第162話 正しい品番は高くなる
協力工場3社との確認会を終えた翌週、旭電装は制御盤取付金具の品番分割と在庫整理を、黒瀬精機へ正式に依頼した。
対象は、穴間隔80ミリの旧型制御盤用と、82ミリの現行設備用。倉庫に残る47個を測り分け、使用できる在庫と保留品を区別し、正式図面と最初の発注条件を整えるところまでを支援する。
期間は2週間、金額は42万円。
協力工場との単価交渉や、在庫を自社設備へ使用する最終判断は旭電装が担う。黒瀬精機が代わりに承認する仕事ではない。
注文書と前金を確認した火曜日、直人は旭電装の倉庫へ入った。
制御盤取付金具47個は、長机の上へ並べられている。
受入検査担当の永田はノギス、高さ計、定盤、板厚を測るマイクロメーターを用意していた。河合のほかに、購買係長の藤崎、設備保全、設計、品質保証の担当者も立ち会っている。
「同じ棚に入っていた分は、これですべてです」
永田が言った。
金具には協力工場名が刻まれておらず、箱から出した後に発注先を示す札も外されていた。
どの会社が作ったものかは追えない。
だが、何に使える品物なのかは、現物と正式な条件を照らせば分けられる。
「最初に、何をもって使用可能とするか決めてください」
直人は、品質保証の担当者へ向いた。
「穴の間隔だけ合っていても、黒瀬から『使えます』とは言えません」
設計担当者が、これまで旭電装内に残っていた4種類の図面を机へ広げた。
穴間隔は80ミリと82ミリに分かれているが、材質はいずれも冷間圧延鋼板、板厚は2ミリ。外形、穴径、曲げ角度、表面処理も共通していた。
違うのは、取付穴の間隔と、用途の明記があるかどうかだった。
過去1年分の発注書を調べると、3社すべてに同じ材質と表面処理が指定されている。受入時の表面処理記録も残っていた。
「発注先までは追えなくても、旭電装が同じ材料と処理で注文した在庫だという記録はあります」
品質保証の担当者が言った。
「板厚、外形、穴径、曲げ角度、表面状態を全数確認し、80ミリ用と82ミリ用に分けます。そのうえで、旭電装の社内設備に限って使用を承認します」
「承認者も記録へ残してください」
「品質保証と設計で連名にします」
現物へ直接文字を書くことはせず、1個ずつ番号札を付ける。
永田が穴間隔と穴径を測り、設備保全が定盤の上で取付面の浮きを見る。設計担当者は板厚、外形、曲げ角度を図面と照合し、品質保証が返り、変形、表面処理の状態を確認した。
午前中いっぱい掛けて47個を調べると、穴間隔80ミリのものが11個、82ミリのものが28個あった。
長穴へ手直しされたものが5個。
穴の縁を削られ、元の寸法を判断できないものが3個。
合計47個である。
「80と82は、そのまま使用可能品へ移していいですか」
永田が尋ねた。
「ほかの項目が全部合えば、旭電装さんの承認で使えます」
直人は答えた。
「ただし、どの設備用かを分けた箱へ入れてください。ここで同じ箱へ戻したら、今日測った意味がなくなります」
長穴へ手直しされた5個には、赤い保留札を付けた。
「長穴なら、80にも82にも使えるんやないですか」
藤崎が、1個を手に取った。
「付けやすくはなります」
直人は、長穴の幅を測った。
「けど、締めた後にどちらの方向へ力が掛かるか、ボルトと座金で十分に保持できるかは別です。便利そうやから標準にする、では決められません」
設備保全の担当者が、思い当たったように口を開いた。
「旧型制御盤のうち1台、ボルト位置が少しずれてます。止める時間が取れなくて、金具側を削って合わせたことがあります」
「設備を直さず、金具を毎回削っていたんですか」
河合が尋ねた。
「はい。交換だけなら短時間で済んだので」
長穴品を第3の標準品へする話は、その場で止まった。
設備保全と設計が対象設備を確認し、すぐに修理できない場合だけ、使用設備、使用期限、締結方法を記した臨時使用票を発行する。旭電装の承認なしに、倉庫から長穴品を持ち出すことは認めない。
午前11時過ぎ、設備保全から使用台数と交換実績が出された。
80ミリ品を使う旧型制御盤は4台。年間の交換数は、多い年でも6個ほどだった。そのうち2台は来年度に更新予定で、残る2台も3年後を目安に更新計画へ入っている。
82ミリ品を使う現行設備は17台。月平均使用数は45個で、増設や定期交換が重なる月には50個を超える。
旭電装はこれまで、2種類を区別せず「制御盤取付金具」として月50個前後を発注していた。
「80と82を何個ずつ作るかは、注文書に書いてなかったんですか」
直人が尋ねると、藤崎が過去の発注履歴を開いた。
「書いていません。各社へ『前回同等品』として出していました」
田村製作所へ多く注文した月は、同社が保管する図面に従って82ミリ品が増える。
別の協力工場へ振った月は、80ミリ品や長穴へ変更された品物が増える。
旭電装は必要数を決めていたつもりでも、倉庫へ入る内訳は、発注先が手元に残していた図面によって変わっていた。
「47個の中身が毎回違った理由は、これやな」
河合が発注履歴を見た。
「発注先を変えるたびに、在庫の仕様まで変わっていた」
「各社は前回と同じものを作っていただけです」
直人は言った。
「旭電装さんの中だけで、前回の意味がひとつやと思ってたんです」
午後から、設計部門が品番を正式に分けた。
80ミリ用には旧型制御盤用の新しい品番、82ミリ用には現行設備用の新しい品番を付ける。図面番号も別にし、いずれも初版として発行した。
図面には、材質、板厚、外形、穴径、曲げ角度とその許容差、表面処理を記載する。備考欄には、使用する設備区分も入れた。
設計、品質保証、設備保全、生産管理、購買が内容を確認し、それぞれの欄へ署名する。
さらに、旧品番と過去の4種類の図面について、
「今後の新規発注には使用しない」
と記した失効通知を作った。
協力工場へ新図面だけを送り、古い紙が自然に消えるのを待つのではない。どの図面が使えなくなったのかを一覧にし、田村製作所、大森板金、光洋製作所から受領確認を返してもらう。
前回の確認会で田村社長が求めたことを、旭電装は最初の発注前に実行した。
在庫47個の検査結果も、午後にはまとまった。
82ミリ品28個のうち、26個は寸法、形状、表面状態が正式図面に適合した。残る2個は返りが大きく、仕上げ直しの確認へ回す。
80ミリ品11個のうち、10個は適合。1個は曲げ角度が許容差を外れていたため保留となった。
長穴品5個と元寸法を判断できない3個を合わせ、保留品は合計11個。
使用可能とした36個については、品質保証と設計が社内設備用として承認した。発注先不明のため、協力工場別の品質実績へは使わない。
倉庫には、80ミリ用、82ミリ用、調査中の3区画が設けられた。
各箱には、品番、図面番号、数量、検査日、承認者を書いた札を付ける。
その日の夕方、旧型制御盤を使う工程から、80ミリ品を1個出してほしいと依頼が入った。
以前なら、同じ棚から穴の合いそうな金具を探し、現場へ持っていってから確かめていただろう。
永田は80ミリ用の箱から、検査済みの1個を取り出した。
品番と図面番号を確認し、使用設備と払出日を記録する。翌日、取付作業は手直しなしで終わった。
80ミリ品の在庫は9個。
安全在庫は4個と定めたが、年間使用数と設備更新計画を考えれば、すぐに追加発注する必要はない。
一方、82ミリ品の使用可能在庫は26個だった。
過去半年の平均使用数は月45個。次の10営業日で予定されている交換と組立分が18個あり、納入時点では在庫が8個まで減る見込みだった。
旭電装は安全在庫を15個と定めた。
このままでは、次回納入までに安全在庫を7個下回る。
「今まで通り50個発注するんですか」
藤崎が尋ねた。
「習慣で決めず、納入後の在庫を見ます」
河合は計算表へ数字を書いた。
現在庫26個から、納入までに18個を使用する。
残り8個。
50個を受け入れれば58個になる。
その後の1か月で45個を使えば13個まで減り、安全在庫15個をわずかに下回る。
「初回は50個で必要です」
河合が決めた。
「次回からは使用実績と増設予定を見て、発注数量を毎月決める。50個を固定にはしない」
正式図面が発行された翌日、購買は田村製作所、大森板金、光洋製作所の3社へ、同じ見積依頼書を送った。
対象は82ミリ用50個。
図面番号、改訂記号、納期、箱への表示方法、初品記録の提出条件を同じにする。
翌々日までに、3社から回答が届いた。
田村製作所は1個430円。納期10営業日、月80個まで対応可能。82ミリ用の治具と過去の測定記録があり、初回から5個ごとの寸法記録を提出できる。
大森板金は1個445円。納期12営業日、月40個まで。製作は可能だが、82ミリ用の治具を新たに確認する必要があり、初回のみ準備費が掛かる。
光洋製作所は1個440円。納期10営業日、月60個まで。ただし、過去に82ミリ用を製作した記録がなく、最初の5個を試作確認してから残りへ進みたいという条件だった。
これまでの単価は、品番を分けず1個420円だった。
「田村さんが一番安いから、田村さんですか」
藤崎が尋ねた。
「10円だけで決めへん」
河合は3社の回答を並べた。
「今回は、納入までに在庫が8個へ減る。試作確認を挟んで納期が延びる余裕は少ない。田村さんには82ミリ用の治具と記録があり、50個を予定日に納められる」
大森板金は前回の不良2件について、是正確認の途中だった。
光洋製作所は、品質記録が整っている一方、82ミリ品は初回立ち上げになる。
価格、納期、能力、過去の製作記録を比べた結果、最初の50個は田村製作所へ発注することになった。
「次も田村さんへ固定するんですか」
「固定しない」
河合は答えた。
「次回は、使用実績と各社の準備状況を見て決める。大森さんと光洋さんにも、正式図面と失効通知は同じように渡す」
藤崎は、420円と430円の差を計算した。
月50個なら500円。年間600個なら6,000円の上昇になる。
「購買の単価差異には、品番分割と追跡記録の追加分と書きます」
「10円を払ったから、何個でも作ってええわけやないですよ」
直人が言った。
「82ミリを月50個使っているつもりでも、今までは80や長穴が混じっていた。正しく分けた後の使用実績を見たら、必要数が変わるかもしれません」
「来月から、払出数も品番別に出します」
藤崎は、発注数の欄へ50と記入した。
翌週月曜日、旭電装から田村製作所へ、新しい品番による最初の注文書が届いた。
対象は82ミリ用50個。
注文書には、品番、図面番号、改訂記号、使用設備の区分、納期、箱へ表示する内容が記されている。
同封された失効通知には、これまで使われていた旧品番と4種類の図面番号が並び、今後の新規注文には使用しないと書かれていた。
田村社長は、事務員から渡された注文書と失効通知を見比べた。
旧図面を入れていた袋から、82ミリの青焼き図面を取り出す。右上へ「使用終了」と記し、新しい図面とは別の保管棚へ移した。
新しい注文書には、以前書かれていた「制御盤取付金具 前回同等品」という言葉がない。
どの図面を使うのか。
何個作るのか。
どの記録を残すのか。
すべて、電話で聞き直さなくても分かった。
田村は新しい図面番号を作業票へ転記し、50個分の材料を現場へ回した。
単価は1個430円。
確認の電話は、一本も掛からなかった。
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