第18話 お見舞いふたたび
ある日曜日。美月と沙織は、病棟の給湯室で、お茶を汲み、コップを洗ったりしていた。
「なあ、沙織、やっぱり拓也さんは、沙織のことが好きみたい……だぞ?」
「……私の口からは、何とも」
「本当だってば! 何かっちゅうと、沙織ちゃん、沙織ちゃん言ってるし……」
「……気のせいじゃない? 助けてもらったの、はっとりだし」
「あれは、たぶん駅員としての義務感だと思うな」
「そうかな……」
「あ、夕食の配膳台車が来た……沙織、行って来い!」
「ええっ? はっとりはいいの?」
「お前に譲るって……さあさあ、拓也さんに食べさせて来なさいってば、ほら!」
「ありがと……ね、はっとり……で、でも……」
「うじうじしない! 女は笑顔と度胸! さあ、行った行った!」
「もう、強引ね……」
晩の食事は沙織が持ち、お茶の入った小さな急須は美月が持つことにした。
「霜田さん、ご飯ですよー」
「はーい、マグカップでーす」
霜田拓也は、ギブスのはまった左肩が邪魔そうだ。少し痛みに顔をしかめながらも、何とか、彼女たちの方へ振り向いてみせる。
「おおー、サンキュー、ご飯かあ。ちょうど、お腹が空いていたところだったんだ。ありがとう」
「無理しないで! 霜田さん!」
「お願いです、安静にしていてください」
◇ ◇ ◇
高槻沙織は、窓際に花瓶の花を生けていた。服部美月は、お茶やお茶菓子を用意したり、し尿便の中身を捨てに行ったりしていた。甲斐甲斐しく、きびきびと、拓也の看病をしていた。
「はあ~っ、終わったー」
「終わったな、やっと」
「あらあら、二人ともお疲れ様!」
二人「看護師さん!」
「ありがとうございます」
「二人とも、今ではすっかり仲直り。りんごジュース買ってきたわよ」
二人「いただきます!」
拓也「あ、どうも済みません、じゃあ、ついでに、頂戴します」
拓也、沙織、美月が、同じりんごの缶ジュースを開ける。
「くーっ、冷たくて美味しい」
「健康に良さそうだな」
「あー、疲れた身体にしみわたるよ……冷蔵庫に生ビールねえかなー」
「霜田さん、怪我人はアルコール禁止です!」
「ああ、済まない、ごめんごめん、いつもの癖で……」
「霜田さんにとっては、冷蔵庫イコール、生ビールなんだよねー」
「身体のためですよ、怪我人は謹んでください!」
「は、はい、わかりました」
ふたりは申し合わせたように、霜田拓也の介添えに当たる。
「霜田さんは、右腕大丈夫ですか? 食事もばっちり自分で出来ますか?」
「いや、ちょっとまだ無理っぽい……」
「じゃあ、スプーンで行きまーす。ホワイトシチューですよ、はい、あーん」
「あーん」
「ご飯も食べましょう……あ、今晩のデザートは、りんごですよー」
といった感じに、仲睦まじく「はい、霜田さん」「あーん」を繰り返すのだった。傍目で見ていて、やれやれー、と思ったのは、勿論、服部美月。全部食べさせるのに、かれこれ三十分は経過しただろうか。霜田の食器はすっかりカラになった。
「おおー、霜田さん、全部食べ終わりましたー!」
「済んだね、沙織、良かったじゃんか」
「じゃあ、わたしたち、地下の食堂に行って来まーす」
「行ってらっしゃい」
「じゃ、霜田さん、後ほどー」
◇ ◇ ◇
沙織と美月は、地下の食堂付近を歩いていた。
「やだ、あっちに霊安室がある……」
「もう、はっとりったら縁起でもない、こっちに購買あるよ、雑誌でも買おうよ」
「霜田さん好みの雑誌って、こんなのかな」
「いやー、こっちのファッション誌でしょう」
「競馬新聞もあるぞ」
「やだー、拓也さんは、確かギャンブルやらないはず」
「じゃあ、後で何か買ってくか!」
やがて、沙織と美月は、食事を共にするのだった……。
「それがね、婦長さんから聞いたんだけど、霜田さん、次第に良くなっているみたい」
「ほー、そいつは良かった」
「お待たせしました」と、店員から差し出された、沙織の親子丼と、美月のカツ丼。
美月は、沙織に気を遣って、カツの一切れを、親子丼の上に乗っけた。
「み、美月はいいの? 私にくれるの?」
「鶏ばっか食ってんじゃない! もっと元気出せ、元気!」
「う、うん、ありがとう……」
◇ ◇ ◇
五階東病棟に戻った、沙織と美月。沙織の手には、新聞と週刊誌。美月の手には、みかんと市販のお菓子。
「霜田さーん」
「戻って来ました!」
「はい、新聞と週刊誌です」
「元気になるように、はい、みかんとおやつです」
「おおー、ありがとう! お金出そうか?」
「ちょーっ! 霜田さん、怪我、怪我!」
「お金は結構ですから、起き上がると身体に毒です!」
「ああ、ありがとう……ごめんね」
「まあまあ、そう気を遣わずに」
「そうそう、元気になることが、今の霜田さんのお仕事ですよ」
「お仕事かあ……」
「じゃあ、私たち、これで失礼しますー」
「頑張って治してくださいね」
「おお、じゃあねー、また今度!」
紅電咲花台駅に到着し、下りの急行電車を待つ二人。
「ところで沙織、何か忘れてないか?」
「えー、何が?」
「期末テストだと言っているー!」
「期末……そういえば、もうそんな時期かも……」
「はああ、プリントもらっといて、もう忘れてるし……」
「どうすんの、はっとり?」
「特訓じゃあー! わたしん家で勉強の大特訓だー!」
「ええっ! 土日が……わたしの土日がつぶされてゆくー」
「沙織んちに寄るから、身支度をして、着替え持って、霜田タクシーで一気に坂の頂上へ行く! タクシーチケットあるんだろ?」
「ある、あるある……わ、わかったから、どうか落ち着いて……」
「看病にかまけて、成績落としてちゃ、駄目だろ?」
「家に電話かける……」
相も変わらず、テストの度に、美月の家へ呼び出されては、みっちり勉強させられる羽目になる沙織だった。
「はああ……勉強かあ……」
沙織は、深い深い溜息をつくのだった……。
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