第3話「景色」

区役所には、思ったより外国人が多かった。


平日の午前中だった。


佐伯はマイナンバー関連の手続きで半休を取り、自宅近くの区役所へ来ていた。


待合スペースには柔らかい空調の音が流れている。 番号表示の電子音。 消毒液の匂い。


そこで呼ばれる名前のいくつかが、日本語ではなかった。


若い母親。 作業服姿の男。 ベビーカーを押した夫婦。


窓口では職員が、少しゆっくりした日本語で説明している。


佐伯はその光景を見ながら、ニュースの映像を思い出していた。


外国人労働者が増えている。 人手不足。 技能実習。


何度も聞いた話だった。


しかし、自分の生活の中では、そこまで急激に増えた感じはしなかった。


毎日同じ駅を通り、同じスーパーへ行き、同じ会社へ向かう。


その範囲の中では、日本社会は昔とそこまで変わっていないようにも見える。


だが、区役所では確実に変わっていた。


佐伯は、そのズレが気になった。


帰り道、コンビニへ寄る。


レジにいたのは外国人の青年だった。


名札にカタカナで名前が書かれている。


丁寧な日本語だった。


しかし、疲れているのが分かった。


深夜勤務なのだろう。


佐伯はレシートを受け取りながら、この店も、この街も、こういう人たちによって支えられているのだと思った。


自分が眠っている時間。 自分が電車に乗っている時間。


誰かが補充し、掃除し、配送し、働いている。


しかし、そういう人たちは生活の中心には現れない。


社会の裏側で、静かに支えている。


会社でも似ていた。


営業だけが目立つ。 成果だけが評価される。


しかし実際には、地味な事務処理や調整や確認をしている人間がいなければ、何も動かない。


佐伯自身も、そういう側の人間だった。


数字を整え、会議資料を作り、問題が起きないようにする。


評価されにくい仕事だった。


だが、それでも誰かがやらなければならない。


駅前では、多言語表記が増えていた。


英語。 中国語。 韓国語。


それなのに、町内会の掲示板は昔のままだ。


回覧板。 祭りのお知らせ。 防災訓練。


日本語だけの、小さな共同体。


そのアンバランスさが、今の日本社会らしい気がした。


変わっている。


でも、変わっていないふりをしている。


完全には受け入れていない。


しかし、もう戻れもしない。


夕方、住宅街を歩いていると、アパートの窓から外国語らしい笑い声が聞こえた。


カーテン越しに光が揺れている。


その部屋にも生活がある。


当たり前のことなのに、佐伯はそれを少し遠いものとして見ていたことに気づいた。


社会とは、結局、誰かの生活の集まりなのだ。


ニュースではなく。


制度でもなく。


こういう小さな部屋の灯り。


その積み重ねなのかもしれなかった。


佐伯はスマートフォンを開き、メモを書く。


「見えていない場所で働く人」


少し考えてから、もう一行加えた。


「社会は、見えていない人でできている」

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