第4話「ベンディング①」
夜の自動販売機は、少しだけ寂しい。
会社帰り、佐伯は川沿いの道を歩いていた。
昼間は子ども連れやジョギングをする人が多い遊歩道も、夜になると急に静かになる。
対岸のマンションの灯り。 遠くを走る電車の音。
その途中に、一台だけ自動販売機が立っていた。
白いLEDの光が、周囲の暗さを必要以上に照らしている。
佐伯は缶コーヒーを買った。
最近、自動販売機は減ると思っていた。
コンビニが増えたからだ。
コーヒーもある。 ATMもある。 トイレもある。
普通に考えれば、自販機は勝てない。
しかし実際には、街から完全には消えなかった。
むしろ、妙にしぶとく残っている。
住宅街。 工場跡地。 コインパーキング。 河川敷。
「ここに店を作るほどではない」という場所に、自販機は立っている。
佐伯はそれが、今の日本に似ている気がした。
大きく伸びるわけではない。
でも、完全には消えない。
静かに適応している。
会社でも、人が減っていた。
若い社員は転職する。
補充は追いつかない。
その代わり、システム化が増えた。
会議はオンラインになり、問い合わせはチャット対応になり、経費精算も自動化された。
しかし、その分だけ人が楽になった感じはしない。
むしろ、みんな余裕を失っている。
昼休み、佐伯は若い部下がスマートフォンゲームを無言で続けているのを見た。
その姿は、自販機に少し似ていると思った。
静かで。 反応だけがある。
必要なものだけをやり取りしている。
効率的だが、少し空虚だった。
缶コーヒーを開ける。
小さな炭酸音がした。
夜風がぬるい。
ふと見ると、自販機にキャッシュレス決済のマークが増えている。
交通系IC。 QRコード。 クレジットカード。
古いようでいて、ちゃんとアップデートされている。
日本社会には、こういうものが多い。
完全に新しくはならない。
しかし、少しずつ形を変えながら生き残る。
商店街。 銭湯。 中古書店。
全部、少しずつ縮みながら続いている。
佐伯は、自分もそうなのかもしれないと思った。
若い頃ほど大きな夢はない。
しかし、完全に壊れてもいない。
毎日会社へ行き、家へ帰り、子どもの話を聞き、時々こうして歩く。
それだけのことが、案外続いていく。
遠くで自転車が通り過ぎた。
自販機の光の中に、一瞬だけ人影が浮かぶ。
その感じが、妙に綺麗だった。
社会というのは、こういう小さな光の集合なのかもしれない。
派手ではない。
しかし、完全に消えない。
その持続だけで、なんとか夜を越えている。
佐伯はスマートフォンを取り出し、メモを書く。
「人が減った場所の光」
少し考え、最後にもう一行加えた。
「社会は、無人化しながら続いていく」
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