第4話 バルト海の酔いどれ伝説と「黄金の罠」


「おお、おおお……! ついに拝めるんやな、ワイの人生をバラ色に変える黄金の輝きを!」


 Uボートのハッチから溢れ出す、眩いばかりの黄金光。

 道頓堀こけるは、タコ型潜水服『ゲルマン・タコ1号』のモニター越しに、その光り輝く「ブツ」を凝視した。


 現れたのは、美しく装飾された木箱。その中には、琥珀色の液体が詰まった古めかしい瓶が整然と並んでいた。


「これか……これが伝説の『不老不死の黄金ビール』! これさえあれば、ワイは永遠の若さを手に入れ、世界中のお姉さんと……グフ、グフフフ!」


『こけるよ、鼻の下を伸ばすのはそこまでにするのじゃ!』


 地上のトレーラーから、由利凛の冷徹な声が響く。


 『そのビールは、当時の科学と錬金術の粋を集めた「霊的濃縮発酵体」。不用意に開ければ、周囲の霊的バランスが崩壊するのじゃ!』


「そんなん言われても、もう手元に……あっ」


 タコ足の吸盤が、あまりの興奮に「ギュポン!」と過剰反応した。その拍子に、一本の瓶の栓が、ポーン!*と、シャンパンさながらの勢いで吹き飛んだ。


 シュワァァァァッ!!


 瞬間に、Uボート周辺の海水が黄金色の泡で埋め尽くされた。

 ただの泡ではない。それは凝縮された「ビールの霊気」


「……はぁ。……ええ匂いや。……なんや、体がふわふわしてきたで……」


 潜水服の換気ダクトを通じて、その霊気がこけるの鼻腔を直撃した。


『あっ、アカンのじゃ! こけるが「霊的泥酔状態」に陥ったのじゃ!』


 由利凛が叫ぶが、もう遅い。

 モニターの中のこけるは、タコの足をクネクネとさせながら、Uボートの船体に向かってスリスリと抱きつき始めた。


「お、お姉さ~ん……。ええ鉄の肌しとるなぁ。ワイと……バルト海の底でワルツでも踊らへん?……ヒック!」


「……アイツ、潜水艦ナンパし始めよったで」


 海里が、これ以上ないほど冷え切った声で呟いた。

 しかし、異変は水中だけではなかった。


「……クンクン。……なんだ、この芳醇な香りは。……麦の、魂の叫びが聞こえる……」


 トレーラー内で、嵐が突然立ち上がった。その目は、獲物を狙う刑事の目ではなく、「飲み屋を探すサラリーマン」のそれであった。


「嵐くん? どうしたのぉ? 急に顔が真っ赤だよぉ❤️」


「蝶子……。俺は今、法と正義……そしてビールのために、ドイツ連邦を制圧する決意を固めた!」


「ちょっと、兄さん!? 何を……あ。……あは、あははは! 法律? 憲法? そんなのバウムクーヘンの層に比べれば薄っぺらなものよねぇ!」


 英里香までもが、空のジョッキを振り回して踊り始めた。


 由利凛の発明した「超伝導換気システム」が、海底のビール霊気をダイレクトにトレーラー内に吸引してしまったのだ。


「……全滅や。この天災科学者、味方までバイオテロにかけよったわ」


 唯一、酒に強い海里だけが正気を保っていたが、周囲はすでに「地獄のビアガーデン」と化していた。


 その時、海底のUボートが不気味に震え始めた。

 黄金ビールの霊気に当てられたのは、人間だけではなかった。


『WUNDERBAR...!!(素晴らしい……!!)』


 先ほどたこ焼きで成仏しかけていた艦長の幽霊が、ビールの霊気を吸収し、三倍近い大きさに膨れ上がったのだ!

 その体は黄金に輝き、手にした軍刀は巨大な「栓抜き」のような形状に変化している。


『我がドイツのビールは世界一ィィィィ ! 全員、泥酔して沈めぇぇい!』


 黄金艦長が、巨大な栓抜きを振り下ろす。衝撃波が海底を割り、こけるのタコ型スーツを襲う。


「ぎゃああああ! お姉さんが怒ったぁぁぁ! 誰か、ウコン! ウコン持ってきてぇぇ!!」


 酔っ払ったこけるは、タコ足を絡ませて必死に逃げ回る。


「……しゃーない。アホを叩き起こすのは、いつだってウチの役目や」


 海里が、トレーラーのコンソールから由利凛の頭をどかし、マイクを掴んだ。


「ええか、由利凛! システム『道頓堀・二日酔いモード』起動や! あんたの隠し機能、ここで使わな、あんたに『スウェーデンの発酵ニシン缶詰シュールストレミング世界一臭い缶詰め』を食わせるからな !」


『ヒ、ヒィィッ! 了解なのじゃ! 最終兵器「ウコン・パルス」、照射ぁぁ!!』



 ギュォォォォォン!!


 タコ型スーツのハチマキ部分から、真っ黄色な光線が放たれた。


 それは由利凛が「こけるの二日酔い対策」のために開発していた、霊的アルコール分解光線である。


「……はっ!? ワイ、何を……。げぇっ、潜水艦とディープキスしとった!?」


 正気に戻ったこけるが、戦慄と共に飛びのいた。


「こける! 調子乗るな! その黄金の艦長、中身はただの『酔っ払いの未練』や! 浪速の板前の意地で、最高の『おつまみ』として捌ききったらんかい!」


「……海里! よっしゃ、任せとけ!」


 こけるは、タコ足の先端から数枚の霊符を、手際よく「包丁」の形に成形した。


「艦長さん……。ええ酒には、ええ肴が必要や。……あんたのその執念、ワイが綺麗に『面取り』したるわ!」


 黄金の艦長と、赤い多脚タコ(陰陽師)。


 バルト海の底で、歴史とアルコールが激突する最終決戦が始まった!



── 最終話へ続く ──

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