第23話 画面の中の勇者様
黎人は、MPhoneを手に入れてから少し元気になった。
周囲にとっては、悪い意味である。
馬小屋から出る回数は減った。
作業を嫌がる回数は増えた。
食事中も画面を見て、寝る直前まで画面を触り、起きるとまず画面を確認した。
前の世界と同じだった。
部屋が馬小屋になり、布団が藁になり、スマホがMPhoneになっただけで、やっていることはほとんど変わらない。
黎人は自分用の名前を作った。
勇者レイト。
それが画面の中での彼の名だった。
本人としては威厳のある名前のつもりである。
最初の投稿は、自分は世界を救った勇者だという内容だった。
反応は少なかった。
次に、馬小屋で不当に扱われていると訴えた。
少しだけ反応があった。
さらに、現地民の女性利用者に片っ端から個別連絡を送った。
反応は増えた。
ただし、ほとんどは拒絶だった。
黎人は拒絶を拒絶として受け取らない。
照れている。
嫉妬している。
周囲に邪魔されている。
そう解釈した。
返信が来なければ、さらに送る。
嫌がられれば、怒る。
通報されれば、陰謀だと言う。
MPhoneを使い始めて1週間で、黎人は複数の掲示板と交流欄から注意を受けた。
それでもやめなかった。
むしろ、注目されていると感じていた。
旧セナンの集落では、村長が頭を抱えていた。
「お前、何をした」
黎人は首を傾げた。
画面には、通信管理局からの警告文が表示されている。だが、彼はちゃんと読んでいない。
読める部分だけ読んで、自分に都合の悪いところは無視した。
「これは警告だ。人に迷惑をかけるな」
村長が言う。
黎人は不満そうな声を出した。
自分は悪くない。
そういう顔だった。
村長は疲れたようにMPhoneを取り上げようとした。
黎人はそれを抱え込んだ。
これだけは奪われたくない。
彼の必死さは、食事を守る時より強かった。
村長は結局、取り上げるのを諦めた。
代わりに、監視部署へ報告した。
共和国側では、黎人の投稿が少しずつ話題になり始めていた。
最初は笑いものだった。
全ステータス0の勇者がまた何か言っている。
馬小屋の勇者様。
世界を救ったと言い張る男。
ひどい言葉も多かったが、黎人にとっては反応があるだけで嬉しかった。
反応が増えると、彼はさらに投稿した。
自分は本当ならもっと評価されるべき。
女は勇者を尊重すべき。
現地民は自分に感謝すべき。
監視は人権侵害。
働かされるのはおかしい。
内容は同じようなものばかりだったが、現地民の中には面白がって見る者もいた。
少数だが、同情する者も現れた。
勇者なのに馬小屋はかわいそう。
共和国は冷たい。
世界を救ったなら少しは報われてもいいのでは。
事情を知らない者ほど、表面だけを見てそう言った。
そして、黎人はそういう声だけを拾った。
自分を肯定する声だけが真実。
自分を否定する声は嫉妬。
その仕分けは、前の世界でも異世界でも変わらなかった。
煇は共和国の監視室で、その記録を見ていた。
隣には神谷大統領がいる。
「削除しないのか」
煇が聞く。
「警告は出している。だが、完全に止めるには手続きがいる。勇者の通信制限は政治的に面倒だ」
「あれを勇者として扱う必要があるのか」
「制度上は」
神谷は肩をすくめた。
「制度は時々、本当に面倒だ」
「放置すれば被害が増える」
「だから監視している」
神谷は画面を切り替えた。
黎人の通信相手、投稿先、反応の推移が表示される。
「少なくとも、娘さんの事件とはつながっていない。彼の行動範囲は集落内。通信記録にも誘拐に関わるものはない」
「わかっている」
煇は目を伏せた。
黎人ではなかった。
それはよい情報のはずだった。
だが、犯人がわからないという意味では何も進んでいない。
セリアからは、捜索範囲を広げるという連絡が来ていた。彼女は休んでいない。煇も休めていない。
MPhoneに通知が入る。
黎人の新しい投稿だった。
自分を馬鹿にする連中は全員、ショウヘイとかいう偽物勇者と同じ。
煇は眉をひそめた。
「ショウヘイ?」
神谷が別画面を開く。
「アズーロ王国に召喚された新勇者だ。青木昌平。自称、王。アズーロでは扱いに困って放逐気味らしい」
「また厄介なのが増えたな」
「女神は人選が下手なのか、別の意図があるのか」
神谷は軽く言ったが、煇はその言葉を流せなかった。
女神の意図。
3年前から、そこには疑問が残っている。
勇者召喚とは何なのか。
なぜ黎人のような者が呼ばれたのか。
なぜ魔族の事件は、あれほど歪んだ形で起きたのか。
今はユメの捜索が先だ。
だが、別の何かも動いている。
煇はそう感じていた。
一方、アズーロ王国から放り出されたショウヘイは、安宿の一室でMPhoneを睨んでいた。
彼は自分の名前を検索し、自分への評価を確認し、そして偶然、勇者レイトの投稿を見つけた。
全ステータス0の勇者。
馬小屋の勇者。
迷惑投稿で話題の男。
ショウヘイは鼻で笑った。
「何だこいつ。勇者の恥だろ」
その声には、強い苛立ちがあった。
自分はアズーロに召喚された勇者だ。
マーチ卒のエリートだ。
王になるべき人間だ。
それなのに、周囲は自分を評価しない。
そんな中で、黎人のような男が勇者を名乗り、注目を集めている。
許せなかった。
ショウヘイは投稿欄を開いた。
そして、黎人への攻撃を書き込んだ。
それが、低すぎる争いの始まりだった。
この時点で、煇の娘はまだ見つかっていない。
女神の正体も見えていない。
ただ、画面の中では、別の火種が勝手に燃え始めていた。
人は便利な道具を手に入れても、賢くなるとは限らない。
黎人はそれを、誰よりわかりやすく証明していた。
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