第17話 黄昏を追い抜いて
――午後、校門前で、服部美月は、携帯のメールを確認していた。ふと、こんなメッセージに、視線が止まった。
『はっとりへ 昨日、お父さんとお母さんに怒られました かばってもらった人が命の恩人の看病をするのは当然だ! ってね 昨日は感情的になってごめんなさい 今日からもう病院へは行かないから、美月、拓也さんのこと、よろしくね 沙織』
(さ、沙織……)
室山県立敷島女子高等学校の校門前に、一台の青い、ビッグバイクに乗った霜田 翔が現れた。彼は、落ち着かない様子で、校内の内側に目を遣っている。誰かを探しているようだった。やがて、美月が現れると、フルフェイスのヘルメットを取り、微笑みながら声をかけた。
「よっ、美月ちゃん、元気になったか?」
「翔さん……どうして……」
「午前の勤務が終わったからな。ここまで来た! 兄貴が入院してる病院に行くんだろ? 乗ってけ、乗ってけ。兄貴が会いたがってる」
「でも、わたし、恥ずかしい……みんな見てるし……」
「ああ、もう、うじうじ思わない! 高速道路飛ばすから、しっかりつかまれよ! 振り落とされて死んでも知らねえからな!」
「う、うん……」
「じゃあ、カバンは後ろにネットをかぶせて固定して、美月ちゃんはヘルメットをかぶって……スカートひざで挟んで、しっかりつかまれよ!」
美月は、肩まである長髪を後ろへ流し、ゴム紐で束ね、ヘルメットをロックした。カバンを後部座席付近のネットにしっかり結い付けると、ぎこちない仕草で、後部座席に座り、翔の身体にしがみついた。スカートをひざで挟むと、翔に言った。
「こ、こんなので、いいかな……」
「上等上等! じゃあ、行くぞ!」
「あのー、その前に、途中で岩崎サービスエリアに寄って欲しい」
「何だ、そんなことか。いいよ、お茶でもトイレでもゆっくりして」
「と、トイレって……」
エグゾーストの音がしたかと思うと、一五〇〇CCのビッグバイクは、葱州縦貫道の室山北インターチェンジを目指していたのだった。
◇ ◇ ◇
――放課後、紅電の電車の車内で
「沙織は気分が優れずに早退。美月は、あの翔さんがバイクで病院まで直接連れて行った……とさ」
「なんでも、美月ちゃんは、バイクにタンデムしてたとか、他の子が騒いでたー」
「なんか、二人がいないと、調子狂っちゃうよねー」
「そうだなー、なんというか、和菓子星人バーサス、洋菓子星人という図式がね」
「だよね、なんか部活も盛り上がらないよねー」
梨音は、うーんと空を見上げてしばらく歩きながら考えていたが、何かを思いついた様子で、ポンっと手を叩いた。
「仕方がない、桃花に数学を教えるから、桃花はわたしに国語を教えてー?」
「電器屋さんの2階の梨音ちゃんのお部屋で、お勉強会ね? コンビニで何か買ってく?」
「じゃあ、わたしは、ポテチとコーラかなぁ?」
「じゃあ、わたしは、お昼ごはんの残り、かなぁ」
「おいおい桃花? そんなの食べたら腹壊しちまうぜ?」
「ふふっ、それもそうね。じゃあ、おにぎりとジャスミンティーで」
「その方がいいと思うぜ?」
『香枚井、紅電香枚井です。三番線の電車は、急行楠葉行きです……』
◇ ◇ ◇
――その頃、葱州縦貫道、岩崎サービスエリアに、翔と美月のバイクが到着した。ここには、カフェも食堂も売店もあったが、翔は、自動販売機の冷たいコーラ、美月は、暖かい烏龍茶で充分そうだった。二人はベンチに腰掛けた。美月は、ストレートの長い髪を、手櫛で整えていた。サービスエリアに、夕闇が迫ってくる。
「寒くなかったか?」
「ううん、全然大丈夫……」
「『おっぱい星人』も、たまには役に立つだろう?」
「うん」
「意外と、素直なんだな、ほんとうは……」
「べっ、別に!」
「おやおや、こりゃまた失礼……」
翔は目をそらして、空を眺めていた。美月は、先程のメールを思い出して、携帯をポケットから取り出した。
「ところで翔さん……沙織からこんなメールが届いたんだけど……」
「ふーん。何か可哀想な気もする。沙織ちゃん、兄貴にぞっこんだったからね」
「わたしは、明日、どんな顔して沙織に会えばいいのか、わかんない」
「……大丈夫だって、心配ねえって!」
「……だと、いいんだけどね」
「メール打つよ。あ、美月ちゃんはカメラマンになって。オレだけ撮って」
「はいはい、行くよー、笑ってー、あまあまいちご」
シャッターの切れる音がした。
「……何だよそのかけ声……ってまあいいか。それで、オレが沙織ちゃんにメールする」
「えー! あんた、今度は沙織を取って食おうとしてるんじゃ……」
「あのなあ、オレには彼女がいるの! そうじゃなくて、励ましのメッセージだよ。君からは何だから、オレから、君と沙織ちゃんで一緒に看病してはどうか、って提案をするのだ。どうだ、いいプランだろう」
「ありがと。意外と、優しいとこあんのね……」
『沙織ちゃんへ 久しぶりです、おっぱい星人です。兄貴のことを心配してくれてありがとう。まず感謝します。それから、美月ちゃんのことだけど、沙織ちゃんのことを、随分気にしていて、明日会わす顔がないと嘆いています。交代で看病することも考えたんだけど、今度から、二人で一緒に看病してはどうだろう。一晩ぐっすり眠って、よく考えてくれよな。じゃあ今日のところは、おやすみ。 翔』
「よし、送信っと! どう?」
「いい感じじゃない?」
「それで行こう!」
「明日からは、沙織と一緒で。いいアイデアね」
「さあ、日が暮れる。室山北インターまであと半分だ! しっかりつかまれよ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何?」
「ちょ、ちょっとだけ、お手洗いへ」
「早ええよ。もうかよ! さっき飲んだばっかなのに……」
「お土産に、香枚井餅も買ってくるー」
「おう! 待ってるからな!」
◇ ◇ ◇
翔のバイクはやがて「室山北インター 出口 香枚井 椎瀬」と書かれた標識を確認すると、左ウインカーを灯して、インターチェンジを降り、一般道を県立室山病院へと向かうと、国道六〇号線を少し南下し、咲花台の病院へ到着した。
「さすがに寒いだろう」
「コート着てても寒いっ……」
「はいはい」
「メール……梨音と、沙織から届いてる……」
『美月へ 元気かい? イエーイ! ついに、我々で、勉強会をすることになったー!! あ、桃花も一緒だよ? また明日学校で会おうなー』
「相変わらずだね……」
そう言って、美月は翔に携帯を差し出して、メールを見せる。
「本当だ、お嬢様たちの勉強熱心さには、参ったね」
「あ、次は沙織のぶん」
「どれどれ?」
『はっとりへ 先程は喧嘩腰になってしまって、本当にごめんなさい 翔さんに言われちゃった 一緒に看病すればいいじゃんって 明日からは、普段通りに、一緒に看病しましょう もう、泣いたり取り乱したりしないから 沙織』
「うーん、オレのメールが効いたかな」
「ありがとうございます。さてと、返事は……」
『沙織へ 明日からはノーサイドで 一緒に拓也さんの看病しようよ! 一緒にがんばろう 今日はゆっくり寝なよ 美月』
「こんなところかなあ……」
『追伸 今日は、おっぱい星人が学校までバイクで来て、わたしをかっさらって病院まで乗せていってくれた 他意はないよ あくまで事務的に 美月』
二人は、夜間入口と書かれた自動ドアをくぐり、やがて来たエレベーターに乗って、五階東病棟まで行き、ナースステーションで、面会者の名前を記入した。彼らに気付いた看護師が、二人を呼び止めた。
「霜田さんの弟さんと、確か……服部さんですよね。ご案内します、どうぞ」
「おいおい、兄貴個室かよー。面会謝絶だってさ」
「関係者以外は立ち入り禁止だそうです」
開け放された扉。カーテンを開けると、そこには、美月の命の恩人、霜田拓也が横になっていた。突然の弟の訪問にいささか、驚きを隠せない様子。
「だ、誰……?」
「……起きちゃ駄目!」
「よう、兄貴、久しぶり。服部さんを、バイクで一緒に乗せて来たんだ」
「来たんだって……お前……」
「こんばんは、霜田さん! 翔くんったら、案外気配り上手でねー、わたし、明日は沙織と一緒に、また仲良く霜田さんの看病をすることになりました」
「そっか……一時期は、何かあったのかと思って、気が気じゃなかったよ」
「ご、ごめんなさい……」
「でも、こうして、みんなに看病してもらってるのも、うれしいんだ」
服部美月は、深々とベッドの方へ頭を下げてこう言った。
「霜田さんは、わたしの命の恩人です、助けて下さって、ありがとうございました!」
「うん、うん」
ステンレス製の配膳台車には、すでに夕方の病院食が並べられていた。
「じゃあ、美月ちゃん、兄貴に晩飯食わせてやれよ、俺がやると絵面的に変だからさ」
「じゃあ、霜田さん、どうぞー」
「うん、おいしい、おいしい」
「良かったー」
霜田 翔が、忘れていたエピソードを思い出した。
「あ、そうだ。美月ちゃん、例の携帯メール、兄貴に見せてみろよ」
「あ、ああ、そうね。はい、霜田さん」
「何々? 沙織ちゃんが親に叱られた?」
「そうです」
「で、翔、お前が演出して、仲直りさせたと……」
「そういうこと」
「じゃあ、これからは二人とも仲良くやってくれるんだ!」
「はいっ!」
「はー、良かった、助かった……オレ、ちょっと責任感じててさー」
「ごめんなさい」
「いいって! いいって! もう、無事に解決しそうじゃないか!」
「そうですねー」
美月が、忘れていたお土産を渡すことにした。
「あの、これ、つまらないものですが、どうぞ」
「おー、ありがとう。香枚井餅かあ。後で美味しくいただくよ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、俺らはこれで」
「お邪魔しましたー」
「ああ、ありがとう!」
翔は美月の方へ向き直って、美月に尋ねた。
「美月ちゃん、確か、榛名天神駅前の和菓子屋さんだったよな」
「ええ」
「なら、そこまで送るよ」
「いや、遠慮します。一人で帰れます。だって電車がありますし……」
「オレに遠慮なんかすんな。俺のバイクに、乗ってけ乗ってけ!」
兄が、心配そうに声をかける。
「おい、翔、あんまり無理矢理乗っけようとするなよー」
「分かってるって、じゃなー兄貴」
「お邪魔しましたー」
◇ ◇ ◇
翔のビッグバイクは、咲花台から、香枚井を経て、そこから北へ、春名坂を駆け上がった。ここは、春名坂のいちばんてっぺん、榛名天神駅前だ。
「翔さん、今日は本当にありがとうございました」
「らしくないぞ。だって、素直にお礼なんか言うから……」
「……べ、別に、送ってもらって、嬉しいだなんて、思わないんだからね!」
「よし、その調子! じゃあ、明日も頑張れー! じゃなー」
「さよなら!」
エグゾースト音を響かせつつ、霜田 翔のバイクは、紅電の跨線橋を渡り、国道六〇号線へと南へ去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます