第153話 空欄に入った月
青葉工業の再確認日は、北河から追加の注文書が届いた翌日に確定した。
半日の再訪と確認記録で4万8千円。隆夫が注文書の品名と金額を確かめ、佐野真紀が量産展開のファイルへ綴じてから、直人と森川修一が青葉工業へ向かった。
最初の訪問から、ちょうど2週間が過ぎている。
作業場へ入ると、以前は材料箱が置かれていた壁際に、低い確認台が据えられていた。両側から人が通れるだけの幅が確保され、台の上は白い線で「確認中」「合格」「保留」の3か所に分けられている。
棚も設けられていたが、品物を肩より高い位置へ置かないよう、上段には「使用禁止」の札が貼られていた。
「専用台はここにしました」
製造課長の東が説明した。
「北河さんの別部品を使って、10営業日動かしています。通常の加工を止めず、確認だけ別の流れへ分けました」
片岡が差し出された記録をめくる。
10日間で確認したのは20組。基本は1日2組だが、旧版の図面が1枚見つからなかった日は1組で止め、翌日に3組を確認していた。
確認にかかった時間は、1組につき最短16分、最長24分。3組を扱った日も通常勤務内に収まり、残業時間の欄には、10日間すべて「0」と記されている。
「確認台は、1日3組でも回せるんですね」
森川が尋ねた。
「はい。ただし、毎日3組を入れるつもりはありません」
東ではなく、班長が答えた。
「別の仕事と重なる日や、保留品が出た時の余裕を残すため、通常は1日2組です。月20日で40組を上限にしました」
「40組は、設備の限界やなく、無理なく続けるための上限ということですね」
「そうです。機械だけなら、もう少し加工できます。ただ、確認まで含めて続けるなら40組です」
担当者は班長と副担当の2人。さらに、どちらかが休んだ時に記録を扱える者として、もう1人が教育を受けていた。
ただし、3人目だけで出荷判断はしない。班長か副担当のどちらかと組ませることが、作業手順書へ書かれている。
青葉工業は、前回指摘された項目を、ただ書面へ移しただけではなかった。
図面の配布先には番号が振られ、誰へ何枚渡したかを事務所で記録している。複写が必要な時は、元の図面番号の後ろへ枝番を付け、改訂版を配る前には旧版を回収する。
配布した枚数が揃わなければ、その図面を使う加工と確認の両方を止め、新しい図面は出さない。
東は、運用3日目の記録を開いた。
「この日に、旧版が1枚足りなくなりました」
片岡が顔を上げる。
「見つかったんですか」
「保全担当が、機械の裏に置いていました。故障した時に穴位置を確認するため、自分で複写したそうです」
「管理番号は?」
「ありませんでした」
東は言い訳をせず、停止記録を差し出した。
午前10時18分、旧版不足を確認。午前10時25分、該当図面を使う加工と確認を停止。午前11時42分、保全室で旧版を発見。午後1時、配布枚数を確かめて作業を再開したとある。
「その日に予定していた2組は?」
直人が尋ねた。
「1組だけ確認して、残りは翌日へ回しました。翌日は3組になりましたが、確認台にも担当者にも余裕があったので、残業せずに終わっています」
「遅れを取り返すために、その日の終業後へ押し込まなかったんですね」
「止めた理由が図面管理なのに、急いで確認を飛ばしたら意味がありませんから」
班長の返答を聞き、森川は記録の余白へ小さく印を付けた。
「この止め方なら、続けられると思います」
処理先へ出す品物の流れも変わっていた。
専用の金網かごには、外側と内側の両方へ作業番号が付いている。品物そのものにも、取付面や接触部から離れた位置へ浅い識別番号を入れ、処理先の受領票には、受け取った数量とかご番号を書かせていた。
処理先で別のかごへ移す場合は、移し替えた時刻と担当者名を残す。
「処理屋さんからは、そこまで必要かと言われました」
東が苦笑した。
「どう答えました?」
「番号がつながらない品物は、青葉では受け取れないと伝えました。記録できないなら、別の処理先を探すとも言いました」
以前の青葉工業なら、処理先のやり方へ合わせていたのかもしれない。
今は、月40組を引き受ける条件として、自社だけでなく外注先の流れまで変えようとしている。
一行は確認台へ移った。
試運用に使われた北河向け別部品が、確認中の区画に2組置かれている。班長が図面番号と作業番号を読み上げ、副担当が記録表と照らし合わせた。
確認は、1人の記憶に頼らず進められた。
片方の品には、処理後の汚れがわずかに残っていた。寸法には影響していないものの、副担当は合格区画へ置かず、保留へ移した。
「これは使えないんですか」
片岡が尋ねる。
「今の受入条件なら使えます。ただ、汚れが残った理由を記録できないまま合格にすると、次に同じ状態が出た時の判断ができません。処理先へ確認してから移します」
副担当はそう答え、問い合わせ欄へ品番と時刻を書き込んだ。
森川は確認台の周囲を一周し、材料箱を運ぶ通路や、担当者が立つ位置を見た。保留品を合格品へ重ねる場所も、確認途中の品物を別の箱へ紛れ込ませる余地もない。
「通常勤務内で、月40組を続けられると思います」
森川が言った。
「条件は、確認台をほかの仕事の置き場にせんこと。担当者が揃わん日は無理に流さず、翌日へ回すこと。それと、40組を超える話が出た時は、もう一度人と時間を見直すことです」
片岡が確認記録へ書き加えた。
「青葉工業は、試作20組へ進めるという判定でいいですか」
直人は東と班長を見た。
「はい。ただし、正式図面と試作注文書が届くまでは作らないでください。試作中に図面が改訂された場合も、旧版の回収が終わるまで次の加工へ進まないことを条件にします」
「分かりました」
東は、赤字の入った見積検討用図面を見た。
「今度は、先に作りません」
北河は再確認記録を受け取った翌日、青葉工業へ試作20組の注文書を出した。
佐野は「見積検討用・製作不可」の図面が返却されたことを確認し、現行の製作図面と試作指示書へ発送番号を付ける。正式図面が青葉へ届いてから、試作が始まった。
黒瀬精機から毎日人を出すことはしない。
青葉工業が自分たちで加工し、処理前後の測定値と作業番号を残す。確認に迷った品物は止め、青葉から北河へ連絡し、黒瀬の判断が必要な場合は北河から正式に依頼を受ける。
試作開始から7営業日後、青葉工業から北河へ1枚の保留票が送られた。
14番の品だけ、処理後の穴径は許容範囲に収まっているものの、確認台へ入れる時の抵抗がほかより大きい。押せば入る程度だったが、班長は工具も力も加えず、その場で止めていた。
黒瀬へ直接電話は来なかった。
片岡が保留票と測定記録を確かめ、初回試作確認の範囲として黒瀬へ判断を依頼した。
送られてきた14番を、直人と森川が黒瀬精機の確認台へ置く。工具を使わずに試すと、途中でわずかに重くなった。
穴の入口に異常はない。拡大鏡で奥を確認すると、黒色処理の後に残った小さな盛り上がりが見つかった。
「青葉さんの加工寸法は外れてません」
森川が測定記録を指した。
「削って合わせるんやなく、処理の方へ原因を返した方がええですね」
「うん。初回試作で手直しを覚えさせたら、次から削れば通ると思われる」
判定は北河を通じて青葉工業へ戻された。
青葉は14番を試作確認の対象から外し、処理先と原因を調べた。処理後の水切りで、品物を同じ向きに立てていたため、穴の奥側に処理液の残りが生じやすくなっていた。
かごの中で品物の向きを交互に変え、水洗い後の確認箇所も増やす。変更内容は作業記録へ追記され、代替品が1組作られた。
3営業日後、代替品を含む20組が揃った。
初回確認は青葉工業の確認台で行われ、直人と森川も立ち会った。ただし、品物を手に取ったのは青葉の班長と副担当である。
20組すべてについて、図面番号、個体番号、処理前後の測定値を照らし合わせ、工具を使わずに確認台へ通していく。
代替品も引っ掛かりなく所定位置まで入り、戻す時に重さはなかった。
最後の1組を合格区画へ移した後、片岡が初回確認記録へ署名した。
「青葉工業は、月40組までの継続生産へ移します」
東は継続条件を読み返した。
「確認台の専用使用、月40組を超える場合は再協議、図面改訂時は旧版回収が終わるまで加工停止。これで受けます」
「休日出勤で作れる月があっても、勝手に上限を変えないでください」
森川が言った。
「増産の話が出た時は、その時点の通常仕事と確認できる人数を見て、改めて数を決めましょう」
「分かりました」
東は、月40組と書かれた継続生産条件へ判を押した。
翌週、北河から青葉工業へ量産注文書が出た。
黒瀬精機が月65組、山根製作所が25組、青葉工業が40組。3社を合わせれば、月130組になる。
北河は、空白になっていた2つ目の新工場の開始月を、翌月に定めた。
ただし、青葉工業の初月40組については、処理前後の記録がすべて揃うこと、保留品を合格品へ混ぜないこと、代替品が出ても残業を前提に日程を戻さないことが、開始条件へ加えられた。
その翌月、2つ目の新工場が稼働を始めた。
青葉工業の量産初月では、加工を終えた品物のうち2組が処理後確認で止まった。
1組は識別番号が黒色処理で読みにくく、もう1組は穴の入口に付着物が残っていた。どちらも確認台で保留へ移され、出荷数には入れられない。
確認台は1日3組まで扱える余裕を持たせていたため、青葉は予定へ残業や休日出勤を足さず、翌日の通常勤務で代替2組を作った。
月間の生産数は、保留分を含めて42組。北河へ合格品として出荷したのは、契約通り40組だった。
黒瀬精機の65組と山根製作所の25組も予定数を揃え、月産130組の体制が初めて動いた。
月末、北河から3社分の集計が届いた。
合格出荷数130組。量産工程で止めた品2組。現場へ送った後の押し込み使用は0件。確認記録の欠落も0件。
黒瀬精機の予定表に書かれた数は、月65組のままだった。
山根の25組も、青葉の40組も、黒瀬の作業台には入ってこない。増えたのは黒瀬が抱える品物ではなく、同じ条件で止まれる工場の数だった。
集計表の最後には、片岡の手書きで一行が添えられていた。
「別の5品種についても、同じ方法で展開できるか相談したい」
隆夫はその紙を直人へ渡した。
「今度は、130組より大きい話になるかもしれんな」
直人は5品種の名前と現在の月産数を確かめたが、その場で受けるとは答えなかった。
佐野は集計表の写しを量産展開のファイルへ綴じ、5品種の相談票だけを赤い未判断トレーへ置いた。
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