第202話 一社では作れない
「不良が1点出たら、黒瀬さんに電話したらいいんですよね?」
2012年10月。
大阪市内の包装機メーカーでそう聞かれ、直人は目の前の図面から顔を上げた。
「黒瀬で一式受けるなら、そうなります」
「板金で不良が出ても?」
「はい」
「樹脂でも?」
「それもです」
購買担当者が隣の生産技術担当と顔を見合わせた。
机の上には11枚の部品図が広げられている。
1台の包装機に使う変更部品一式。今回は12台分必要だという。
黒瀬精機製作所で加工できるのは、そのうち6点。
残りは板金3点、樹脂2点だった。黒瀬で加工する6点のうち2点には、加工後に表面処理が必要になる。
一社では作れない。
だが、相手が求めているのは11点を別々の会社へ発注することではなかった。
「今はどうされてるんです?」
「5社です」
購買担当者が指を折った。
「旋盤とフライス加工、板金、樹脂、表面処理。それぞれ発注して、納期を追って、最後にうちで揃えてます」
「表面処理は加工屋さん経由じゃなく直接?」
「直接です。だから図面変更が入ると結構大変で」
「それを黒瀬1社にまとめたい?」
「できれば」
直人は11枚を順番に見た。
仕事の流し方そのものは珍しくない。
高井田では昔から、1社でできない仕事を何軒かの工場でつないできた。南田板金へ回し、大西に樹脂を頼み、吉岡へ表面処理を出す。工程間の荷物を田端に運んでもらうことも、今さら新しい話ではない。
今回違うのは、客が各社へ注文を出さないことだった。
注文書は黒瀬1社。
請求も黒瀬1社。
納期が遅れれば、客から電話が来るのも黒瀬になる。
「一式で受けること自体は検討できます。ただ、先に確認させてください」
「何でしょう」
「図面変更は全部、黒瀬経由にしてもらえます?」
「各加工先へ直接出さない、ということですか」
「はい。例えば板金だけ急いで変更したいからって、そちらから南田さんへ直接新しい図面を出されたら、黒瀬が持ってる図面と食い違う可能性があります」
「それは困りますね」
「黒瀬が窓口になるなら、そこも黒瀬へ集めてください」
生産技術担当がメモを取った。
「検査成績は?」
「黒瀬で加工する分は今まで通り出せます。外へお願いする分は、必要な検査項目を確認して各社に出してもらいます。ただし最終的に11点揃っているか、品番が合っているかは黒瀬で確認します」
「もし南田さんというところが遅れたら?」
「黒瀬から連絡します」
「大西さんでも?」
「同じです」
「それなら助かります」
購買担当者はそう言ったあと、少し間を置いた。
「その分、今までより高くなりますよね」
「安くはならんと思います」
直人は即答した。
「加工費だけやなくて、黒瀬から各社へ発注して、納期を追って、受け取って、11点揃える仕事が増えますから」
「そこは承知してます。一度、見積をお願いします」
「納期は?」
「11月30日」
「12台分全部?」
「はい」
直人は図面を揃えた。
「明日中に、各社へ入るか確認します。返事はそのあとにします」
黒瀬だけの予定を見て受けられる仕事ではなかった。
会社へ帰る前に、直人はそのまま南田板金へ向かった。
「また一式か?」
南田は図面3枚を受け取り、すぐに作業台へ広げた。
「一式で客から受けるんは今回初めてや」
「今までと何が違うん」
「客から南田さんに直接電話いかへん」
「ほな直人に文句言うたらええんか」
「何で最初から文句出る前提やねん」
南田が笑った。
ステンレスのカバー2点と取付金具1点。
12台分なので、それぞれ12個必要になる。
「このカバー、曲げ4回あるな」
「いける?」
「加工は問題ない。けど11月、前半詰まってるで」
「いつなら上がる?」
「正式図面が来週頭までに来たら、11月16日」
直人はその日付を書いた。
「16日から遅れそうになったら、俺に連絡ください」
「分かってる」
「客に直接は?」
「せえへんよ。今まででも黒瀬経由の仕事はそうしてるやろ」
「今回は11点まとめて俺が納期持つから、念押し」
「社長になって細かくなったな」
「前から細かいやろ」
「それはそうやな」
次は大西のところへ向かった。
樹脂部品は2点。
大西は図面を見て、長い搬送ガイドのほうで手を止めた。
「直人さん、これ最初の1本だけ先に確認してもらえません?」
「何かある?」
「長さに対して厚みが薄いです。削ったあと、どの程度動くか見たい」
「寸法公差は入ってるけど」
「寸法に入ってても、取り付けたときに端が浮いたら嫌でしょう」
「そら嫌や」
「12本全部作る前に、1本上げます。問題なければ残りをやります」
「それでいこう。確認分も問題なかったら製品に使える?」
「使えます」
「じゃあ客にその条件で話す」
吉岡にも、表面処理が必要な2点の図面を見せた。
「これは黒瀬で加工してから?」
「はい。12台分やから24個」
「11月のいつ持ってくる?」
「森川と相談して決めます」
「できれば20日より前やな。後ろになると月末の仕事と重なる」
「分かった。そこに合わせる」
「あとこれ、前処理あるから油だけちゃんと落として持ってきて」
「了解」
最後に田端へ電話した。
『何軒回ります?』
仕事の内容を説明するより先に聞かれた。
「何で分かったん」
『南田さんからもう電話来ました』
「早すぎるやろ」
『高井田ですよ』
「理由になってへん」
『なるんですわ、これが』
直人は笑った。
「南田、大西、吉岡。最終的に全部黒瀬へ戻す。途中で何回走るかは工程組んでから」
『いつまで?』
「11月30日客先納品」
『なら最終回収は遅くても26か27ですね』
「そこまでに全部揃えたい」
『分かりました。回数出たら運賃出します』
「ちゃんと請求してや」
『誰に言うてるんですか』
「昔の田端さん」
『何年前の話してんねん』
翌朝。
直人が持ち帰った11枚の図面を、森川が作業台へ並べた。
「黒瀬分6点?」
「うん。この2点は加工終わったら吉岡さん」
「なら、そこから先にやります」
森川は生産予定を開いた。
「11月前半、NCはまだ余裕あります。表面処理へ出す2点を10月末から始めて、11月6日までに吉岡さんへ渡す。残り4点はそのあと」
「6日なら吉岡さんも余裕ある?」
「直人さんが聞いてきたんでしょう」
「20日より前ならって」
「なら十分です」
森川は続けて図面を見た。
「この軸2点は村井で大丈夫です。こっちのブロックは宮田さんに初品だけ見てもらいます」
「任せる」
「ただ、直人さん」
「何?」
「黒瀬の6点が先に終わっても、板金か樹脂が遅れたら納品できないですよね」
「せやな」
「それ、客には言ってあります?」
「一式で黒瀬が納期持つって言うた」
「なら俺は黒瀬の分だけ見ます。外の進み具合は直人さんお願いします」
「分かった」
社長になったからといって、森川の代わりに工程を組む必要はない。
逆に今回、森川へ任せられない仕事が増えた。
南田の曲げが予定通り上がるか。
大西の確認品で問題が出ないか。
吉岡へいつ持ち込み、いつ戻るか。
田端の回収をどこへ合わせるか。
その全体を見るのは直人の仕事だった。
昼前には、各社の見積も揃い始めた。
美智子が数字を並べる。
「南田さん、大西さん、吉岡さん、田端さん。全部、黒瀬が先に払うんやな」
「そうなる」
「客から入金されるんは?」
「月末締め、翌月末」
「外注さんへの支払いが先になる分あるで」
「それ込みで資金は大丈夫?」
「この12台分なら問題ない。ただな」
美智子が直人を見る。
「売上だけ見たら、今までより大きく見えるで」
「分かってる」
「黒瀬で作ってへん分まで売上に乗るからな。その代わり、外へ払う金も増える」
「粗利で見る」
「それならええ」
見積には、各社から上がってきた費用だけでなく、黒瀬の加工費と一式取りまとめに必要な工数を入れた。
翌日、直人は包装機メーカーへ戻った。
「こちらです」
購買担当者は総額を見て、しばらく電卓を叩いた。
「5社へ直接頼むより、少し上がりますね」
「はい」
「やっぱり、取りまとめ分?」
「それもあります。それと、各社の支払いを黒瀬で持つ分もあります」
「なるほど」
「その代わり、注文書は1枚でいいです。図面変更も黒瀬へ。納期確認も黒瀬。11点揃わんかった場合も、まず黒瀬へ連絡してください」
生産技術担当が口を挟んだ。
「検査成績も黒瀬からまとめて?」
「はい。ただし、加工した会社は分かるようにします」
「外注先は非公開にしないんですか」
「隠す理由ないでしょう」
直人は工程予定を置いた。
「板金は南田板金。樹脂は大西。表面処理は吉岡。黒瀬で6点加工して、全部戻して12台分に揃えます」
「もし途中で図面変更が出た場合は?」
「一旦止めます」
「全部?」
「変更した部品と、それに影響する部品です。勝手に『たぶん大丈夫』で流したくないんで」
「分かりました」
担当者は金額より、工程予定のほうを長く見ていた。
「社内で確認します」
注文書がFAXで届いたのは、翌日の午後だった。
11点一式、12台分。
納期は11月30日。
注文先は黒瀬精機製作所。
直人は注文書を森川へ見せた。
「決まった」
「じゃあ10月末から入れます」
「南田さん16日、大西さんは確認1本先。吉岡さんには6日までに持っていく」
「黒瀬が遅れたら全部崩れますね」
「縁起悪いこと言うな」
「事実でしょう」
「せやけど」
森川は笑って、生産予定へ6点を入れた。
10月末。
黒瀬の加工が始まった。
村井が最初の軸物をNC旋盤へ掛け、森川が初品を確認する。表面処理へ出す2点を優先し、予定通り11月6日に24個を吉岡へ渡した。
数日後、大西から電話が来た。
『確認用1本、上がりました』
「どう?」
『寸法は入ってます。ただ、置いた状態で少し反りが出ます』
直人の手が止まった。
「図面公差の中?」
『寸法は中です。でも組付けでどうなるかは、うちでは判断できません』
「分かった。残り11本、まだやらんといて」
『そのつもりです』
直人は包装機メーカーへ連絡し、確認品を持ち込むことにした。
翌日。
生産技術担当が実機側の取付部へ樹脂ガイドを合わせる。
「……これなら問題ないですね」
「この程度の反りは大丈夫?」
「固定したら収まります。ただ、毎回これ以上になると困ります」
直人は大西が測ってくれた数値を見せた。
「この範囲を目安にしていいです?」
「はい。それなら組付けできます」
「じゃあ残り進めます」
会社へ戻る車の中で、直人は時計を見た。
半日使った。
黒瀬の機械は1台も止まっていない。
それでも、今回の仕事では必要な半日だった。
大西へ連絡すると、残り11本の加工が始まった。
南田の板金も16日に予定通り上がり、田端が回収する。
吉岡から戻った24個は、黒瀬で品番と数量を確認した。
11月22日。
すべての部品が揃った。
作業台へ客先の部品一覧を置き、12台分に分けていく。
1台につき11点。
12台で132点。
村井が最初の箱へ品物を入れながら、一覧を指した。
「この4番、これで合ってます?」
「合ってる」
森川が現物と品番を確認する。
「7番は表面処理済みのほう。未処理と間違えたらあかんで」
「こっちですね」
「そう」
直人も横で見ていたが、途中から数える側には入らなかった。
ここで必要なのは社長が全部触ることではなく、客へ出す前に不足がない状態を作ることだった。
12箱が並んだ。
さらに各社の検査記録を品番ごとに揃える。
南田の3点。
大西の2点。
黒瀬の6点。そのうち2点は吉岡の処理記録も付く。
11点が、一つの注文番号の下へまとまった。
「直人さん」
森川が最後の箱を閉じた。
「これで全部です」
「数量は?」
「132点、確認済み」
「田端さん明日の朝来る」
「なら終わりですね」
「客に着くまでは終わってへん」
「細かいなあ」
「誰が言うてんねん」
翌朝、田端の車へ12箱を積んだ。
「これ、全部同じ注文?」
「同じ」
「うち、何回走った?」
「あとで請求書見たら分かる」
「怖い言い方せんといてください」
「ちゃんと払うから」
「ならええです」
田端が荷台を閉める。
「直人さん」
「何?」
「昔は箱運んで終わりやったけど、今度は黒瀬さんが全部受けてるんやな」
「そうやな」
「何かあったら?」
「俺んとこに電話来る」
「大変になりましたな」
「今気づいたわ」
田端が笑って車へ乗った。
納品後、包装機メーカーから連絡が来たのは午後だった。
「12台分、全部確認できました」
「不足なかったです?」
「ありません。検査記録も揃ってます」
「よかった」
「黒瀬さん」
「はい」
「これ、次の機種でも相談したいんですが」
「何点あります?」
『今度は17点です』
直人は一瞬黙った。
「増えてるやん」
『すみません』
「図面見てから返事します」
『やっぱり即答はしてくれないんですね』
「俺だけで決められへん仕事ですから」
電話を切ると、美智子がこちらを見た。
「次?」
「17点やて」
「売上増えたって喜ぶ前に、外へ払う分も見てや」
「分かってるって」
「今回も言うてた」
「毎回言うん?」
「忘れへんようになったらやめる」
直人は返す言葉を探したが、美智子はもう伝票へ戻っていた。
机には、今回の注文書と各社から届いた請求書が並んでいる。
客へ出した請求は1本。
黒瀬から支払う先は4社。
機械を回すだけでは見えなかった金と責任が、黒瀬精機製作所を通っていた。
直人は次に届く17点の図面を置く場所を空けた。
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