第10話 実は、今日は多い日で重い日で痛い日なのだ
六月……春と夏の間を交互に行き交う季節。お陽さまは、照ったり曇ったり……。もうじき衣替えの季節だというのに、ぐずつく空模様に、体調を崩す生徒が後を絶たない。中には、女性特有の症状で、鎮痛剤をもらいに来る生徒もいる。ここは、県立敷島女子高等学校の、保健室。ただでさえ頭の痛いシーズンだ。
「おはようございますー」
「あら、いらっしゃい。立花さんじゃないの、まあ珍しい」
「藤井先生、わたし、今日、ちょっと、あれで……」
「まあ、つらそうね。顔が真っ青じゃない……」
「痛み止めをください、少し横になりたいっす」
「はい、どうぞ、ゆっくりしていってね」
「そ、そうもゆっくりしてらんないんですよ先生」
「まあ、何で?」
「授業に出ずに、家庭科部だけ出ていると、なんか、サボってるみたいで」
保健担当教諭、藤井奈緒子は、立花梨音を寝かしつけると、こう言った。
「お友達や担任の先生に言っておくから、ちゃんと帰れるようになるまで、ゆっくり横になりなさい。何なら、眠ったっていいわよ。さっき見たら、足許ふらふらじゃない。代わりに、鉄分ドリンク買ってくるから、三百円出しなさい」
「はあい……」
◇ ◇ ◇
一方、こちらは教室――
「ええ、そうなの、相川先生……」
「病気ならば、仕方がないですわ……藤井先生」
「じゃあ、よろしくお伝えください」
「了解です。おーい、そこの、香枚井登下校組!」
三人「は、はいっ!」
「実はね、立花さんが、とってもつらい日で、多くて、重くて、痛いの。おまけに、顔面蒼白で。帰るまで保健室ね」
「本当ですか? 梨音が生理痛で顔面蒼白?」
「珍しいこともあるもんだ」
「そりゃあ、あれでも一応、女の子なんだから、あってもおかしくは……」
「梨音の世話ですか?」
「というわけでみんな、お昼ご飯と、帰りはよろしくね」
「わかりましたー」
「で、余りにも様子がおかしい場合、ご両親に連絡するから、私に教えて頂戴ね」
「はーい」
◇ ◇ ◇
――昼休み
「それにしても、梨音に、生理が酷い時があるとか、生理で調子悪い時があるなんて、知らなかったよ」
「わたしも、近所に住んでいて、よく遊ぶけど、おくびにも出さなかった」
「我慢しきれなくなったかー、ついに」
「とりあえず、購買では、全員パンにしましょう。で、梨音ちゃんにも買って帰る。牛乳や鉄分飲料も忘れずにね?」
「了解!」
「どう? 今日はもう歩いて帰れそう?」
「うーん、放課後になんなきゃわかんない……」
「最悪の場合は、紅電タクシーね!」
「沙織! なんだそのタクシーチケットの束は!」
「へへーん、霜田さんにもらっておいたものでーす」
「じゃあ、タクシーチケットと、高速道路料金か……」
「わ、悪いよ、沙織ちゃん……」
「うわー、倒れそう、起き上がっちゃダメ!」
◇ ◇ ◇
「やはり、早退させるべきですかね、藤井先生……」
「そう思います、今からでも、お医者さんに連絡取ってみようかと。なにせ、デリケートな問題なので……」
ヒールのかかとを鳴らし、相川先生が保健室に入って来た。
「立花さん……梨音ちゃんはどこー?」
「相川先生、こっちですー」
「あ、みんな揃っていたのね。この子、今から婦人科のお医者様にかけるので、今から帰宅させます」
「先生、わたし、紅電のタクシーチケット持ってるんですが」
「あら、高槻さん、使っていいの?」
「もらいものですし、後で返してもらえればいいかなって」
「悪いわね、ごめんなさい……さ、立花さん、起きて」
「は、はい……」
「立花さん、足腰立たないじゃない! よくここまで放っておいたわねー」
「す、すびばしぇん……」
昇降口には既に、紅電無線タクシーが停まっていた。相川先生と、高槻沙織が、肩を貸してやってはいるが、梨音は、なかなか思うように歩けない。
「済みませーん、この子を、関津駅前の、室山県立敷島病院婦人科まで連れて行ってください。はい、高速道路で。料金とタクシーチケットはここにありますので……お願いしますね、運転手さん」
「しかしまあ……関津とは遠いねえ……関津の県立病院だろ? 電車一駅も無理なのかい?」
「そうなんです」
「じゃあ、お預かりします」
「お願いします!」
◇ ◇ ◇
六限目も終わり、みんな一様に溜息をついている、二年三組の教室。
「じゃあ、部活の人も程々にして、何もない人は、寄り道せずに帰宅してください」
「起立、礼、解散!」
まるで、下校のタイミングを見計らったように、携帯にメールが着信した。
「あ、携帯だ……誰からだろう……梨音?」
「わたしのところにも……ねえ、先生のところにもメール来てませんか?」
「あ、何か届いているみたいだけど……」
『皆さんへ 立花です。お昼はご迷惑をおかけしました。さて、病院で診てもらったところ、何の異状もなく、思い起こせば、ただの食べ過ぎとわかり、重ね重ね申し訳ないです。昨日の夜、地元、隼人そば屋さんでの、ざるそば大食い大会に出た所為でした。実は、大ざるで、十五杯食べたので、申し開きができません。ごめんなさい、本当にごめんなさい 梨音』
「まあ、何ですって? 食べ過ぎー?」
「ただの食べ過ぎ……腹痛……ぷぷっ!」
「梨音……許さん! どうもおかしいと思ったんだ!」
「しかし、顔面蒼白、足腰立たなくなるまで食べるってどれだけ……」
「お邪魔します……立花が、どうかしたんですか?」
「あ、長瀬センパイ! ……実は、梨音ちゃんが、昨日、大食い大会に出て、食べ過ぎたために、保健室で寝ていたってこと……」
「ぷっ……た、食べ過ぎってどれだけ!」
「長瀬さん、ああいう先輩見習っちゃダメよ。大食い大会で大ざる十五杯」
「ぶっ、大ざる、十五杯って、あははははー」
「笑い事じゃないよー」
「マジ心配したのにー」
「ここは、教育的な指導が必要ね! 今に見ていらっしゃい!」
「私たち、香枚井に戻りますが、何か梨音に伝えておくことはありますか?」
「そうねえ、香枚井通学組のみんなから、あたしが本当に、心底カンカンに怒っていた旨、伝言してもらえるかしら?」
「わ、わかりました、杏子先生!」
「先生の、その微笑みが怖い……」
◇ ◇ ◇
――翌朝
「おはよー」
「あ、おはよう」
ここは、県内屈指の進学校、室山県立敷島女子高等学校。だが、その職員室内では、朝っぱらから、生徒を怒鳴り散らしている相川杏子教諭と、怒鳴り散らされている生徒、立花梨音がいた。
「なんですって? 腹痛? 食べ過ぎー? あなたねえ、もう三~四年で大人になるのよ! 自覚を持ちなさい、自覚を。なになにー、うちの生徒が、前日、ざるそばをたらふく食べて、授業に出られないぐらいお腹を壊し、生理痛と間違えられた挙げ句に、早退しました……って、どのツラ下げて上司に報告するのよー!」
「す、済みません……」
「あたしのことはいいわよ、この際。でも、本気で心配してくれた仲間に、申し訳ないでしょ、今から行って謝って来なさい!」
「失礼しましたー」
「……ったく、しょうがないんだから!」
◇ ◇ ◇
一年三組の教室。いつもの仲間が集う中に、梨音が泣きながら入って行った。
「ごめえええん、みんな、昨日は本当に心配掛けて……ごめんよー。沙織、これ、タクシーチケット返すから、受け取ってー」
「え、ええ。どうしたの、急に。ひどく取り乱したりして……」
「あのその……反省しています……」
「あんまり無茶ばかりやってると、そのうち、友達なくすよー」
「昨日は本当に心配したよ」
「ご、ごめんなさい」
窓辺の陽だまりの中、クラスメイトにひたすら詫びを入れる、立花梨音ちゃんでした。
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