第27話 もう一人のヒカル

 村木光は、異世界に来ても配信者だった。


 剣を持たされても、まず画角を気にした。


 魔法を見せられても、仕組みを聞いた。


 神官に女神の加護を説明されても、すぐには頷かなかった。


「なるほど。で、その女神って誰が確認したんですか?」


 召喚されたばかりの勇者としては、かなり嫌な質問だった。


 神官は困った顔をした。


「確認、とは」


「本人確認です。女神を名乗る存在が本当に女神なのか、誰がどう判断してるんですか」


「神託は神託です」


「それ、回答になってないですよね」


 光は柔らかく言った。


 柔らかいが、逃がさない言い方だった。


 彼は日本で大物配信者として知られていた。話術があり、疑問を拾うのがうまく、視聴者を巻き込むのにも慣れている。


 だから、異世界に来た直後も混乱だけでは終わらなかった。


 この世界には何があるのか。


 誰が権威を持っているのか。


 どの情報が常識として扱われているのか。


 そして、その常識は本当に正しいのか。


 光はMPhoneを手に入れると、すぐに情報収集を始めた。


 勇者召喚の歴史。


 旧ゼット帝国の滅亡。


 魔族復活事件。


 セナン王国の崩壊。


 全ステータス0の勇者。


 前勇者、岩崎煇。


 調べれば調べるほど、話は妙だった。


 女神が勇者を召喚する。


 勇者が世界を救う。


 魔族は世界の敵。


 旧ゼット帝国は魔族に滅ぼされた。


 どれも物語としてはわかりやすい。


 だが、わかりやすすぎた。


 光は配信を始めた。


 最初は、異世界に来た新勇者としての報告だった。


 視聴者はすぐに増えた。


 この世界のMPhone配信文化はまだ若い。勇者が語る異世界の見方は、それだけで珍しかった。


 光は派手なことをしなかった。


 資料を並べた。


 歴史の矛盾を示した。


 神官の証言を紹介した。


 冒険者協会の記録を読み解いた。


 そして、問いを投げた。


「勇者召喚って、本当に世界を救うための仕組みなんですか」


 画面の向こうの反応は割れた。


 女神を疑うなんて不敬だ。


 でも確かに変だ。


 魔族復活事件の記録と合わない。


 旧ゼット帝国の資料が少なすぎる。


 勇者が定期的に召喚される理由は何なのか。


 光は視聴者の意見を拾い、さらに調べた。


 配信は数日で大きく広がった。


 黎人とショウヘイの炎上を見て笑っていた層も、一部は光の配信へ流れた。


 低い争いに飽きた者たちが、今度は大きな謎へ向かったのである。


 煇が光の配信を見たのは、黎人とショウヘイの裁判が終わった日の夜だった。


 セリアは隣で、ユメの捜索情報を見ている。


 光は画面の中で、旧ゼット帝国に関する資料を示していた。


「ここ、おかしいんですよ。帝国は魔族に滅ぼされたとされている。でも、魔族復活事件の記録を見ると、魔族側にも被害者的な発言がある。しかも召喚術士ズマルは旧ゼット帝国の復興を目指していた。敵なら復興って言い方、変じゃないですか」


 煇は目を細めた。


 その違和感は、彼も持っていた。


 3年前からずっと。


 光は続ける。


「さらに、勇者召喚。女神が勇者を呼ぶと言われている。でも召喚される勇者の質が安定していない。強い者もいれば、全ステータス0もいる。目的が世界救済なら、選定基準が雑すぎる」


 セリアが小さく言った。


「雑すぎるのは本当にそうね」


 煇は頷いた。


 光は画面に向かって少し身を乗り出した。


「仮説です。女神は本当に女神なのか。もしかすると、女神を名乗る何者かが、勇者召喚という仕組みを別の目的で使っているんじゃないか」


 配信のコメント欄が一気に流れた。


 不敬。


 面白い。


 危ない話だ。


 証拠は。


 魔族の記録をもっと見たい。


 煇は画面を見つめた。


 光はまだ核心には届いていない。


 だが、方向は間違っていなかった。


 その時、MPhoneが強制的に通知音を鳴らした。


 煇の端末だけではない。


 セリアの端末も。


 部屋の外からも、あちこちで同じ音が聞こえた。


 共和国全土、いや大陸のMPhoneに、一斉通知が送られていた。


 送信者名は、女神。


 セリアの顔色が変わる。


「何これ」


 画面には、文字と映像が表示された。


 そこに映っていたのは、森の奥の小さな洞窟だった。


 その中に、ユメがいた。


 眠っているように見える。


 そして、そのそばに小さな影が立っていた。


 小人のような姿。


 だが、頭には小さな角があり、肌の色は人間とは違う。


 女神の声が流れる。


「勇者の子を攫ったのは、魔族の生き残りです」


 煇は立ち上がった。


 セリアは息を止めて画面を見ている。


 女神の声は続いた。


「3年前の災いは終わっていません。魔族はなお人の世を脅かしています。勇者たちよ、正義のために立ちなさい」


 光の配信も強制的に中断されていた。


 画面の隅に、彼の驚いた顔が映る。


 女神は続ける。


「私は人々を守るため、真実を告げます」


 それは、救いの言葉の形をしていた。


 だが、煇には違って聞こえた。


 光の疑問が広がった直後に、女神がMPhoneへ直接介入した。


 しかも、ユメの居場所を提示し、魔族の危険を強調した。


 タイミングがよすぎる。


 セリアは震える手で端末を握りしめた。


「場所、わかる?」


「映像から割り出す」


 煇はすぐに神谷へ連絡した。


 共和国の解析班も動いていた。映像の岩肌、周囲の植物、魔力反応、MPhone通信の経路。全てを照合し、場所を特定する。


 数分後、候補地が出た。


 共和国北西部の森。


 かつて旧ゼット帝国の遺跡があった地域の近く。


 煇とセリアはすぐに出発した。


 光も連絡してきた。


「俺も行きます」


「危険だ」


 煇が言う。


「だから行くんです。女神が今、俺の配信を潰しました。あれは答え合わせに近い」


 煇は一瞬だけ黙った。


「現地で合流する」


 その夜、ユメの救出作戦が始まった。


 女神の言葉に多くの人々は納得した。


 魔族が犯人。


 女神が真実を告げた。


 勇者が子どもを救う。


 わかりやすい物語だった。


 だが、煇はわかりやすさを信用しなかった。


 そして光も、同じ疑いを抱いていた。


 画面の中で燃えていた問いは、女神自身の手によって、さらに大きくなっていた。

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