第16話 空っぽの王都へ

 共和国の本隊が隣町へ到着したのは、翌朝だった。


 夜明け前から地面が震え始め、やがて整った足音と車輪の音が近づいてきた。共和国軍の兵士、冒険者協会から集められた冒険者、そして各地から呼ばれた勇者たちである。


 町の者たちは、その姿を見てようやく少しだけ息をついた。


 勇者。


 その言葉には、まだ力があった。


 少なくとも、黎人だけを見て勇者という概念に疑問を持ち始めていた人々にとって、まともに武器を持ち、まともに歩き、まともに言葉が通じる勇者たちの姿は、それだけで救いだった。


 セリアも同じ気持ちだった。


 普通に立っている。


 普通に会話できる。


 普通に戦えそう。


 それだけで感動しそうになる自分に、少し疲れていた。


 指揮を執ることになったのは、共和国軍の将校と冒険者協会の幹部、そして煇だった。煇は正式な軍人ではないが、セナン王国の内部事情を最も知っている。王城の構造も、ズマルの計画も、黎人の厄介さも。


 最後の情報が役に立つかどうかは微妙だったが、知らないよりはましだった。


 作戦会議は町の役場で行われた。


 机の上には王都周辺の地図が広げられている。


「王都の民は大半が避難済みと見ていい」


 煇が言った。


「王の悪政で、もともと逃げる準備をしていた者が多い。魔族の侵攻で一気に外へ出た。残っているのは逃げ遅れた者、動けない者、隠れている者だ」


「つまり、市街地での大規模戦闘は避けやすい」


 共和国軍の将校が確認する。


「はい。ただし、王城内にはまだ魔族が集中しているはずです。地下の召喚陣が生きている限り、増援が出る可能性もある」


「召喚術士ズマルは死亡したという話だったな」


「複数の証言があります。異形化した黎人が王とズマルを殺害した、と」


 部屋の中が少しざわついた。


 黎人。


 全ステータス0の勇者。


 魔族に力を与えられ、王と召喚術士を殺した男。


 文字だけなら怪物のような存在だが、実際に世話をしたセリアとしては、どうにも複雑だった。


「その黎人は今どこに?」


 冒険者協会の幹部が尋ねる。


「不明です」


 セリアが答えた。


「昨日、隣町を襲撃して、拘束後に姿を消しました。魔族が回収した可能性もありますが、自力で逃げた可能性もあります」


「自力で?」


「あの人、そういう悪運だけはあるので」


 セリアの言葉に、煇が小さく頷いた。


 会議では、王都奪還作戦が決まった。


 まず外壁を確保する。


 次に市街地を確認し、逃げ遅れた民を救出する。


 最後に王城へ突入し、地下の召喚陣を破壊する。


 単純な計画だった。


 だが、単純にするしかなかった。


 王都内の魔族の数は不明。地下の構造も完全にはわからない。黎人の行方も不明。情報が足りない時に凝った作戦を立てると、だいたいひどいことになる。


 昼前、連合部隊は王都へ向かった。


 セリアは煇の隣を歩いていた。


「あなた、ずっと寝てないでしょ」


「短くは寝た」


「それは寝たに入らない」


「終わったら寝る」


「終わったら、ね」


 セリアはそれ以上言わなかった。


 自分も大して寝ていない。


 王都が近づくにつれ、空気が変わった。


 街道には壊れた荷車があり、捨てられた荷物が転がっていた。だが、死体は少ない。少なくとも道沿いでは、思ったほどの惨状ではなかった。


 それが逆に不気味だった。


 魔族が制圧したというには、静かすぎる。


 王都の外壁が見えた。


 かつては王国の中心を守る立派な城壁だったのだろう。だが、今は手入れが悪く、あちこちにひびがある。門の近くには魔族の見張りが数体いた。


 共和国軍の弓兵が配置につく。


 勇者の1人が前へ出た。


 戦闘は短かった。


 門を守っていた魔族は強かったが、数が少ない。連携した兵士と冒険者、勇者たちの攻撃を受け、すぐに門を放棄して内側へ退いた。


 門が開く。


 王都の中は、ほとんど空だった。


 通りには人影が少ない。店の扉は閉まり、窓は割れ、ところどころに荷物が散乱している。だが、街全体が焼け落ちているわけではない。


 魔族は略奪よりも、王城の確保を優先したらしい。


「本当に空っぽね」


 セリアが呟く。


「王の治世の結果だ」


 煇は短く言った。


 民が王を信じていれば、もっと多くの者が王都に残っていたかもしれない。だが、彼らは逃げた。逃げるだけの不信が積み上がっていた。


 皮肉なことに、その不信が多くの命を救った。


 部隊は市街地を進んだ。


 小規模な戦闘は何度か起きた。建物の陰にいた魔族、逃げ遅れた民を監視していた魔族、王城から巡回に出ていた魔族。


 だが、どれも主力ではない。


 本隊は王城にいる。


 日が傾く前に、連合部隊は王城前広場へ到着した。


 王城はまだ立っていた。


 中央塔には黒い焦げ跡があり、窓はいくつも割れている。城門には魔族が集まり、こちらを待ち構えていた。


 その数は多い。


 だが、何より厄介なのは、城の地下から感じる魔力だった。


 地面の下で、何かが脈打っている。


 召喚陣はまだ生きている。


「ここからが本番だ」


 煇が言った。


 セリアは剣を抜いた。


 王もズマルも死んだ。


 それでも、彼らの残した厄介ごとは終わっていない。


 そして、どこかに黎人もいる。


 できれば最後まで出てこないでほしい。


 セリアは心からそう思った。


 だが、こういう時に限って、あの男は出てくる。


 それをもう、彼女は経験で知っていた。

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