第3話 女性担任教師の登場
月曜日、国語教室。
この学園の運営母体であるオンラインゲーム会社が設計した【科目別座席指定システム】は、エリート養成の極致にして、底辺には息をすることすら許さない冷徹な檻だった。
「はぁ……今週もニューズのお姉さん最高だったな。よし、クリアブルーの専用機(サングラス)をポチるか」
朝の『畿内ハイスクールニューズ』の清楚な笑顔に脳を溶かされたモブ生徒たちが、システムに与えられた既製品の『個性』たるサングラスを身にまとい、前方の席から順に家畜の安寧に浸っていく。
思考をシステムに完全に管理され、去勢されたモブたちのサングラスの奥では、彼らの脳波がリアルタイムで中央サーバーに吸い上げられていた。
だが、その家畜たちの頂点、教壇のセンター(最前列
中央)に君臨する二人の絶対王者は、全く異なる次元にいた。
最前列センター、向かって左側。
学園の「ノブリス・オブリージュ(貴族の義務)」を一身に背負う少女、早瀬詩織。
そしてその隣、最前列センターの右側。学園の「冷徹なる刃」と称される天才、葛城零。
二人は、サングラスなどかけない。彼らの前には、システムを拒絶する圧倒的な生身の瞳――【裸眼】の絶対領域があった。
オンラインゲーム会社の管理システムごときにその思考を支配されるような、安い器ではない。
なぜなら二人は、この平静京の歴史の裏側を支配する超エリート組織【歴史の番人】の宿命を背負う者たちだからだ。
詩織の背後には、ナンバーズ41の暗号――最高神の圧倒的エレガンスを誇るモーツァルト『交響曲第41番(ジュピター)』の旋律が静かに明滅している。
独立した気高き裸眼で教壇を見据える彼女は、千年の血脈に恥じぬ完璧な予習を終え、本日の国語パラダイムを完全に支配する構えだった。
そして零の背後には、ナンバーズ40の暗号――哀愁と情熱を完璧な数理で支配するモーツァルト『交響曲第40番』のコードが冷徹に脈動していた。
彼もまた、己の裸眼の奥で退屈そうに指先を組み、システム外の凡百のスコアを鼻で笑う絶対のエリートだった。
一方、彼ら絶対の番人たちから最も遠い場所――俺、那須創(なす はじめ)の席は、最後列の窓際。
チョークの粉すら届かない、システムの光が死滅した暗黒領域(最位席)だ。
数学偏差値33のノイズを放つ俺の小脇には、この世界線の帝都・畿内において最強の泥臭さを誇る、真紅の過去問題集――『西進(せいしん)模試』の紅本が握りしめられていた。
俺
もまた【裸眼】のまま、退屈そうに窓の外のネオ鉄拐山を眺めていた。
その時だった。
キィィィィィン――。
空間のノイズが、一瞬にして『無』にハックされる。
スピーカーから流れ出したのは、気強くもどこか物憂げな旋律――モーツァルト『交響曲第39番』。
それが、もう一人の歴史の番人――【ナンバーズ39】が臨席する合図だった。
ガラララッ、と昔ながらの引き戸が乱暴に開く。
「……っ!?」
講堂の空気が、肉感的な甘い香気によって一瞬でハックされた。
教壇に現れたのは、我がクラスの担任であり国語教師――藤平 薫子(ふじひら かおるこ)、25歳。
その瞬間、前列のモブ生徒たちの息が物理的に止まった。
完璧な仕立ての超タイトスカートから伸びる、20デニールの王道漆黒ストッキングに包まれた艶やかな太もも。
その上に羽織った、未来的な光沢を放つ純白の「白衣」。
だが、何よりも全男子の裸眼を釘付けにしたのは、彼女が教壇に両手を突き、前傾姿勢になった瞬間のことだった。
ドサッ、と、重々しい肉擦れの音が教室に響く。
白衣の下、限界までボタンが弾け飛びそうな純白の清楚なフリルとベネチア風レースのブラウスに包まれた、圧倒的な双丘が、木製の教壇の上にこれでもかと押し付けられ、形を歪ませていたのだ。
その圧倒的な大人の妖艶さを、文字通り「至近距離」で叩きつけられた最前列の二人が、わずかに微振動(リアクション)を起こす。
モーツァルト交響曲第41番『ジュピター』の気品をまとう早瀬詩織は、薫子のあまりにも肉感的な所作と甘い香気に、その白い頬をほんのりと朱に染め、わずかに視線を泳がせた。
対するモーツァルト交響曲ト短調第40番の冷徹なる天才・葛城零は、自らの高貴な裸眼を不快そうに細め、システム外のノイズに対するエリートの動揺を隠すように指先を強く組み直した。
「あら、静かになるまで3秒もかかったわね。去勢されたモブの割には、少し元気が余っているのかしら?」
薫子先生が、冷酷な知性を放つ「赤メガネ」のフレームを、長い指先で妖しく押し上げる。
彼女の正体は、ネオ芦屋のセレブにして、千年にわたり日本を裏から支配した藤原氏の知恵と、源氏を滅ぼし覇者となった平家の雅な武のパッション、その両方の血を完璧に受け継いだ絶対強者だった。
「いい、エリート(家畜)の皆さん。今日の古典小テストは、私の独自のハック(趣味)で、システムの問題を少し”調律”しておいたわ」
薫子先生は、巨乳を教壇に滑らせながら、妖しく、獲物を品定めするような肉食獣の笑みを浮かべた。
「西の残骸である『畿内中央センター試験』『畿内共通テスト』……そして、私がその傾向と解を熟知した最高峰の私立難関【都の西北大学】の過去問のエッセンスを、この平静京のコード(教養)にハックしてあるの。100点満点を前提に去勢されたあなたたちのAIで、解き明かせるかしら?」
「っ……!」
その瞬間、最前列の詩織の裸眼に、ジュピターの苛烈な光が宿った。
零もまた、不敵な笑みを浮かべて思考の数理を展開する。歴史の番人たちのプライドが、その超難解なパラダイムに一瞬で着火したのだ。
だが、薫子先生は、そんな最前列の最高峰の番人たちには一瞥もくれず、白衣の裾をエレガントに揺らしながら、ゆっくりと歩き出した。
た。
カツ、カツ、カツ、と、タイトスカートの擦れる音。
彼女が向かうのは――最前列の光から最も遠い、最後列の窓際。俺のデスクの前だった。
薫子先生は俺の目の前に立つと、フッと細い吐息を俺の顔に吹きかけた。
高級な香水の奥にある、成熟した大人の女性的で甘い香りが、俺の裸眼を惑わせる。
端正なタイトスカートが目の前で擦れ、白衣の裾から覗く圧倒的な絶対領域が俺の視界をジャックする。
そして、彼女は長い爪が光る指先で、俺の『真紅の西進模試の赤本』を冷たくトントン、と叩いた。
「那須くん」
吐息が混じるような、ゾクゾクするほど妖艶なソプラノボイスが、俺の耳元をハックする。
「藤原の知と平家のパッション……私の血が求めているのは、システムの綺麗な調律かしら?
それとも、あなたのその泥臭い『33点の破壊(ノイズ)』かしら? ……
かつて私の祖先(平家)を揺るがした『那須』の男が、この私の国語のグリッドをどうハックしてみせるか、期待しているわよ?」
赤メガネの奥の瞳が、熱を帯びたように妖しく明滅する。平家と藤原のダブル・ロジックを背負う彼女は、歴史の歪みを超えて、俺の持つ「那須」のパッションに人知れず狂わされていたのだ。
(な、なんだって……!?)
その瞬間、教室の空気が爆発した。
最前列センターの詩織と零が、同時に弾かれたように最後列を振り返る。
システムにも思考を管理されない高貴な【絶対裸眼】を持つ二人が、驚愕に目を見開いていた。
あの冷徹で高貴な藤平薫子が、最前列の番人たちを完全に無視し、西進模試33点のバグに過ぎない那須創に、狂おしいほどの熱視線と朝までの補習の約束(ロジック)を投げかけている。
その事実に、詩織の胸には名もなき激しい動獄(嫉妬のパッション)が走り、零の裸眼は激しい驚愕と嫉妬で凍りついた。
最前列の天才たちが驚愕する中、俺は学ランの襟を乱暴に正し、薫子先生のタイトスカートから覗く絶対領域、さらに赤メガネの奥の裸眼を真っ正面から睨み返してやった。
「ハッ……藤原だか平家だか知らねえが、先生。あんたのその最高級のチェス盤(テスト)も、俺の偏差値33の泥臭さで、まとめてバキバキに粉砕(ハック)してやるよ」
「ふふっ、いい眼ね、那須くん。……もし赤点(スコアゼロ)だったら、私の芦屋の部屋で、朝まで付きっきりの『特別補習(調律)』をしてあげるわ」
薫子先生はペロリと妖艶に唇を舐めると、モーツァルトの39番の残響を置き去りにして、優雅に教壇へと戻っていった。
最前列センターで、最高峰の裸眼をギラつかせて創を凝視し、内に秘めたジュピターの熱を高める詩織と、プライドをかき乱された零。
そして、最後列の窓際から、真紅の『西進模試』を掲げて不敵に笑う那須創。
モーツァルト後期三大交響曲(39・40・41番)の運命(コード)と、最前列の絶対裸眼、あるいは偏差値33の西の破壊力。
月曜日のクラシック・レジスタンスは、平静京の歴史そのものを揺るがす、至高の多重ハッキング戦場へと変貌を遂げたのだった。
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