第16話 病院へお見舞い

霜田拓也の母親と、服部美月の父親、それに、沙織と美月が病院の個室に赴いた。


霜田の母親が、息子の手をさすりながら、耳元でささやいた……。

「拓也……拓也……」


服部征志がつぶやいた……。

「大けがですからねえ……何でも、オペに四時間かかったそうで……」


沙織と美月がショックで声を出せずにいる中、服部征志が続けた。

「美月、この駅員さんが、お前の命の恩人だよ……」

「恩人……命の、恩人……」


霜田拓也の母親が、沙織と美月に向かって、優しく諭した。 

「あなたたち、どうか、静かに見守ってあげてね……」


美月の父親が、去り際にこう言い残した。

「お父さんたちは、先に、先生に経過を聞いてくる。そのまま帰るから、君たちもほどほどにして帰りなさい」

二人「はーい……」


     ◇ ◇ ◇


高槻沙織と、服部美月が、霜田拓也の個室に置かれた椅子に座った。そうして、静かに寝息を立てている、拓也の表情を見詰めていた。病院用ベッドは、枕元の部分が少し、斜め上を向いていて、配膳台はいつでも食事が食べられるような位置に固定してあった。沙織が美月に言った。


「ねえ、まだ目を覚まさないんだけど、しんどいのかなあ」

「そ、そりゃあ、わたしをかばって、代わりに電車と擦(こす)れたんだから、多分、肩か、背中かどこかに、ダメージを受けてて……」

「ダメージが軽いことを、祈るばかりだよ……」

「やだ、申し訳ない、霜田さん、ごめんなさい!」

「まだ、麻酔から覚めないみたいだね、まだ、覚めないのかしら……」

「み、みんな、わたしの所為だ……」

「ほーら、泣かない、泣かない! 美月がいつも私に言ってる言葉がある!」

「お、女は度胸と、愛嬌……」

「そう! そうでなきゃ! 空元気でも元気は元気!」

「うん、ちょっと無理そうだけど、やってみる。……女は度胸と愛嬌!」

「うん、それでこそ、いつもの美月だよー」


高槻沙織が、服部美月を呼んだ。エレベーターホールは、さほど遠くない場所にあって、エレベーターの、下の階へ行くボタンを押し、乗り込んだ。何階かに止まった後、地階に着いた。


「ねえ、はっとり、こっちこっち!」

「な、何だよ……」

「晩ご飯、食べに行かない?」

「わ、わたし? うーん、どうかな。まだ早いし、食欲がぜんぜん……」

「そうだねー。でも、食べとかないと!」

「ああ、そうかも。だいいち、腹が減っては戦ができぬ。じゃあ、わたしはカツ丼で!」

「ならば、わたしはエビピラフ……」

「なあ、沙織?」

「なあに?」

「霜田さん、治るといいね……」

「そうだね」

「……で、お医者様は何て言ってたの?」

「ううん、まだ訊いてない……ちょっと怖くて……」


     ◇ ◇ ◇


夕方に満腹になった沙織と美月は、五階東病棟へ向かった。地階のエレベーターホールにて。


「結構待つねえ」

「そうだな……」


お互い、身に降りかかっている現実を前にして、普段より無口だ。


「お医者さんが待っているみたいだよ……」

「説明を聞くのが怖い……」


ようやくエレベータが到着して、五階東病棟に行く二人。五階に到着すると、ナースステーションが目の前にあり、そこで、看護師たちが立ち働いている。沙織が、ひとりの看護師を呼び止めた。


「あのー、霜田拓也さんのお見舞いに来ました、高槻と服部です。看護師さん?」

「まあ、あなたたち、待ってたわ。お疲れさま。先生が、医局からもうじき戻って来るから、そこの部屋で待機してくれないかしら」

二人「はい」


SICU(外科的緊急治療室)の横にある、窓のない四畳半程度の別室に通された。ここは、入院患者の家族に対して、医師が病状を説明する時に使う部屋だ。沙織と美月は、パイプ椅子に腰掛けて、じっと主治医が来るのを待っていた。そこに、霜田拓也を診察、そして、オペした外科医がやってきた。


「やあ、君たちか、霜田さんのお友達というのは……」

「はい」

「今から、霜田拓也さんの怪我について説明するので、落ち着いて聞いてね」

「は、はい」


医師による説明とは、次のようなことだった。まず頭は、軽い脳震とう。肩は、左の肩胛骨を中心に、骨に亀裂が走っていて、脊椎も軽度の損傷で済んだが、当面、安静にしないといけないので、関係者以外は面会謝絶にしている、食事や着替えには介添えが必要だ、などとのことだった。説明は二十分近くにも及んだ。レントゲンフィルムを見せられたりして、沙織や美月は、泣きそうになった。


「ここに運ばれた時には、意識レベルは落ちていたものの、君たちの名前を小声でつぶやいていたよ。沙織ちゃん、美月ちゃん……ってね。仲良く看病するなら、看護師の言うことに従ってやってね。あと、学業をおろそかにしないこと。約束できるね。じゃあ」

「はい、わかりました」

「気をつけます……」


パタン、と扉が閉まり、二人は深いため息をついた。


     ◇ ◇ ◇


二人は霜田の病室に入った。一般病室に移り、麻酔から覚めた拓也が、朧気な意識の中で、彼女たちに気づき、起き上がろうとした霜田を、沙織と美月が制した。


「あれ? 君たち……」

「ちょっと待って、霜田さん! 大怪我なんだから!」

「起き上がらなくていいから、ストップ、ストップー!」

「君たち……来てくれてたんだ。そして……オレ、助かったんだ……」


美月が、半べそをかきながら言った。

「そうだよ、霜田さん、助かったんだよ! はー、生きてる……」


霜田が続ける。

「あれ、沙織ちゃんも一緒だったんだ。ありがとう……」


沙織が、安堵の表情を浮かべて、返す。

「良かった……霜田さん!」


二人「うわああああん……ごめんね、ごめんね、霜田さん」


霜田が応える。

「ちゃんと、オレは生きてるよ! ほら、落ち着きなって。泣かない、泣かない」


二人は我に返ると、ティッシュで目元を拭いたり、鼻をかんだりした。

「ほらほら……オレは、無事だよ……落ち着いて」

「すごい怪我で、オペに四時間もかかったんですよ!」

「わたしたちが毎日看病します!」


薄目を開けて、霜田が応える。

「うん、ありがとう。二人とも……」

「あなたは、わたしの命の恩人です、ありがとうございます。全力で看病につとめます!」

「助かって、本当に良かった……霜田さん……」


     ◇ ◇ ◇


服部美月は、気を遣っているらしく、霜田拓也の身体を拭いたり、洗面器の水を取り替えたり、そうかと思えば、借りて来た花瓶に、売店で買った花を活け、テーブルを拭いたり、寝間着を着替えさせ、それを洗濯したりしていた。


高槻沙織が、あれよあれよという間に、美月が何もかもをやってしまうのだった。沙織は、実際の所、何も出来ずにいた。


甲斐甲斐しく霜田の世話をしていた二人だったが、特に美月は、きびきびと立ち働いていた。そんな中……。


「拓也さんのこと、もう、あきらめました。なので、美月にあげる」

「えっ? 突然何を言い出すの?」

「さ、沙織ちゃん……」


高槻沙織は、服部美月の方を向いて突っ立ったまま、ただただ涙を流すのだった。流れる涙をぬぐいもせず。


「霜田さんに、身を挺してかばわれちゃ、もうあなたのものなのよね。……何だか……とってもお似合いだから……」

「そ、そんなことないぞ! 霜田さんは沙織と、ずっと仲良しじゃない。沙織、きゅ、急に何を言い出すの?」

「でも、でも、わたしには、到底真似ができない……もう、あきらめるしか……」


そうして、沙織は、その場で泣き崩れてしまった。美月は、そんな沙織をなぐさめようとして、手を差し伸べたが、沙織は真っ赤な顔をして、美月を振り払った。


「あなたにわたしの何が分かるってのよ! 放っておいてよ!」


沙織の手が、空を切って、美月の左頬をぶった。


「沙織……ごめん……」

「うえっ、うわああああん!」


沙織は子どものように、声を出して泣いた。もう何も言えなかった。ただただ、泣き尽くすことしか術がなかったのだ。五階東の病棟中に響き渡る泣き声に、何事が起きたのかと駆けつけた病棟看護師が駆け付けた。沙織と美月は、促されるように、ナースステーションに入っていった。病棟看護師が、やさしく尋ねた。


「あんなに泣いて、一体どうしたの?」

「私が悪いんです。霜田さんと、高槻さんとの間にヒビを入れたのは私です……」

「ぐすっ、ぐすっ……」

「私が悪いんです。霜田さんに構い過ぎたと思われても、仕方がないから……」

「でもあなた、一生懸命看病してたんでしょ? 命の恩人に」

「はい……でも、沙織の気持ちも考えずに、出しゃばってしまいました」


沙織は、少しは落ち着いて椅子に座れたものの、まだ泣き止んでいなかった。黙ったまま、頬を赤らめて、涙を流し、袖でぬぐう。病棟看護師は、マグカップを差し出して、お茶を二人に勧めた。


「まあまあ、落ち着いて」

「ありがとうございます」

「す、すみません……」

「あなた、服部さんって言うの? じゃあ、今日はもう、先にお帰りなさい」

「はい」

「今日のところは、高槻さんが看病したら?」

「わかりました。じゃあ、沙織、後はよろしく頼んだ。じゃあ、私は帰ります」

「今日のところはね、一旦お帰りなさい、ね」

「はい、どうもすみません。じゃあ、沙織、ごめんな……失礼しました……」


美月が扉を閉め、帰って行く。エレベーターホールで待っている時も、沙織のいる、ナースステーションの方を、時々横目で見ながら……。


「……高槻さん、少しは落ち着いた?」


沙織は、こくこくとうなづき、涙をぬぐった。お茶を飲み終わると「ありがとうございました」と言って、霜田拓也の部屋へ戻って行った。

「何だか……泣かせてしまって、ごめんね」

「いいんです。わたし、霜田さんとふたりがいいんです!」

「沙織ちゃん……」


当の霜田拓也は、声をかけるタイミングを逸した。この子達が、仲違いしないかどうか、とても気になっていた。

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