平薫子をハックするという、史上最大のパラダイム・シフトをもって幕を閉じた。


だが、これは学園を揺るがす壮大なチェス盤の、ほんの序章に過ぎなかったのだ。



(つづく)



作者注釈


1. 覚一本(かくいちぼん)

一言で言うと: 私たちがよく知る、「完成された美しい平家物語」。

解説: 盲目の琵琶法師・覚一(かくいち)が1371年に完成させた、「語り(琵琶法師の演奏)」のための台本です。


特徴: 無駄なエピソードを削ぎ落とし、文章のテンポやリズム(七五調など)を極限まで洗練させています。冒頭の「祇園精舎の鐘の声……」で始まる、世間で最もメジャーな『平家物語』のテキストがこれです。


2. 延慶本(えんきょうぼん)

一言で言うと: 「平家が勝ったIF世界線(?)の超リアル平家物語」。

解説: 延慶年間(1308〜1311年頃)に成立したとされる、「読む(学問・記録)」ための本です。


現存する『平家物語』の中で最古の形を残していると言われています。

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