第23話 沙織と美月 一つ屋根の下
ping... pong...
『はーい、どちら様?』
「室山県室山市から来ました、高槻です」
「同じく、服部です」
『あ、分かりました、桃花ちゃんのお友達ね、ちょっと待ってて』
神奈川県海老名市のとあるところにある、柏原桃花の親戚のお家「吉田さん家」にお邪魔する二人。
「お邪魔しまーす」
「あら、高槻さんと服部さんね! 話は聞いているわ! どうぞ、いらっしゃーい」
「失礼しまーす」
「遠いところをようこそ。さあ、遠慮なさらずに」
「ありがとうございます」
見た目はまだまだ新しい一軒家。まだまだ若そうな、その家の奥さんと思しき女性が、二人を出迎えた。
二人は促されるままに、用意されたスリッパを履き、応接間を目指して廊下を歩いていた。
「まあまあ、あなたがたセーラー服? 憧れるわー! おばさんは、中学高校では、ずっとブレザーだったから!」
「そうです、一応、セーラーではありますが……」
「友達の同級生が痴漢に遭って、たまに酷い目には遭いますけどもねー」
「あらまあ! おばさん、性犯罪は許しませんよ!」
「そうですねえ、その通りです!」
「まあ、あいつはスカートを無駄に短く詰めすぎたとか、いろいろありまして……」
「あらあら。誰だかわかんないけど、随分アグレッシブな子ね……どうぞ、座って、座って。飲み物お持ちするわ?」
「いやいやいや……」
「飲み物だなんて、何卒お気遣いなく……」
おばさんは、台所に行くと、なにやら、ペットボトルのミネラルウォーターを二人分持ってきた。
「はい、つまらないものですが、召し上がれ」
「あ、助かります、今日はオーディションでメッチャ汗かきましたし」
「いただきます」
「三宅坂46を受けて来たのね、あなたがた。すごいわね! よく頑張りました!」
「ありがとうございます」
「本当に突然押しかけて、どうも済みません」
「大丈夫よ、夫は成田から海外出張だし。ちなみに、娘はいま大学生で、都内で下宿中なんで、ちょーっとおばさん寂しかったから、丁度いいわ」
「うわー! わたし、東京に出て来ただけでも大冒険だったんですけども、ご亭主さんは海外ですか!」
「すごいですよね、吉田さん家!」
「まあね、でも、主婦になってみなさい。亭主元気で留守がいい、そういうものよ」
「はっとり、どうやらそういうことらしい」
「わたしも、東京は初だったから、海外だなんて想像もできないよー」
「ふふふ、二人ともかわいい!」
吉田さん家の冷蔵庫で、キンキンに冷やされた、五〇〇ミリリットルのミネラルウォーターがあまりに美味しかったので、二人とも感激していた。
「さあ、落ち着いたところで、そうね……娘の部屋が良さそうだから、そこのセミダブルベッドをお使いなさい」
「え! それって、添い寝ってやつですか?」
「うわ、沙織と添い寝ですかー」
「いや?」
「いえいえいえ、いやだなんて、そんなー」
「泊めていただけるだけで、光栄です!」
「ふふふ、旦那の部屋ってタバコ臭いし、あなたがたに、そんなフレグランスがつくの、いやでしょう、だから」
「何から何まで、ありがとうございます」
「お気遣いいただきありがとうございます」
「さあさあ、おばさんについといで! その重そうな荷物、部屋に置いてから、ゆっくり休んで?」
……というなり、二人を手招きして、二階に沙織と美月を案内した。階段を上がりながら、先ほど、セミダブルベッドだと聞かされて、余りの恥ずかしさに、いろんな想像をしてしまい、思わず顔から火が出そうな二人だった。
おばさんが『みーちゃんのお部屋』という札が下がった白いドアを開けると、そこは、吉田さんの娘さんの部屋だった。
「その辺に荷物を置いてちょうだい。どうぞリラックスして過ごしてね。何かあったら、下にいるおばさん呼んでね!」
「は、はーい!」
「わかりました!」
「じゃあ、ごゆっくり」
パタム、とドアが閉じられると、二人は荷物を置いて、そのセミダブルベッドなるものに腰かけた。
「はっとり! どうしよう! セミダブルベッドだなんて!」
「落ちつけ、沙織! 30センチ離れて眠れば大丈夫だから、どうか落ち着いて!」
「それじゃあ、どちらかがベッドから落ちちゃうよ!」
「……じゃあ、よーく考えよう。もしわたしが沙織とくっついて眠ったら?」
「くっついて眠ったら?」
「ね、眠れるわけないじゃんかよー! お、女の子同士だよ!」
「じゃあ、はっとりは起きてるの? 椅子で眠るの? 風邪ひくよ!」
「うーむ、それもそうだね。じゃあ、この状況をどうするか……」
しばらく考えた後、美月がポツリとつぶやいた。
「ねえ、沙織、お風呂は別々に入ろう」
「そうだね、シャワーは別々に入りましょう」
「お食事いただいて、お風呂入ってから考えようか」
「そうだね」
◇ ◇ ◇
「じゃあ、お二人とも、旅の疲れを取って、ゆっくり休んでいってね」
「はーい」
「おやすみなさーい」
どーん、という効果音が似合いそうな、セミダブルベッドを前にした二人。掛け布団は、当然のことながら、ひとつ。
「こ……ここで眠れというのか……」
「はっとり! 湯冷めしちゃうよ! 早く、早く!」
「は、早く……って言われても、き、きき、緊張するなあ……うわぁ!」
沙織は、美月の腕をつかむと、半ば強引にベッドに引き入れた。美月はベッドサイドでバランスを崩して、沙織の方へと倒れこんだ。そのあまりの距離の近さに、二人とも思いがけない様子だった。
「ご、ごめん、はっとり……」
「い、いや、わたしは、まんざらでもない……ぞ」
「そ、そう、それならいいんだけど……」
「じゃ、じゃあ、灯り、消すか」
「うん」
「き、き、緊張するね」
「そ、そうだね、一緒のお布団、はじめてだもんね」
美月は、頬の辺りを指でポリポリと掻きながら、視線を上に逸らせた。沙織は、いつまでも美月の腕をつかんで離さなかった。
「美月、さん、あ、ありがとうね、付き添ってくれて」
「うん、遠慮なんかいらない、だって、友達だから」
「そだねー」
「って、いつまで私の腕をつかんでるつもり!?」
「はっ! ご、ごめん!」
「冗談冗談、いいよ、ダンス、本当は不安だったんだろ? わたしで良ければ、手、握っててもいいよ」
「うれしい。ありがとう、ね」
そのままの態勢で、向かい合わせで横になる二人。遮光カーテンの隙間から、漏れる月明かり。薄っすらと、照らし出される二人のシルエット。
「あー、今日は楽しかったなあー」
「ほんとうに、表参道でタピオカ飲んだし」
「あれ、本当はデブるんだよなー」
「え! じゃ、じゃあ気をつけなきゃ」
「原材料は、お芋だっていうし」
「へええー、気を付けようっと」
「飲みすぎちゃダメだぞ、こいつう!」
美月は、沙織の鼻の頭を人差し指と親指でぺちっと弾いた。
「あ痛っ」
「ははっ、可愛い、可愛い、反応が可愛い」
「本当?」
「うん……ところで、さ、沙織、さん」
「なあに? 改まって」
「なんだか冷えるね、夏場だっていうのにさ」
「それもそうだね」
「も、もう少し、近づいても、いいかな?」
「え、いいよ」
「沙織、少しだけ、目、つぶってても、いいかな」
「どうして?」
「どうしても」
美月は、沙織の髪をかきわけると、彼女の唇にキスをした。少し、驚いた様子で、つぶっていた瞳を開く沙織。瞳をつぶる美月。そうして、十数秒が経っただろうか。ようやく美月は唇を離した。
「美月、さん?」
「いやー、前から思ってたんだよね、沙織の唇ってさ、ケアしている所為からかな、いっつもぷるぷるしてるんだよね」
「そ、そりゃあ、お手入れは欠かさないけど……」
「わたしの初キス、沙織に捧げました」
「た、確かに受け取りました……って、ずるいー! わたしもー!」
頬を上気させた二人は、互いに見つめあい、沙織の両手が、美月の頬をそっとつつんだかと思うと、距離を縮め、美月の唇にそっとキスをした。そのままで、何秒経っただろうか。ようやく互いに満足した様子で、そっと唇を離した。美月の長い黒髪が、そっと乱れた。
「わたしのはじめて、美月ちゃんに捧げました」
「うん、確かに受け取りました、ありがとう」
「美月ちゃんの髪の毛、すべすべ! ちょっとは分けて欲しいものだよ」
「そ、そんなにいいものか? 剛毛な、わたしの髪が?」
「うん、前からそう思ってた」
「こいつう!」
「あはっ」
そう言うと、また美月は、沙織の鼻の頭を、親指と人差し指ではじくのだった。なんだか、笑顔が止まらない二人だった。
「美月さん、手、握ったままで眠ろう?」
「そうだね、沙織、さん」
「明日はもう飛行機の中だね」
「そうだね」
「飛行機の中でも、コッソリ、しよう」
「な、なにを?」
「キス」
「やーめーてー、恥ずかしい!」
「ところでさ、お布団の中だと、暖かいね?」
「そうだね、ずっと続くといいね、この状況」
「美月さんの胸元に顔をうずめてスース―眠りたい」
「そ、それだけは勘弁な!」
「あはっ」
神奈川県海老名市の夜は、こうして更けていくのだった。
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