二胡の壺

qmmkruz

第1話

<序章>


それは古いものとわかる壺だった。

古いが欠けもヒビも無く、そこに描かれた二胡を弾く艶やかな女官の姿も鮮やかだ。

女官の奏でるは天上の調べ。

才の足る者は、それを焼(く)べて。

さて、才の足らぬ者は、何を焼べようか。



<本章>


あの壺は誰かが持ってきたものだ。誰だったかは憶えていない。

いつかには在り、いつかには影も無く。

誰かが持ち帰っていった気もする。誰だったかは憶えていない。


私の名は遠藤、楽曲制作を生業としている。

いわゆるシンガソングライター、今では死語なのかもしれないが。

当時は「売れない」の枕詞が付いていた。今も、だが。


いつの頃からか、あの壺から小さな音が聴こえる様になった。

聴き取れぬほどに小さな音、壺の口を耳に当てれば、それはメロディとなった。

そのメロディから起こした曲は、それまでの成果など歯牙にもかけぬほどの成功を収めた。


そうして聴こえるがままに幾曲かを発表していった。

そもそも壺がメロディなど奏でるわけがない。その程度の分別くらいは、まだ持ち合わせていた。

おそらくは、ルーティーンの様な精神的な行為の一種なのだろうと割り切って続けていったある日、壺からメロディが聴こえなくなっていた。


以後、発表した曲はことごとく評価されずに埋もれていった。

私の心は急速に音楽から離れていった。

幼い頃から珠玉の様に想ってきた幾千の楽曲達にすら、傾ける心を喪ってしまう程に。


そうしていつの間にか、あの壺も見なくなった。


あの壺は誰かが持ってきたものだ。誰だったかは憶えていない。

いつかには在り、いつかには影も無く。

誰かが持ち帰っていった気もする。誰だったかは憶えていない。



<終章>


都内某区にある目立たない雑居ビルの5階。

ありきたりな事務所の、ありきたりな応接セットに私は座っている。


ここの主も特徴の薄い顔と体格。

ちょっとした人混みなら数歩離れれば見失ってしまうのではないか。


私がコトの経緯を話し終えると、10秒ほどの沈黙。

そして彼は語り始めた。


ねぇ、遠藤さん。


それはね「二胡の壺」って呪物です。


本当の名前はわからない。壺かどうかもわからない。

便宜上そう呼ばれてるってコトです。


ちょっと変わったモノでしてね、天上の調べってヤツでしょうか、そういった楽曲を生むんです。

天上のものを生むんですから、その身代わりといいますか、そう、捧げ物が要り用になるんです。


才能のあるヒトはね、その才能が捧げ物になるんです。

で、ちょっと言いづらいのですが、才能の無い…不足しているヒトの場合はですね、そのヒトの心の中にある楽曲への想いを捧げ物にしてしまうんです。


つまりこれは、ひとりの想いを犠牲にして楽曲を生み、それを聴いた大勢から次の宿り先候補を生み出して、渡り歩いていくモノなんです。

なぜそんなコトをとお思いでしょうが、そういう呪物なのだとしか私達にも言えないんですよ。


ねぇ、遠藤さん。


遠藤さんは今、昔から好きで好きで聴き続けた楽曲への想いを喪失した状態なのではないでしょうか。

でもね、大丈夫ですよ。

ヒトの音楽に対する情熱ってのは強靭でして。また熾るんですよ、熾火の様にね。

だからね…、いえ、だからこれはお仕舞、大丈夫なんですよ。


(だからね、壺はまた訪れるんですよ。そして遠藤さんは受け入れるんです、必ず)


ええ、そういうことなんです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二胡の壺 qmmkruz @qmmkruz

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ