#3 神都平線 普通 神都平 行き (S1062)
『本日も
五番線に到着中の列車は、神都平線の普通、
車体は深い緑を基調とした色合いで、そこに二本の白帯が入っている。
山岳路線向けとして設計され、この路線のため独自の改造が施された神都平線専用車両 《N85系 1000番台》である。
各車両の帯下部には《JNDR》のロゴ文字が描かれていた。
平日午前の発車ということもあり、車内は比較的落ち着いてる。
乗客の大半は観光客だ。
窓側座席へカメラを構える者。
登山用ザックを抱える若者。
神都平遺跡のガイドブックを広げる老夫婦。
外国語混じりに会話を交わす旅行客。
その合間に、制服姿の少年少女と食材入りのバッグを持った老人が数人ほど混ざっている。
「四番線、ドア閉まります。ご注意ください」
発車メロディーが鳴り終わる。
直後、乾いた音を立ててドアが閉まり、車掌ブザーが運転台へ響いた。
「時刻良し、ドア閉め良し。進行」
運転士がマスコンを投入する。
唸るようなモーター音と共に、二両編成の列車はゆっくりと翡翠駅を離れていった。
◇
『本日も
この列車は、神都平線普通、
只今、
並行する線路の無い単線を走る列車の車内に、車掌による明るい肉声アナウンスが響く。
『これから先、止まります駅のご案内をいたします。
次は、
終点の神都平には、15時24分の到着を予定しております。
それでは、遺跡と神秘の街、神都平までの旅をごゆっくりとお楽しみください』
列車は翡翠市街を抜け、高架線から地上区間へ降りていく。
都市の喧騒は徐々に遠ざかり、代わりに岩肌と森林が窓の外を占め始める。
線路脇には、防護柵と魔物避け用の結界杭が一定間隔で並んでいた。
正面に山壁が少しずつ近づいてきたタイミングで、最初の停車駅のアナウンスが入る。
『まもなく、杉菜、杉菜です。お出口は、進行方向右側です』
大きく右カーブを描きながら、列車は小さな木造駅に入線した。
窓越しに、満天の星空を写した巨大な広告幕が観光客の目に入る。
数名が降り、数名が乗る。
地元の学生らしき少年が慣れた様子で最後尾へ飛び乗り、列車は再び発車する。
◇
杉菜駅を出ると、勾配が一気に厳しくなる。
車体は、山壁に寄り添うように、ゆっくりと山を這い始めた。
速度計が示しているのは、時速で四十キロ前後。
平坦線区なら鈍足だと馬鹿にされる速度だが、この路線では十分早いほうだ。
列車右側の窓外では、深い森林が続いていた。
生い茂る枝葉の隙間から時折、もうずいぶんと離れた
反対側に目を向けると、左に大きくカーブを描いて壁面に突っ込むように伸びる線路が見える。
この列車が、この先に踏みしめる鉄の路だ。
やがて、列車は大きく左カーブを描きながら空洞壁面を正面に捉える。
『まもなく、風折、風折です。お出口は左側です』
そんなアナウンスと同時に、列車はトンネルに飛び込む。
車内が僅かに暗くなり、まるで焦らすかのように列車は速度を落とす。
ガタン、ガタン。
列車の足音が、暗いトンネルに響く。
続く暗闇。駅はまだ現れない。
だが、心配することはない。
暗闇はすぐに終わりを迎える。
そして―――
抜けた。
視界が、一気に開ける。
「おぉ……」
誰かが小さく感嘆の声を漏らした。
彼らの視線の先には、空があった。
空だ。
どこまでも続く、青く澄み切った蒼穹。
彩るように流れる雲海。
遥か眼下へ広がる樹海。
遠方に連なる雄大な山々。
そしてその谷間を縫うように走る、幾筋もの白い滝。
四半世紀に渡って攻略者らを日の光から遠ざけた、超巨大空洞 《樹海空洞》。
その蓋を抜けた先に広がる、山岳エリア。
神都平線は、その山腹を縫うように敷設されている。
列車は風折駅に入線し、窓越しに雄大な景色を望む。
車内の至る所でシャッター音が鳴る。
外国人観光客が歓声を上げる。
窓際の子供が、額をガラスへ押し付けながら叫んだ。
「うわぁぁっ! 空だ!」
そんな賑やかな車内に、車掌が少しだけ笑いを含んだ声で放送を入れる。
『右手側、進行方向右側をご覧ください。
ただいま、樹海空洞外縁部に位置します風折駅に停車中です。
風折駅を含む本区間は、神都平線でも特に眺望の良い区間として知られており、日本で最も美しい車窓とも言われています』
数分の停車を経て、列車は本格的な登坂を開始する。
『ご案内いたします。只今、当列車は世界でも有数の規模を誇る巨大ループ線を走行しております』
車掌の放送が流れる中、列車は山肌へ貼り付くように築かれた高架橋へ進入する。
ギギギギギ――――。
橋梁特有の低い振動音が床下から響き、車内が微かに揺れた。
窓の外では、鋼鉄製の巨大橋梁が大きく弧を描いている。
その下に広がるのは、吸い込まれそうなほど深い谷だ。
遥か眼下。先ほどまで停車していた風折駅が、まるで模型のような小ささで見えていた。
さらにその向こうでは、翡翠市街が白く霞んでいる。
「……高っ」
ボックス席の若い女性が思わず呟く。
隣に座る登山装備姿の男性が、苦笑交じりに答えた。
「まだ半分も過ぎてませんよ」
「えっ」
「この路線、本番はここからです」
その時だった。
列車が大きく左へ旋回する。
すると、観光客の一人が小さく息を呑んだ。
「……うそ」
窓のさらに上。遥か頭上を、別の線路が横切っていた。
今、自分たちが走っている線路より、さらに高い位置だ。
鋼鉄製の高架橋が、空へ向かうように山肌へ巻き付いている。
『右手側をご覧ください』
車掌の落ち着いた声が続く。
『現在走行しております第一風折ループ線の上部には、第二風折ループ線と天蓋橋ループ線が連続してございます。
神都平線では、この山岳地帯を登坂するため、三層構造の連続ループ線を採用しております』
車内のあちこちで感嘆の声が上がる。
列車はゆっくりとカーブを描きながら半周。
そのまま、岩盤へ穿たれたトンネルへ吸い込まれていく。
一瞬だけ、車内が暗転した。
ガタン、ガタン。
車輪の音だけが、狭い岩盤内へ反響する。
だが、暗闇は長く続かない。
次の瞬間。
再び、光が弾けた。
「うわっ……!」
誰かが声を漏らす。
先ほどよりも、さらに高い。
雲が近い。
いや、近いどころではない。
薄く流れる雲の帯が、車体のすぐ横を掠めていた。
谷底を流れる河川は、もはや白い糸のように細い。
風折駅など、もうほとんど見えなかった。
列車は低く唸るモーター音を響かせながら、なおも山を登っていく。
速度は決して速くない。
だが、誰一人としてその遅さを気にする者はいなかった。
むしろ、この速度だからこそ良かった。窓という窓へ人が集まり、誰もが景色へ見入っている。
やがて前方に、巨大な鉄橋が姿を現した。それは、断崖同士を無理矢理繋いだような巨大構造物だった。
その全長は、果てが霞むほど長い。
列車が橋へ進入した瞬間、横風が車体を叩いた。
ゴォォォォ――――。
風が唸る。
吊革が揺れ、窓ガラスが微かに震えた。
『只今、列車は天蓋橋を通過しております。
本橋梁は、神都平線建設時に最難関工区と呼ばれた区間です』
車掌の放送が流れる中、窓際の子供が突然声を上げた。
「見て! あれ!」
彼が指差す先。
巨大な山脈の頂付近に、白い建造物群が浮かんでいた。
陽光を反射する、まるで空の上へ築かれているかのように見える古代都市。
神都平だ。
車内が静まり返る。
誰もが、窓の外へ視線を奪われていた。
外国人観光客の一人が、小さく呟く。
「……Oh my gosh」
列車は、なおも高度を上げていく。
空へと向かって。
急勾配途中に設けられた小さな停車場へと滑り込んだ。
『まもなく、見晴、見晴です。お出口は変わりまして右側です。
この駅から先、スイッチバック区間へと進入いたします。
なお当駅では、設備点検のため三分ほど停車いたします。ご了承ください』
やがて列車は、崖際に設けられた短いホームへ停車した。
ホームの先に線路は存在しない。
あるのは、車止めだけだ。
ガコンッ。
扉が開き、車内に山特有の冷たい空気が流れ込む。
多くの乗客は、壮大な景色を写真に収めようと車外に出る。
しばらくして、列車の先頭にあたる車掌室から顔を出した車掌が、ホーム上の乗客に声をかける。
「列車まもなく発車します!ご乗車ください!」
ドアが閉まり、定刻通りに発車用意が整う。
『こちらS1062列車、車掌から運転士へ。推進運転の用意完了しました、いつでも発車できます。どうぞ』
「了解。じゃあ、定刻通り発車しようか」
『はい。では第一閉塞、進行です』
「第一閉塞進行、了解。ドア閉め良し、進行良し、発車」
列車は、後ろ向きに走り出す。
「おぉ……!」
観光客たちから歓声が漏れる。
百メートルほど後退。
そして、停止。
再び前進。
さらに停止。
また後退。
その繰り返し。
山肌へ刻み込まれた折返し線を、列車はジグザグに登っていく。
世界唯一の七連スイッチバック。
神都平線最大の名所であり、先代の日本人がこの山へ鉄道を通すために積み重ねた執念そのものだった。
窓の外では、先ほどまで頭上に見えていた線路が、今や眼下へ沈んでいる。
この路線に乗っていると、高度感覚が狂う。
高所恐怖症も、高所過ぎて克服できるのではないだろうか。
やがて、最後の折返し区間へ進入したその時。
霧の中に、周囲を山々と緑に囲まれた、こじんまりとした木造駅舎が現れた。
『まもなく、霧ヶ峰。霧ヶ峰です。お出口は進行方向右側です。
神都平への登山道をご利用のお客様は、当駅でお降りください』
後進しながらの入線。
ここは、列車の先頭に居る車掌が扉の開閉をする珍しい駅だ。
列車は停車し、扉が開く。
停車時間は三十秒もない。
数人の登山客が列車を降り、すぐにドアが閉まる。
またしても、列車はゆっくりと最後のスイッチバック区間を走り出す。
走ること数分。
雲が切れた。
眩い陽光が、車内へ差し込む。
そして、ついに。
空の上へ浮かぶように広がる、白亜の古代都市群が、その全貌を現した。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
ただ、車窓の向こうに存在するその光景だけを見つめていた。
空へ最も近い古代都市。
―――神都平。
到着である。
『お疲れさまでした。まもなく、終点の遺跡と神秘の街。
神都平、神都平に到着です。お出口は進行方向右側です。
車内にお忘れ物、落し物ございませんようご注意ください。
本日は
神都平での素晴らしいひと時を、どうぞお楽しみください』
◇◆◇
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JNDR~現代ダンジョン鉄道の日常~ 華厳秋 @nanashi634
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