最終話 バウムクーヘンと「愛」の重量


「『不老不死』やのうて『一生二日酔い』の呪いか! 洒落にならんわ、この黄金ビール!」


 バルト海の海底。黄金に輝く巨大艦長が振り下ろす「巨大栓抜き」を、道頓堀こけるはタコ型潜水服の足をフル活用して、間一髪で回避し続けていた。


『Das ist Ordnung!(これぞ規律!)宴こそが新たな軍務! 貴様も黄金の泡の中に沈め!』


「アホ言え! ワイは死んでも、美女の膝枕の上で『アモーレ』って言いながら成仏するんや! むさ苦しいおっさんの泡に巻かれるんは御免やで!」


 地上では、ビールの霊気で泥酔した嵐が「日本の警察は、今日から全員オクトーバーフェストに参加する!」と叫び、英里香が「六法全書の第1条を『ビールは喉越し』に変更します!」と高らかに宣言している。


「……はぁ。もう勝手にしぃ」


 海里は、カオスと化したトレーラー内で、一人冷徹にモニターを見つめていた。その手には、由利凛から奪い取った「非常用・霊的過負荷解除スイッチ」が握られている。


「由利凛、準備はええな。……こける! 今から由利凛の『天災』を、あんたの『陰陽術』で強引に『正解』に変えたるわ! 合わせぇ!」


『ひ、ひぃぃ! 最終奥義「全自動・強制締め上げシステム」起動なのじゃ!』


 ギュゴォォォォン!!


 タコ型スーツの8本の足が、突如として赤く発熱した。


「熱い熱い! ちょ、何すんねん海里! ワイ、茹でタコになってまう!」


「黙って踊りぃ! その熱はな、由利凛が余らせたロケット燃料の廃熱や! あんたの霊力をその熱に乗せて、バルト海の冷たい水ごと『熱燗』に変えたらんかい!」


 こけるは閃いた。


 海里の無茶振りにこそ、勝利の鍵がある。


「よっしゃ……! 煮るなり焼くなり好きにしい! 陰陽奥義……『浪速式・霊魂の三枚おろし』!!」


 こけるがタコ足を激しく回転させると、周囲の海水が巨大な「渦」となり、黄金ビールの霊気を巻き込んでいく。冷たい海底に、不自然なほどの「熱気」が生まれた。


「艦長さん! ええ酒には、温かい心遣いが必要や! あんたの冷え切った規律、この浪速の熱気で溶かしたるわ!」


 黄金の光線と、赤いタコ足の熱波が激突する。

 次の瞬間、バルト海の底で、巨大な「蒸気爆発」が起きた。


 ……静寂が戻った。


 Uボートのハッチの前に、元のサイズに戻った艦長が立っていた。


 黄金の輝きは消え、その表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。


『……温かいな。……そうか。我々が欲しかったのは、黄金でもビールでもなく……故郷の暖炉のような「温もり」だったのかもしれない』


 艦長が、こけるに向かって静かに敬礼する。

 周囲を彷徨っていた乗組員たちの亡霊も、満足げに光の粒子となって消えていった。


「……さらばや、艦長さん。次生まれてくる時は、大阪の立ち飲み屋で会おうな」


 黄金ビールは、ただの「古い麦酒」に戻り、Uボートは静かに眠りについた。

 こけるは、空になったビール瓶(由利凛のコレクション用)をタコ足で抱え、力尽きた。




 【最終グルメパート:シュヴァインスハクセとバウムクーヘン】


 その夜。ハンブルグの老舗ビアホール。

 正気に戻り、激しい二日酔いに襲われた嵐と英里香を横目に、こけると海里は豪華なテーブルを囲んでいた。


「はぁ……。生き返るわ……」


 こけるがフォークを入れるのは、ドイツ名物『シュヴァインスハクセ』。


 カリカリに焼かれた豚の皮を突き破ると、中から肉汁が滴る柔らかな肉が現れる。


「うわっ、この外側のクリスピーな食感と、中のジューシーさ! ザワークラウトの酸味がまた、脂っぽさを綺麗に流してくれる。……黄金ビールはなかったけど、この一皿こそが、マイスターの作った『黄金』やな」


「あらぁ❤️ 嵐くん、このお肉、噛み応えがあってワイルドぉ❤️ 嵐くんのハムみたいな脚とは大違いだねぇ❤️」


「……蝶子、それ褒めてるのか?」


 由利凛は、大量のバウムクーヘンを前にして、ドローンに給油しながら言った。


『ふふふ、今回のデータで、次は火星まで|ソーセージ《ロケット♪を飛ばせる目処が立ったのじゃ!』


「「「二度と御免(や)だ(よ)!」」」


 こけると嵐、英里香の声が綺麗にハモった。

 宴が終わり、星空の下。

 海里が、小さな桐の箱をこけるに差し出した。


「……はい、これ。お土産」


「ん? なんや、また『こけし』とか『だるま』ちゃうやろな」


 恐る恐る開けると、中には一切れの、美しく層が重なったバウムクーヘンが入っていた。


「……バウムクーヘン? なんでまた、こんな普通のやつを」


 海里は、バルト海の夜風に髪をなびかせながら、プイッと顔を背けた。


「……あんたみたいやな、と思って」


「は? ワイがこんな、年輪みたいに地味か?」


「……アホ。バウムクーヘンはな、何層も何層も、時間をかけて丁寧に焼き重ねていくもんや。……あんたのその、普段は隠してる『無駄な努力』とか、ウチへの『一途なところ』とか……そういうのが積み重なって、今のあんたがあるんやろ」


「……海里」


「……まぁ、たまに焦げたり、形が歪んだりするけどな。……味は、甘いし。……一生かけて、ウチが全部食べて(管理して)やるわ」


「……ッ!」


 こけるは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔でフリーズした。

 意味を理解した瞬間、彼の顔はドイツの国旗の「赤」よりも真っ赤になった。


「か、海里ィィ! それってつまり、ワイと海里は……このバウムクーヘンのように、永遠に重なり続けるってことか!? U(You)& I(愛/海里)!!」


 感極まったこけるが、抱きつこうとしたその瞬間。


「調子乗んなアホぉぉぉ!!」


 海里が、持っていた観光雑誌(ハードカバー)でこけるの脳天を叩き伏せた。


「……さて、このバウムクーヘン代、それから由利凛への『ロケット清掃費用』。全部あんたの『ヘソクリ・I』の残高から引いといたからな。……帰りの便は、エコノミーやで」


「えええええ!? 結局、ワイの財布は空っぽかぁぁぁ!!」


 ハンブルグの港に、こけるの悲鳴と、海里の凛とした笑い声が響き渡る。


 黄金の夢は散ったが、二人の「年輪」は、また一つ分厚く重なったのであった。




 ── ドイツ・バルト海編・完 ──

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