第20話 勇者だったものの行き先

 セナン王国は、王を失った。


 国王クルルは死亡。


 実権を握っていた召喚術士ズマルも死亡。


 王城の主要な役人の多くは逃亡するか、魔族騒動の中で消息を絶った。残った者たちにも、国を立て直すだけの力はなかった。


 そもそも、立て直したいと本気で思う民が少なかった。


 それが一番大きかった。


 先代王の時代なら違ったかもしれない。


 だが、クルル王の10年で、民の信頼は削られ続けた。重い税、王城の浪費、役人の横暴。最後に勇者召喚の失敗と魔族復活である。


 もう十分だった。


 王都奪還から数日後、臨時の協議が王城で開かれた。


 出席したのはイロイ共和国の代表、冒険者協会、周辺の町の有力者、そして旧セナン王国の残存官僚たちである。


 煇もそこにいた。


 正式な王ではない。


 将軍でもない。


 だが、今回の件で最も早く動き、王城の事情を知り、共和国との連絡役を務めた者として、発言を求められた。


「セナン王国は、単独で統治を継続できない」


 煇は淡々と言った。


「王家の正統性は失われ、行政機構も崩壊している。民の避難と復興を優先するなら、イロイ共和国への併合を受け入れるのが現実的です」


 会議室は重かった。


 王国が共和国に吸収される。


 それは、歴史の大きな転換だった。


 だが、反対の声は強くなかった。


 王国を残したところで、誰が治めるのか。


 誰が税を集め、道を直し、避難民を戻し、魔族の調査を進めるのか。


 答えられる者はいなかった。


 旧官僚の1人が弱々しく言った。


「王国の名は、残せないのですか」


「名を残すために民を苦しめるなら、残す意味はありません」


 煇の返事は短かった。


 冷たいようで、正しかった。


 その日のうちに、セナン王国の共和国併合に向けた手続きが始まった。


 もちろん、すぐに全てが片づくわけではない。


 土地の管理、税制の変更、避難民の帰還、王城の調査、旧ゼット帝国に関わる記録の確認。やることは山ほどあった。


 だが、少なくとも誰かが責任を持って動き始めた。


 それだけでも、クルル王の時代よりはましだった。


 問題は、黎人だった。


 彼は王城の一室に閉じ込められていた。


 一応、勇者である。


 そして、魔族消滅の原因に関わった可能性が高い人物でもある。


 だが、同時に王とズマルを殺害し、魔族の力で王都と隣町を混乱させた人物でもあった。


 裁くにも困る。


 英雄にするにはもっと困る。


 本人に事情を聞こうにも、魔族の力が完全に抜けた今、まともな意思疎通はできなかった。


 あー、うー、という声。


 身振り。


 不満そうな顔。


 そして、都合の悪いことを聞かれると目を逸らす癖。


 会議に参加した者たちは、すぐに疲れた。


「処刑は避けるべきです」


 冒険者協会の幹部が言った。


「女神の神託で召喚された勇者を処刑したとなれば、宗教的な反発が出ます」


「英雄扱いも無理だ」


 共和国の代表が言う。


「王殺しであり、魔族側に利用された事実もある」


「責任能力は?」


 誰かが言った。


 室内に沈黙が落ちた。


 責任能力。


 全員が黎人の様子を思い出した。


 判断は難しかった。


 難しかったが、1つだけ明らかなことがある。


 野放しにはできない。


 最終的に、黎人は旧セナン王国の外れにある小さな集落へ送られることになった。


 領主の管理下で生活させる。


 自由な移動は制限する。


 勇者としての肩書きは公的には残すが、実務上は保護対象として扱う。


 かなりぼかした表現だった。


 実際のところは、追放と監視である。


 セリアはその決定を聞いて、窓の外を見た。


「結局、またどこかに閉じ込められるのね」


「本人が変わらなければ、環境を変えても結果は似る」


 煇が答えた。


「厳しいわね」


「甘く言っても現実は変わらない」


「それもそうだけど」


 セリアはため息をついた。


 黎人に同情しているわけではない。


 だが、異世界に呼ばれ、勇者にされ、誰にも望まれず、最後には辺境へ送られる。


 その流れだけを見ると、少しだけ気分が重かった。


 もちろん、本人の態度を思い出すと同情はすぐ薄れる。


 数日後、黎人は馬車に乗せられた。


 見送りはほとんどいない。


 兵士が数人、監督役の役人が1人、そして念のためセリアと煇もいた。


 黎人は馬車の中から不満そうに外を見ていた。


 自分がどこへ行くのか、完全には理解していない。


 ただ、王城に残れないことと、周囲が自分を尊敬していないことだけは伝わっているようだった。


 彼は何かを訴えようとした。


 しかし、言葉にならなかった。


 セリアは黙って見ていた。


 煇も何も言わなかった。


 馬車が動き出す。


 黎人はしばらく窓から顔を出していたが、すぐに疲れたのか奥へ引っ込んだ。


 たぶん眠ったのだろう。


 どんな場所でも寝られる。


 それだけは、最後まで変わらない特技だった。


 馬車が見えなくなると、セリアは肩の力を抜いた。


「終わったのかしら」


「戦いは」


 煇が言った。


「後始末はこれからだ」


「でしょうね」


 セリアは王城を振り返る。


 壊れた塔、修復中の門、慌ただしく動く共和国の役人たち。王国だった場所は、これから別の形に変わっていく。


 彼女はその記録を残すことにした。


 全ステータス0の勇者。


 偽の呪い。


 前勇者。


 魔族復活。


 王と召喚術士の死。


 そして、誰にも知られない落書きによる終結。


 書いておかなければ、後世の誰も信じないだろう。


 書いても信じられるかは怪しい。


「記録をまとめるわ」


 セリアが言う。


「必要だな」


「あなたも手伝って」


「俺が?」


「当事者でしょう」


 煇は少し考えた。


「構わない」


「あと、調査も続けるんでしょう。旧ゼット帝国のこと」


「そのつもりだ。今回の召喚は、過去の魔族消失と似ている。ズマルが死んだ以上、記録を掘るしかない」


「なら、私も行く」


 煇がセリアを見た。


「いいのか」


「この件に巻き込まれた分くらいは、最後まで見届けたいだけ」


「そうか」


「それに」


 セリアは少しだけ笑った。


「あなた1人だと、また面倒なことを正面から抱え込みそうだから」


 煇は否定しなかった。


 こうして、勇者の役目は一旦終わった。


 セナン王国は消え、イロイ共和国の一部になる。


 黎人は辺境の集落へ送られた。


 セリアは記録を書き始め、煇は旧ゼット帝国と女神の神託について調査を続けることになった。


 世界は救われたのかもしれない。


 だが、誰が救ったのかは、少なくとも単純な話ではなかった。


 勇者召喚の本当の目的が、世界を救うことだったのか。


 それとも、本来死ぬはずだった者への救済だったのか。


 その答えは、まだ誰にもわからない。


 女神だけが、知っているのかもしれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る