第24話 低いところで燃え始めた

 ショウヘイが黎人に最初の攻撃を書き込んだ時、彼は自分が正しいことをしていると思っていた。


 正確には、自分が正しい側に立っていると思っていた。


 全ステータス0の勇者。


 馬小屋暮らし。


 女性利用者への迷惑連絡。


 自分を世界の功労者だと言い張る男。


 そんなものが勇者を名乗っていることが、ショウヘイには許せなかった。


 彼はアズーロ王国で召喚された新勇者である。


 本人の中では、選ばれた存在だった。


 だが現実には、召喚したディアス女王から早々に興味を失われ、王城の外へ出され、生活費だけ渡されて「好きにして」と扱われている。


 それは放任だった。


 ショウヘイは自由だと受け取った。


 周囲は厄介払いだと受け取った。


 その差に、本人だけが気づいていなかった。


 彼はMPhoneの画面に向かい、黎人の投稿へ返信を重ねた。


 勇者を名乗る資格がない。


 社会に迷惑をかけるな。


 女に相手にされないからって絡むな。


 お前みたいなのがいるから勇者全体の評判が落ちる。


 書いている内容だけを見れば、正しい部分もあった。


 だが、そこに乗っている感情は正義ではなく、自分より下に見える相手を見つけた喜びだった。


 黎人はすぐに反応した。


 彼は批判に弱い。


 読まなければいいものを読む。


 無視すればいいものに返す。


 そして、相手が何を言っているかをきちんと理解しないまま、都合のいい解釈で怒る。


 黎人は画面に向かって、指を震わせながら文字を打った。


 嫉妬。


 それが彼の結論だった。


 自分は勇者であり、世界を救った存在であり、本来ならもっと評価されるべき人間だ。だから、自分を批判する者は嫉妬している。


 それ以外の可能性は考えなかった。


 投稿はすぐに広まった。


 ショウヘイと勇者レイトのやり取りは、見物人にとってわかりやすかった。


 どちらも声が大きい。


 どちらも相手の話を聞かない。


 どちらも自分のほうが正しいと思っている。


 そして、どちらもあまり賢そうには見えない。


 掲示板には、観客が集まった。


 最初は笑いながら見ていた者たちも、だんだん火に薪をくべ始める。


 ショウヘイを応援する者。


 黎人をからかう者。


 両方を煽る者。


 何も知らずに片方をかわいそうだと言う者。


 現地民はMPhoneの炎上に慣れていない。勇者たちの中には慣れている者もいたが、慣れているからこそ悪質な楽しみ方をする者もいた。


 画面の中の争いは、どんどん大きくなった。


 黎人は、馬小屋の隅で画面を覗き込んでいた。


 監視役の男が水桶を運ぶよう言ったが、黎人は動かない。


「おい、聞いてるのか」


 黎人は不満そうに顔を上げた。


 今、自分は大事な戦いをしている。


 そういう顔だった。


 もちろん、監視役には通じない。


「仕事をしろ。端末ばかり触るな」


 黎人はMPhoneを抱え込んだ。


 自分は勇者だ。


 世界を救った。


 それなのに、なぜ水桶を運ばなければならないのか。


 画面の中には、少なくとも自分に反応する人間がいる。怒っている者も、馬鹿にしている者も、応援している者もいる。


 それは、馬小屋で無視されるよりずっとましだった。


 黎人は監視役から体をそむけ、また投稿を始めた。


 ショウヘイは安宿の部屋で、同じように画面を見ていた。


 彼の部屋は散らかっていた。


 アズーロ王国から渡された生活費はあったが、計画性はない。体調は常に悪く、眠りも浅く、気分は安定しなかった。


 それでも、黎人を叩いている間だけは気分が少し上がった。


「俺が言ってやらないと駄目なんだよ」


 彼は独り言を言った。


 誰に向けたものでもない。


 自分を納得させるための言葉だった。


 ショウヘイは自分を王と呼ぶ。


 だが、本当に王として扱う者はいない。


 だから彼は、画面の中でだけ強くなろうとした。


 黎人も同じだった。


 両者は互いを見下しながら、同じ場所へ落ちていった。


 煇はその様子を、共和国の監視部署から見ていた。


 ユメの捜索は続いている。


 小人のような影の目撃情報はいくつか集まったが、決定的なものはない。森の奥で足跡が途切れたという報告もあった。


 それでも、MPhone上の騒ぎは無視できなくなっていた。


 神谷大統領が画面を見ながら言う。


「低いね」


「何が」


「争いの高さが」


 煇は否定しなかった。


「放置すれば現実に出る」


「そこまで行くと思うかい」


「黎人は行く。ショウヘイも止まらない」


 神谷は椅子にもたれた。


「勇者同士のネット上の諍いを、政府がどこまで介入すべきか。難しい問題だね」


「難しくしている間に、誰かが怪我をする」


「君は本当に、政治家に向かないことを言う」


「政治家じゃない」


「だから助かる時もある」


 神谷は担当者へ指示を出した。


 黎人とショウヘイ、双方の投稿と通信を重点監視する。


 直接的な脅迫や襲撃示唆があれば、即座に介入する。


 その判断は、少し遅かったかもしれない。


 黎人の画面には、数少ない信者からの連絡が届いていた。


 勇者レイト様は悪くない。


 ショウヘイが嫉妬している。


 あいつに思い知らせるべきだ。


 その中には、黎人の言葉を本気で信じた現地民が数人いた。


 彼らはネットの距離感を知らない。


 画面の中の言葉が、そのまま現実の命令に聞こえてしまう。


 黎人はその反応に気をよくした。


 自分には仲間がいる。


 自分を理解する者がいる。


 そう思った。


 そして、決定的な一文を送った。


 ショウヘイのところへ行って、わからせてやれ。


 黎人にとっては、勢いの言葉だった。


 現実にどうなるかなど考えていない。


 だが、その言葉を受け取った者たちは、現実の道を歩き始めた。


 画面の中で燃えていた火は、もう画面の中だけでは済まなくなっていた。

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