第2話 ハンブルグ脱出、カリーヴルストの罠


「WAS IST DAS!? Hände hoch!(これは何だ!? 手を上げろ!)」


 ハンブルグの「ミニチュアワンダーランド」。精巧な1/87スケールのドイツの街並みを粉砕してそびえ立つ、巨大な焦げ茶色のソーセージ(ロケット)。

そのハッチから這い出した面々は、1/1スケールの屈強なドイツ人警備員たちに包囲されていた。


「あ、嵐! 警察手帳や! キャリアの威光でなんとかしてくれ!」


 道頓堀こけるが、ガムテープの跡がベタつく背中を丸めて叫ぶ。


「分かってる! ……コホン! 警視庁捜査一課、大江戸嵐だ! 貴国との技術交流……の、一環で不時着した! 決して不審者ではない!」


 嵐が、レダーホーゼン(半ズボン)のポチッとした前ポケットから、泥にまみれた警察手帳をカッと掲げた。


 そこへ、屋根の上で優雅に「プレッツェル」をかじっていた由利凛が、ニヤリと笑ってドローンを操作していた。


「嵐兄ちゃん、心配無用じゃ。わらわ特製の『全自動ゲルマン翻訳機・mark Ⅳマーク フォー』を起動したのじゃ!

嵐兄ちゃんの言葉は完璧なドイツ語として相手の脳裏に刻まれるのじゃ!」


「おお、助かる! さあ、通訳してくれ!」


嵐が再び、力強く宣言した。


「私は日本の誇り高き刑事である!」


 すると、嵐の胸ポケットに仕込まれたスピーカーから、ドイツ語らしき爆音が響いた。

 『Ich bin ein köstlicher Schinken aus Osaka!(私は大阪産の美味しいハムです!)』


「…………はっ?」


 ドイツ人警備員たちが、一斉に首を傾げた。一人の警備員が、嵐のパツパツの太ももを凝視し、「……ハム?」と呟く。


「ちょっと由利凛! 何て訳したのよ!」


 英里香がディアンドルのスカートを翻して抗議するが、由利凛は「翻訳アルゴリズムの揺らぎじゃ」と鼻を鳴らす。


「次は私よ! 弁護士として、国際法に基づいた不可抗力による不時着であることを立証します!」


 英里香がジョッキを構えて(持たされているだけだが)叫んだ。


 翻訳機:『Bier! Noch ein Bier! Ein riesiges Bier für die verratene Frau!(ビール! ビールおかわり! 裏切られた女に巨大なビールを!)』


 警備員の一人が、深く頷いて英里香に同情の視線を向けた。


「……ソー(なるほど)。彼女は失恋して自暴自棄になり、巨大なソーセージに乗ってビールを飲みに来たのか。可哀想に」


「違うわよぉぉぉ!!」


 英里香の絶叫が館内に響き渡る。


「……アホか。言葉で解決しよう思うんが間違いや」


 海里が、カバンの中から一束の「霊符」を取り出した。


「こける、ぼーっとすな! 『隠形おんぎょう』の術や! この巨大ソーセージごと、一瞬で消えるで!」


「お、おう! さすが海里、話が早い! ……急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 こけると海里が同時に印を結んだ瞬間、ロケットの周囲に猛烈な「出汁の香り」を伴う煙が立ち込めた。警備員たちが「うわっ、カツオ節の匂いがする!?」と目を擦っている隙に、一同は館外へと脱出した。


「はぁ、はぁ……。なんやねん、ドイツの初上陸が『ハムです』って……。ワイのキャリアどころか、人間としての尊厳がバルト海に沈む前に霧散したわ」


 ハンブルグの運河沿い。レンガ造りの美しい倉庫街シュパイヒャーシュタットを走り抜け、一行は小さな屋台インビスの影に身を潜めた。


「嵐くん、大丈夫だよぉ❤️ 私はハムな嵐くんも大好きだよぉ❤️」


 蝶子が嵐の腕にすり寄る。


「蝶子……。お前だけが癒やしだ。……って、それより腹が減ったな。マッハ5の衝撃で、胃袋が空っぽだぜ」


 その時、どこからか、スパイシーで食欲を暴力的に刺激する香りが漂ってきた。


「……この匂い。ケチャップの甘みと、カレー粉の刺激……。間違いない、ドイツのソウルフードや!」


 こけるの「食いしん坊センサー」がビンビンに反応する。

 目の前の屋台には、こんがりと焼かれたソーセージを一口大に切り、たっぷりのケチャップとカレー粉を振りかけた『カリーヴルスト』が並んでいた。


「うわぁ……。美味そうやんけ。海里、これくらいならワイのポケットの650円(日本円)でも……」


「アホ。ここはユーロや。……ほな、これ使い」


 海里が、こけるの懐から「スッ」と抜き取ったのは、出発前にこけるがグラビア写真集の中に隠したはずの『ヘソクリ・I(インシビブル)』の封筒だった。


「なっ!? なんでそれを! ブックオフに売る本に挟んであったはずやろ!」


「売る前に検品すんのは、浪速の商売人の基本や。……これ、全部ユーロに両替しといたからな。感謝しぃや」


「ワイの『黄金ビールデート資金』があぁぁ!!」


 絶望するこけるを無視し、海里はカリーヴルストを人数分注文した。



 【グルメパート:ハンブルグのカリーヴルスト】


「……いただきます」


 こけるが、震える手でフォークを刺す。

 パリッとした皮を噛み破ると、中から肉汁が溢れ出し、濃厚なケチャップの酸味と、後から追いかけてくるカレー粉のパンチが口の中でダンスを踊る。


「う、美味い……! なにこれ、単純な組み合わせやのに、計算され尽くしとる。ソーセージの塩気と、ケチャップの甘みが、カレー粉っていう橋渡し役で完璧に調和しとるんや! 猪名川の蕎麦も良かったけど、このジャンクな力強さ……今のワイの荒んだ魂に染み渡るわぁ!」



「あらぁ❤️ 本当に美味しいねぇ❤️ 嵐くん、お口の周りにケチャップついてるよぉ❤️ ペロリ❤️」


「蝶子……! お前ってやつは……!」


「……二人とも、公衆の面前で不適切な行為はやめて。……でも確かに、このスパイスは脳の活性化にいいわね。訴状を書くスピードが上がりそうだわ」


 英里香が、ジョッキに入った由利凛がどこからか調達してきたノンアルコールビールをグイッと煽る。


『ふふふ、満足したようじゃな。だが、本当の「黄金」はこんなもんではないぞ』


 屋台の屋根から、由利凛がニヤリと見下ろす。


「由利凛、お前なぁ! この後の計画、ちゃんと考えてるんやろうな!?」


「もちろんなのじゃ! 次はバルト海の港、キールへ向かう。そこには、妾が用意した特製深海探査艇が待っておる! 名付けて、『ゲルマン・タコ1号』じゃ!」


「……タコ?」


 こけるの背筋に、嫌な予感が走った。


 数時間後。バルト海に面した軍港・キール。

 夜の霧が立ち込める岸壁に、それは鎮座していた。


「……おい、由利凛。ワイの目は節穴かもしれんけど」


 こけるが、ライトを浴びて光る「物体」を指差す。


「これ、どう見ても『巨大なタコの形をした潜水服』に、プロペラと拡声器をくっつけただけに見えるんやけど」


 それは、メタリックな赤色に塗装された、巨大なタコ型のスーツだった。8本の足はそれぞれ独立して動き、頭頂部にはなぜか「ハチマキ」のような電飾が巻かれている。


「失敬な! これぞ深海のプレッシャーと霊圧に耐えうる、最強の『多脚型・霊的吸着潜水服』なのじゃ! 足の吸盤一つ一つが、幽霊の未練を吸い取って電力に変えるエコシステムなのじゃぞ!」


「吸盤で幽霊を吸い取る!? お前、それ除霊やなくて虐待やろ!」


「四の五の言わずに着るのじゃ! Uボートの『黄金ビール』は、もうすぐそこまで来ているのじゃからな!」


 黒服のマッチョたち大江戸グループの秘密工作員が現れ、こけるを羽交い締めにし、無理やり「タコ」の内部へと押し込む。


「痛い! 狭い! ちょ、待て! 足が一本余ってる! これ、ワイのどこに入れろ言うねん!」


「それはスペアじゃ! 気にするな!」


 ガチャン! プシューッ!


 タコの頭部がロックされ、こけるの視界が赤いモニター越しになった。


「……さて、海里ちゃん、英里香ちゃん、嵐兄ちゃん。お主たちは妾の指揮車大型トレーラーからサポートするのじゃ。……こける! 出撃じゃ!」


「嫌やぁぁぁ! ワイはもっとスマートに、ジェームズ・ボンドみたいに潜入したかったんやぁぁぁ!」


 拡声器から、こけるの悲鳴がバルト海の港に響き渡る。


 同時に、タコの足から強力なジェット噴射が放たれ、こけるは「ギュポン! ギュポン!」という情けない吸盤音を響かせながら、暗い海の中へと消えていった。


「……海里さん、本当にいいの? あれ」


 英里香が、遠ざかる赤いタコを見て不安げに尋ねる。

 海里は、カリーヴルストの残りのポテトを口に放り込むと、ニヤリと笑った。


「ええねん、ええねん。あのアホには、それくらい『吸い付くような』試練が必要やからな」


 その背後には、不動明王も裸足で逃げ出すほどの、黄金色に輝く執念が燃え上がっていた。



 ── 第3話へ続く ──

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