第26話 逆襲にならない裁判

 イロイ共和国の裁判所は、石造りの古い建物を改修したものだった。


 外見は重々しい。


 中身は意外と新しい。


 魔法記録装置、MPhone通信の証拠投影、勇者向けの翻訳補助、現地民の証言保護席。勇者たちが持ち込んだ制度と、この世界の慣習が妙な形で混ざっている。


 その法廷に、黎人とショウヘイが並んで座らされた。


 並んで、というのは正確ではない。


 正確には、少し離されて座らされた。


 近いと揉めるからである。


 黎人は監視付きで連れてこられ、手元にMPhoneはない。


 それだけで不満そうだった。


 ショウヘイは被害者席に座るつもりだったが、関係者席へ案内されて怒っていた。


「俺は襲われた側だぞ」


「はい。その点は審理されます」


「なら、なんで俺まで呼ばれる」


「あなたの投稿も本件の経緯に関わっています」


「正論を言っただけだ」


 裁判所職員は、感情を消した顔で書類を確認した。


 慣れている。


 共和国の裁判所には、勇者関係の面倒がよく持ち込まれる。言葉が通じるだけ、黎人よりショウヘイのほうが厄介な場面もあった。


 傍聴席には人が多かった。


 勇者同士の炎上裁判。


 MPhoneを使った襲撃指示。


 馬小屋の勇者と自称王。


 見世物としての価値だけは高かった。


 煇とセリアも傍聴席にいた。


 ユメの捜索は続いているが、この裁判も無視できない。黎人が本当に娘の件に無関係か、通信記録の確認も必要だった。


 セリアは法廷を見回し、疲れた声で言った。


「まさか、あの人の裁判をまた見守ることになるとは思わなかった」


「またというほど裁判はしていない」


「気持ちの問題よ」


 煇は否定しなかった。


 裁判官が入廷し、審理が始まった。


 まず、MPhone上でのやり取りが提示された。


 黎人の迷惑投稿。


 ショウヘイの攻撃的な返信。


 両者の罵倒。


 黎人の信者への指示。


 襲撃者たちの移動記録。


 証拠は揃っていた。


 裁判官は淡々と確認する。


「柴崎黎人。あなたは、ショウヘイ氏の滞在先へ向かうよう複数名に指示しましたか」


 翻訳補助を通して問いが伝えられる。


 黎人はよくわかっていない顔をした。


 だが、自分が責められていることはわかる。


 彼は首を振った。


 次に、証拠として彼の送信文が表示された。


 行ってわからせろ。


 謝らせろ。


 逆らうとどうなるかわからせろ。


 黎人は画面を見た。


 そして、不満そうに声を出した。


 意味としては、そういうつもりではなかった、と言いたいのだろう。


 だが、そういうつもりではなかった人間は、だいたい同じような文面を送らない。


 裁判官は眉ひとつ動かさなかった。


 次にショウヘイが呼ばれた。


「あなたは、黎人氏への攻撃的投稿を継続し、対立を激化させたことを認めますか」


「攻撃じゃない。批判だ」


「一部投稿には、侮辱的表現が含まれています」


「事実を言っただけだ。あいつが勇者を名乗るのがおかしいんだ」


 ショウヘイは黎人を指差した。


 黎人は指差されたことに反応した。


 顔を歪め、何か声を出す。


 ショウヘイはさらに言った。


「ほら見ろ。反省してない。こういう奴を野放しにするから、俺みたいな本物の勇者が迷惑するんだ」


 黎人が立ち上がろうとした。


 警備員が押さえる。


 黎人は不満そうに唸った。


 裁判官は木槌を持ち上げかけたが、少し考えて下ろした。


 止めても無駄だと判断したらしい。


 法廷内で、2人は言い争いを始めた。


 黎人の言葉はほとんど意味をなさない。


 ショウヘイは意味のある言葉で意味のないことを言う。


 どちらがましなのか、傍聴席の誰にも判断できなかった。


「俺はマーチ卒だぞ!」


 ショウヘイが叫ぶ。


 黎人は意味を理解していないが、馬鹿にされたことだけは感じ取り、怒った声を出した。


「学歴もない奴が勇者を名乗るな!」


 黎人はさらに怒る。


 翻訳補助は黎人の音をうまく変換できず、記録装置には「不明瞭な怒声」とだけ残った。


 裁判官はしばらく2人を見ていた。


 そして、低く言った。


「これは、争いというより事故ですね」


 書記官が筆を止めた。


 裁判官は続ける。


「ただし、事故であっても被害は出ています」


 襲撃に向かった現地民たちは、別件で処分される。


 黎人には、通信制限と監視強化が命じられた。MPhoneの使用は制限付き。投稿は監視役の確認後。外部との個別連絡は禁止。


 ショウヘイには、共和国通信規約への違反警告と、一定期間の公開投稿制限が課された。


 ただし、直接襲撃を受けた被害者でもあるため、早々に放免されることになった。


 ショウヘイは不満だった。


「なんで俺に制限がある! 被害者だぞ!」


 裁判官は静かに答えた。


「火種を投げ続けた者が、煙を吸ったからといって完全な被害者とは言えません」


 法廷が少し静かになった。


 ショウヘイは意味を理解したあと、さらに怒った。


 黎人は別の方向で怒っていた。


 彼はMPhoneを返せと訴えている。


 もちろん返されなかった。


 裁判が終わると、黎人は監視付きで旧セナンの集落へ戻されることになった。


 馬小屋。


 監視。


 通信制限。


 彼にとっては、世界が自分をいじめている証拠がまた増えただけだった。


 ショウヘイは裁判所の前で、アズーロ王国へ連絡を入れた。


「俺は不当に扱われた。勇者としての名誉を傷つけられた。女王に伝えろ」


 相手の役人は困った声で、確認します、とだけ答えた。


 実際には、ディアス女王がこの件に興味を持つ可能性は低い。


 見栄えが悪いからだ。


 煇とセリアは裁判所を出た。


「何だったの、あれ」


 セリアが言う。


「低いところで発生した争いを、制度が拾った結果だ」


「制度も大変ね」


「人間相手だからな」


 煇はMPhoneを確認した。


 ユメの捜索に関する新しい情報は、まだない。


 だが、別の通知が来ていた。


 旧セナンに召喚された勇者、村木光の配信が急速に拡散している。


 題名はこうだった。


 女神は本当に正しいのか。


 煇は足を止めた。


 セリアも画面を覗き込む。


「今度は何?」


「わからない」


 煇は配信を開いた。


 そこには、落ち着いた声で資料を並べる男が映っていた。


 村木光。


 もう1人の新勇者。


 画面の中の争いがようやく一区切りついた時、別の画面で、もっと大きな疑問が動き始めていた。

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