第155話 同じ品番を割る

 北河の量産展開室が動き始めてから、2週目の月曜日。


 直人が部屋へ入ると、壁に掛けられた5品種の札のうち、「保護カバー受け」の下だけに紙が増えていた。


 片岡、西川、購買担当者の3人が、使用現場から集めた資料である。


 事務所が管理していた現行図面は1枚。管理番号のない複写が6枚あり、そのうち3枚には、取付穴の位置を直した鉛筆線が引かれていた。残る3枚にも、「第3工場用」「外へ曲げる」「そのままでは当たる」といった書き込みがある。


 北河側の3人は、黒瀬へ判断を求める前に、保護カバー受けを使っている機械の数まで調べていた。


 第1工場に6台、第3工場に5台。同じ品番の部品が、合計11台で使われている。


「現物を外して測った結果です」


 西川が一覧表を差し出した。


 第1工場の6台は、事務所にあった現行図面とほぼ同じ寸法だった。ところが、第3工場の5台は取付穴の中心が6ミリ外側へずれ、曲げた先端の角度もわずかに開いている。


「製作会社が間違えたわけではありません」


 片岡が説明した。


「第3工場の機械は、4年前に配置を変えた時、保護カバーの土台を作り直していました。その時に部品側の図面を改訂せず、届いた品を現場で削ったり曲げたりして合わせていたようです」


 購買担当者は、古い発注記録を机へ置いた。


「注文はずっと同じ品番です。第3工場へ持っていった後で、合わない分だけ現場で直していました」


「直す担当は決まってたんですか」


 直人が尋ねると、片岡は空白のまま残された欄を指した。


「班長がやった時期もあれば、保全担当がやった時期もあります。誰が、どこを、どれだけ直したかは残っていません」


 帳簿の上では1種類でも、現場には形の違う2種類が存在している。


 作業者が入れ替われば、削る位置も曲げる角度も引き継がれない。11台のうち1台には、取付穴を片側だけ大きく削った部品が使われていた。別の1台では、曲げ直した跡に細い割れが見つかっている。


 北河は割れの見つかった機械を、その日のうちに使用保留とした。保護カバーを支える部品だけに、交換品が決まるまで動かさないという判断だった。


「ほかの10台も、すぐ交換した方がいいでしょうか」


 購買担当者が尋ねた。


「カバーと回転部の隙間、ボルトの緩み、曲げた跡に割れがないかを先に見てください。問題のないものまで、記録なしで一斉交換する必要はありません」


 直人は一覧表の余白へ確認項目を書いた。


「ただ、次に注文する品を、今までと同じ形にはできません」


 設備技術の松村係長も量産展開室へ呼ばれた。


 松村は第1工場と第3工場の測定結果を見比べ、取付穴を長くする案を出した。


「長穴にすれば、1つの部品で両方に使えませんか。品番を分ければ、図面も在庫も発注も増えます」


 購買担当者も、管理上はその方が助かるという顔をした。


 直人はその場で否定せず、実物を見てから決めることにした。


 第3工場では、対象の機械を停止し、電源を切ったうえで保全担当者がカバーを外した。取付位置と回転部との隙間を測り、長穴にした場合に部品が動ける範囲を紙へ書き込む。


「6ミリ動かせるようにすると、締める場所によってカバーも内側へ寄ります」


 西川が巻尺を当てた。


「一番内側で締めると、回転部との隙間が4ミリ減ります」


「ボルトを強く締めれば、動かないんじゃないですか」


 松村が尋ねた。


「最初は動かんと思います」


 直人は、現場で削られた古い部品を手に取った。


「けど、交換する人が毎回同じ位置で締める保証はありません。長穴の端でも組めるなら、そこも正しい位置やと思われます」


 部品を1種類にまとめれば、在庫表は簡単になる。その代わり、取り付ける人へ6ミリ分の判断を渡すことになる。


 正しい位置を示す基準線も確認台もなく、保護カバーと回転部の距離は締め方次第で変わる。


 松村は第1工場の機械も確認した後、共用案を取り下げた。


「品番を分けましょう。機械側の差を、部品側で曖昧に吸収するのは危ないです」


「第1工場用と第3工場用で、図面も発注も分けます」


 西川が決めると、購買担当者が在庫表を開いた。


「今ある在庫が17個あります。見た目だけでは、どちら用か分からないものも混じっています」


「候補会社を探す前に、全部測ります」


 片岡が答えた。


「分類できたものだけ新しい品番へ振り替え、どちらにも当てはまらないものは使わない。旧図面の回収も終わらせます」


 量産展開室へ戻ると、西川は候補選定の保留記録へ解除条件を書いた。


 使用機械11台の区分確定。新しい2種類の図面発行。旧図面と現場複写の回収。在庫17個の分類。機械側への使用区分表示。


 どれか1つでも残れば、候補会社へ製作図面を出さない。


 直人は内容を読み、機械側の表示を指した。


「表示は、カバーを外しても残る場所にしてください。部品側だけに書いても、交換する時には外されています」


 西川はその場で解除条件を書き直した。


 翌日から、北河側で在庫17個の測定が始まった。


 第1工場用として使えるものが9個、第3工場用が6個。残る2個は、穴位置が途中まで削られ、曲げ角度もどちらの基準にも合わなかった。


 履歴のない2個は「使用不可」として隔離された。削り直して使う案も出たが、どの機械へ合わせようとした品なのか分からず、採用されなかった。


 第3工場用と判定された6個のうち1個は、割れの見つかった機械へ回された。


 保全担当者が交換し、カバーと回転部との隙間、ボルトの締結、開閉時の干渉を確認する。西川が交換時刻と使用した在庫番号を記録した後、機械の使用保留は解除された。


 外した割れ品は、使用不可の2個とは別に「破損原因確認用」として隔離される。


 交換後の在庫は、第1工場用が9個、第3工場用が5個となった。


 松村は2種類の図面を作り、元の品番の後ろへAとBを付けた。


 Aは第1工場用、Bは第3工場用である。


 図面には形状と寸法だけでなく、適用する工場と機械管理番号の一覧が添えられた。第3工場の5台には、保全担当者が金属製の表示板を取り付ける。


「交換部品 Bを使用」


 表示板は、保護カバーを外しても機械本体に残る位置へ固定された。


 旧図面と管理番号のない複写も回収された。


 正式な旧図面は、表面へ大きく「廃止」と日付を押した1部だけを品質保証課で保管する。現場へ配られていた旧図面と、作業者が作った管理番号のない複写は、枚数と回収元を記録してから裁断した。


 書き込まれていた内容については、必要な変更と作業者だけの目安に分け、変更として残すものだけを新図面へ反映している。


 木曜日の午後、西川から黒瀬精機へファクスが届いた。


 AとBの図面、在庫17個の分類表、交換記録、旧版回収記録、機械表示の写真である。


 表紙には北河側の3人による確認欄があり、片岡は使用現場と工程、購買担当者は在庫区分と発注方法、西川は図面番号と旧版回収を確認していた。


 候補選定の保留を解除し、AとBの両方を製作できる候補会社2社から資料を集めるとも記されている。


 直人は図面を広げ、寸法と識別方法を確認した。


「AとBで図面は2枚になりましたけど、候補会社と確認日は同じにできます」


 片岡が電話で説明した。


「契約上の扱いはどうなりますか」


「同じ会社で、同じ日に現場確認と初回確認をするなら、保護カバー受け1品種として扱います」


 直人は答えた。


「ただし、AとBを別々の会社へ出すことになったり、確認日が分かれたりした場合は追加になります。試作品の製作費も、AとBそれぞれ候補会社へ払ってください」


「その条件で進めます」


 翌週、北河の3人は候補会社2社から届いた設備一覧、通常勤務内の生産数、図面配布方法を比較し、1社を最終候補に選んだ。


 選ばれなかった会社についても、価格だけを理由にはしなかった。


 曲げ加工を外注しているにもかかわらず、外注先へ渡した図面番号と、戻ってきた品物の番号をつなぐ記録がなかったことが、選外の理由として残されている。


 黒瀬へ届いたのは、2社分の資料をそのまま束ねたものではない。


 選んだ理由と落とした理由が、北河側の言葉で1枚にまとめられていた。


 契約通り、直人と森川は最終候補の工場へ同行することになった。


 訪問は翌週水曜日。午前中に工場を確認し、午後は北河へ戻って記録を整理する。黒瀬精機への帰着は午後4時までという予定が組まれた。


 北河側が確認する項目と、黒瀬へ判断を求める項目も分けられている。


 候補工場では、AとBを同じ棚へ置く予定になっていたことと、曲げ確認に使う見本へ識別番号がなかったことが、改善項目として挙がった。


 西川はその場で試作開始を保留した。


 A用とB用で箱と作業票を分け、曲げ確認用の見本にも図面番号を付ける。改善後の写真と記録を北河側で確認するまで、製作図面は渡さないことになった。


 直人と森川が黒瀬精機へ戻ったのは、予定内の午後3時40分だった。


 作業場には、北河向け既存品の箱が出荷前の区画に並んでいる。予定は15組で、箱の数も15あった。


 直人は無意識に測定台へ向かいかけたが、森川が作業記録を差し出した。


「今日の分は閉じてます。保留はありません」


「途中で何もなかった?」


「宮田が1個止めました。穴の入口に傷があったんで、加工し直して交換済みです。止めた品は赤箱に残して、番号も付けてあります」


 記録には、午前11時12分に宮田が停止し、11時25分に森川が確認、午後1時10分に代替品の加工を終えたと書かれていた。


 出荷予定は変わっていない。


「俺も15組を見とこうか」


 直人が言うと、森川は測定台の前から動かなかった。


「見てもええですけど、最初から全部やり直すなら、俺が閉じた意味がなくなります」


 責めるような口調ではない。


 直人が外で仕事をするたび、帰ってから森川の判断をすべて確認するのであれば、黒瀬精機の中には同じ仕事が二重に残る。


「赤箱の1個だけ、明日の朝に見る」


「それでお願いします。15組はこのまま出します」


 直人は測定台から離れた。


 翌朝、赤箱の品を確認すると、森川と宮田の判断に問題はなかった。傷の位置と深さが記録され、代替品へ替えた理由も残っている。


 直人は出荷確認欄へ判を押さず、赤箱の品を見た時刻だけを余白へ書いた。


 15組の出荷判断は、前日に森川が終えていたからである。


 同じ日、北河の3人は黒瀬を呼ばず、候補工場を再確認した。


 A用とB用の箱は別の棚へ分けられ、作業票の端にも大きくAとBが印刷されていた。曲げ確認用の見本には、それぞれの図面番号と使用期限が刻まれている。


 西川は写真だけで済ませず、現物と記録を照らし合わせた。片岡が工程を確認し、購買担当者も外注先へ渡す図面番号の記録方法を確かめる。


 2項目が直っていることを3人で確認した後、西川は試作開始の保留を解除した。


 その日の午後、北河から新しい発注書の写しが届いた。


 保護カバー受けAとBは、同じ最終候補会社へ、それぞれ別の数量と金額で試作注文が出されていた。


 同じ品番のまま現場で形を変えていた仕事が、初めて2種類の正式な仕事へ分かれた。


 黒瀬精機の受注予定には、AもBも書き加えられなかった。


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