第25話 画面の外へ出た怒り
黎人の信者たちは、自分たちを信者だとは思っていなかった。
彼らの中では、自分たちは正義の協力者だった。
勇者レイトは不当に扱われている。
共和国は真実を隠している。
ショウヘイは嫉妬で勇者レイトを攻撃している。
そういう雑な物語を、彼らは信じた。
理由はいくつかあった。
黎人の言葉をそのまま受け取るほど単純だった者。
共和国に不満を持っていた者。
ただ騒ぎに乗りたかった者。
自分も特別な何かに関わっていると思いたかった者。
それぞれ動機は違う。
だが、行動は同じ方向へ向かった。
ショウヘイを直接問い詰める。
言葉にすれば、それだけだった。
実際には、襲撃だった。
彼らはMPhoneで集まり、ショウヘイの滞在している安宿を特定した。本人たちは調査のつもりだったが、使ったのは公開情報の寄せ集めと、宿の近くで撮られた画像である。
現地民はまだ、位置情報や背景から住所が割れる怖さを知らない。
勇者たちは知っていたが、全員が注意するとは限らない。
ショウヘイもその1人だった。
彼は自分の部屋から見える景色を何度も投稿していた。
窓の外の看板。
通りの形。
近くの店。
それだけで場所は絞られた。
黎人は馬小屋で画面を見ていた。
信者たちから、今から行くという連絡が入る。
彼は胸が高鳴った。
自分のために誰かが動いている。
それは、前の世界でもほとんど経験したことのない感覚だった。
黎人は止めなかった。
むしろ煽った。
強く言ってやれ。
謝らせろ。
勇者レイトに逆らうとどうなるかわからせろ。
彼の言葉はだんだん危うくなっていった。
本人には、その危うさがわからない。
その頃、共和国の監視部署では警報が鳴っていた。
通信内容に襲撃示唆あり。
対象はアズーロ召喚勇者ショウヘイ。
実行者は現地民複数名。
担当者が神谷大統領へ報告し、同時に現地の警備隊へ連絡を送る。
煇にも通知が届いた。
「始まったか」
彼は短く言った。
セリアは隣でユメの捜索資料を見ていた。
顔を上げる。
「黎人?」
「黎人」
「本当に、別の意味で期待を裏切らないわね」
セリアの声には疲労が混じっていた。
娘はまだ見つかっていない。
そんな中で、黎人が別の問題を起こす。
怒る気力も削られていく。
煇はMPhoneを手に取った。
「現地警備が間に合うか」
「ショウヘイって人は?」
「自分が狙われているとは思っていないだろう」
「でしょうね」
ショウヘイは安宿の部屋で、まさに黎人への反論を書いていた。
自分はエリートである。
自分こそ真の勇者である。
黎人のような馬小屋の男と同列にするな。
書けば書くほど、自分の価値が上がるような気がしていた。
その時、宿の下が騒がしくなった。
足音。
怒鳴り声。
宿の主人が止める声。
ショウヘイは眉をひそめた。
「何だよ」
扉が叩かれる。
いや、叩かれるというより殴られている。
「出てこい!」
「勇者レイト様に謝れ!」
ショウヘイは一瞬、何が起きているのかわからなかった。
次に、怒りが来た。
「は? 俺に?」
彼は扉へ近づき、勢いよく開けた。
開けなければよかった。
廊下には3人の男がいた。
全員、興奮している。手には棒や工具のようなものを持っていた。本人たちは脅すだけのつもりだったのかもしれないが、持っているものは十分に危険だった。
「お前がショウヘイか」
「そうだが」
「勇者レイト様を馬鹿にしたな」
ショウヘイは鼻で笑った。
「様? あんな奴に様?」
その一言で、廊下の空気が変わった。
男の1人が掴みかかる。
ショウヘイは避けようとしたが、体が思うように動かなかった。常時かかっている弱体効果のせいで、反応が遅い。足元がふらつき、肩を掴まれる。
「離せ! 俺は勇者だぞ!」
「勇者レイト様も勇者だ!」
「あれと一緒にするな!」
低レベルな口論が、廊下で始まった。
だが、数十秒後には警備隊が駆け込んできた。
共和国からの緊急通報を受け、アズーロ側の治安部隊も動いていたのである。彼らは襲撃者たちを取り押さえ、ショウヘイも事情聴取のため保護した。
ショウヘイは怒鳴った。
「俺は被害者だぞ!」
それは事実だった。
少なくとも、この場面では。
だが、彼が炎上を煽り続けたことも事実だった。
襲撃者たちは逮捕された。
通信履歴から、黎人の指示もすぐに確認された。
共和国政府は、ここで判断を変えた。
これは単なる迷惑投稿ではない。
勇者同士の争いが、現地民を巻き込んだ現実の事件になった。
放置すれば、共和国憲章にもMPhone通信網にも傷がつく。
黎人は馬小屋で、まだ画面を見ていた。
信者たちからの返信が止まったことを不満に思っている。
なぜ報告が来ないのか。
成功したのか。
ショウヘイは謝ったのか。
そう考えていると、馬小屋の扉が開いた。
共和国の警備隊が立っていた。
監視役の男も一緒である。
黎人は嫌な予感がした。
逃げようとした。
だが、逃げる場所は馬小屋の中にない。
警備隊は淡々と告げた。
「柴崎黎人。勇者間の扇動行為および現地民を用いた襲撃指示の疑いで、共和国政府の管理下へ移送する」
黎人には全部は通じなかった。
だが、自分が連れていかれることはわかった。
彼はMPhoneを抱え込んだ。
警備隊はそれを取り上げた。
黎人は声にならない抗議をした。
誰も聞かなかった。
同じ頃、ショウヘイもアズーロ側から共和国へ移送されることが決まった。
彼は納得しなかった。
「俺は被害者だ! 俺を裁くのはおかしい! 俺はマーチ卒のエリートなんだぞ!」
警備隊員は困った顔をした。
「その、まーちというものは、こちらの法手続きに関係ありません」
ショウヘイはさらに怒った。
こうして、画面の中で始まった低い争いは、ついに裁判所へ持ち込まれることになった。
煇は報告を受け、深く息を吐いた。
「ユメの件が進まない時に限って、別の火が大きくなる」
セリアは静かに言った。
「でも、放っておけば誰かがもっと怪我をしてた」
「わかっている」
「それに、黎人が拘束されれば少し静かになるわ」
煇は画面に映る移送通知を見た。
「少し、だろうな」
残念ながら、その予想は当たる。
黎人もショウヘイも、拘束されたくらいで静かになる人間ではなかった。
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