第218話 黒瀬を通さなくていい

「板金主体なんで、最初は南田さんへ持っていったんです」


 2019年9月上旬。


 午前10時過ぎ。


 東大阪商工会議所の藤野が、七枚の図面を直人の机へ広げた。


 依頼元は八尾の食品機械メーカー。


 包装ラインの搬送部を改造するための部品で、必要数は各10個。


 板金が三点。


 軸物が二点。


 樹脂品が二点。


 図面を見れば、誰が中心になる仕事かは分かる。


「それなら南田さんで合ってますやん」


 直人が言う。


「加工の振り分けまでは、南田さんも同じことを言っていました」


「その先?」


「一括で注文を受けて、他社分まで発注して、最後に一枚の請求書を出してほしいそうです」


「そこか」


 直人は図面から顔を上げた。


 町工場同士で仕事を回すこと自体は、昔からやっている。


 板金なら南田。


 樹脂なら大西。


 軸物なら黒瀬。


 必要な工場へ必要な図面だけ渡し、加工が終われば次の工程へ回す。


 それはもう珍しくない。


 今回、食品機械メーカーが求めているのは、その先だった。


「客は七社に注文出したくない?」


「七社ではありませんが、考え方はそうです。窓口を一社にしたい、と」


「見積も一枚。注文も一枚。納品も一式。請求も一枚」


「はい」


「南田さんは?」


「加工のまとめ役ならやれる。でも、他社分の代金まで自分が受けて払う形は経験がない、と」


 直人は七枚の図面をもう一度見た。


「南田さん呼びましょう」


          ◇


 一時間後。


 南田板金の南田がやってきた。


「藤野さんから聞いたで。またややこしい話持ってきたな」


「俺が持ってきたんちゃいますよ」


「お前が慣れてるからやろ」


「慣れてるだけで、好きとは言うてません」


 南田は机に並んだ図面を見た。


「加工の話やったら簡単や。板金三点はうち。軸二点は黒瀬。樹脂二点は大西さん。前からやってる」


「そこは俺も何も言うことないです」


「問題は、そのあとや」


 南田が指を折る。


「客から俺が七点まとめて注文受ける。黒瀬と大西さんに俺から注文出す。納期そろえる。全部いったん確認する。客へ一式で納める。請求書も俺のところから一枚」


「そうです」


「黒瀬が前からやってるやつやな」


「2012年からやってます」


「簡単そうに言うけど、金の流れまで持つんは加工の段取りとは別やで」


「そこが今回の話です」


 南田は椅子に深く座った。


「黒瀬が受けたらええんちゃうんか」


「受けられますよ」


「ほな――」


「でも今回、板金主体です」


 直人は三枚の板金図面を南田の前へ寄せた。


「昔から、板金主体なら南田さん中心で回した方が早いってやってきたでしょう」


「工程はな」


「商売も同じにしたらええと思うんです」


 南田が黙る。


「黒瀬が毎回窓口になったら、一式で受ける仕事が増えるたびに、全部うちへ寄ってくる。加工できる会社は何社あっても、注文をまとめるところだけ黒瀬一社やったら、そこが詰まります」


 藤野が頷いた。


「商工会議所としても、その方が広がりやすいですね」


「広げる言うてもなあ」


 南田は腕を組んだ。


「客に何か言われたら俺が答えるんやぞ」


「そうです」


「大西さんが遅れたら?」


「南田さんが確認する」


「黒瀬が不良出したら?」


「南田さんが客へ一次対応する。もちろん、原因と作り直しは黒瀬が責任持ちます」


「請求したあと、客の入金が遅れたら?」


「南田さんが抱える」


「嫌な話ばっかりやないか」


「元請けってそういうもんでしょう」


 南田は直人を睨んだ。


「お前、楽しんでへんか」


「全然」


「顔が笑ってるで」


「南田さんが昔の俺と同じこと言うからです」


          ◇


「で、取りまとめの金はどうするんや」


 南田が聞いた。


「南田さんが決めることです」


「参考ぐらい言え」


「タダではやらん方がええです」


「そこは分かる」


「なら、加工してへんから金取ったらあかん、とは思わんことです」


 直人はメモ用紙を一枚取った。


「客から図面受け取る。各社へ見積依頼する。戻ってきた金額確認する。納期合わせる。正式注文出す。図面変更あれば回す。完成品そろえる。出荷する。請求する」


 一行ずつ書いていく。


「これ全部、時間掛かるでしょう」


「掛かるな」


「誰かやらな回らんでしょう」


「回らんな」


「なら仕事です」


「加工してへんのに?」


「旋盤回してへんだけです」


 南田がメモを見る。


 藤野が口を挟む。


「初回なら、取りまとめ費として見積に分けて出してもいいと思います」


「客、嫌がらへんか」


「金額と説明次第でしょうね」


 直人も頷く。


「隠して各加工費へ散らすより、最初は何に金掛かってるか分かる方がええと思います」


「黒瀬もそうしてる?」


「案件によります。でも、他社分までまとめる手間をゼロ円扱いはしてません」


「昔から?」


「最初から完璧ではなかったですけどね」


「そこだけ安心したわ」


「何がです?」


「お前も最初から全部分かってたわけちゃうんやな」


「そらそうですよ」


          ◇


 次に話題になったのは図面だった。


「俺が客から七枚もろて、黒瀬と大西さんへ何を送る?」


「黒瀬には二枚だけでいいです」


 佐野が答えた。


 南田が事務所の奥を見る。


「二枚だけ?」


「黒瀬が作る軸物二点の正式図面だけです。大西さんには樹脂二点。南田さんの板金図面までこちらで持つ必要はありません」


「全体の図面は?」


「窓口の南田さんが持つ」


「変更入ったら?」


「変更された部品を作る会社へ、新しい正式版を渡してください」


「電話で『ここの穴だけ変わった』は?」


「加工を進めるなら、正式な差し替えをもらってからの方がいいです」


「黒瀬ではどうしてる?」


「お客さんから受け取った正式版と、協力先へ渡した版を確認できるようにしています」


「共有フォルダみたいなん作って、全員入れたら早ない?」


 佐野は首を振った。


「早いですけど、必要のない図面や客先情報まで全社に見せる理由はありません」


「単価もあるしな」


「はい。誰がいくらで受けているかまで共有する必要もありません」


 直人は黙って聞いていた。


 そこは昔から変えていない。


 便利だからといって、各社の客先や価格まで一か所へ集めればいいわけではない。


「南田さんが元なら、南田さんが原本管理」


 直人が言う。


「黒瀬は黒瀬分だけ責任持つ。大西さんも同じ。それでええです」


「注文書は?」


「正式に出した方がええです」


「電話一本で頼むんちゃうんか」


「今回から商売の形まで持つんでしょう」


「急に冷たいなあ」


「逆です。曖昧にしたら南田さんが一番困ります」


 南田はしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。


「注文書か」


「品名、数量、図面番号、納期。最低そこは要ります」


「黒瀬にも?」


「もちろん」


「昔から知ってる仲やのに?」


「知ってる仲やからこそです」


 南田は笑った。


「そこだけ妙に真面目やな」


「仕事ですから」


          ◇


 二日後。


 南田から電話が入った。


『大西さん、やるって』


「そらやるでしょう」


『黒瀬もやるんやろ』


「加工条件見てからです」


『そこだけ急に他人行儀やな』


「加工できんもんまで、付き合いでできますとは言えませんから」


『森川さんに見てもろて』


「もう見てもらってます。二点とも対応できます」


『ほな見積頼む』


「南田板金宛てで出します」


『客ちゃうぞ』


「分かってます」


『……なんか変な感じするな』


「そのうち慣れますよ」


 電話を切る。


 森川が確認した二点は、どちらも黒瀬で加工可能だった。


 数量は各10個。


 正式発注から三週間あれば無理なく入る。


 直人は黒瀬分だけの見積を作った。


 材料費。


 加工費。


 検査。


 納期。


 それ以外は書かない。


「佐野さん、これ南田さんへお願いします」


「食品機械メーカーさんじゃなく?」


「今回は南田さんがお客さんです」


「分かりました」


 佐野が宛名を確認する。


 長く付き合ってきた会社名が、見積書の提出先へ入った。


          ◇


 翌週。


 南田が再び黒瀬へ来た。


 手には、客先へ出す見積書の控えがある。


「見てくれとは言わん。もう出した」


「それでええです」


「金額も見せへんぞ」


「見せんでええです」


「ほんまに?」


「大西さんの見積も見てませんし」


「気にならへんの?」


「多少は気になりますけど、知る必要はないです」


 南田は少し笑った。


「客から、内訳聞かれたわ」


「取りまとめ費?」


「そう。何してくれる金ですかって」


「何て答えたんです?」


「七点まとめて見積して、各社へ注文して、納期そろえて、一式で確認して納めますって」


「そのままですやん」


「そのまま言うた」


「反応は?」


「分かりました、やって」


「ならええでしょう」


「拍子抜けしたわ」


「ちゃんと説明できる金なら、全部嫌がられるわけちゃいますよ」


「お前、それ昔の俺に教えといてくれや」


「昔の俺もそこまで分かってません」


「またそれか」


          ◇


 9月12日。


 食品機械メーカーから正式注文が出た。


 注文先は南田板金。


 そこから一日置いて、黒瀬精機にも一通の注文書が届いた。


 佐野が印刷した紙を直人の机へ置く。


「南田さんから正式注文です」


 直人は手に取った。


 発注元。


 南田板金。


 発注先。


 黒瀬精機製作所。


 品名は二点。


 数量は各10個。


 納期は10月4日。


 図面番号も記載されている。


 添付されていた図面は二枚だけだった。


「七枚ちゃうんやな」


 直人が言う。


「黒瀬が作る二枚だけです」


「そうやな」


「客先の注文書も付いてません」


「要らんからな」


「南田さんが客先へいくらで出したかも分かりません」


「それも要らん」


 佐野は注文書を見ながら少し笑った。


「今までと逆ですね」


「うん」


 これまでも、南田が中心になって工程を回す仕事はあった。


 黒瀬が現場へ出なくても、協力工場同士で仕事は動いていた。


 ただ、一括の注文を受け、他社へ正式に発注し、代金と納期の責任まで窓口として持つ会社は、黒瀬だけではなくなった。


 直人は注文書を持って工場へ出た。


「森川」


「はい」


「南田さんから正式に来た」


 森川が紙を受け取る。


「二点ですね」


「うん」


「図面も二枚?」


「それだけ」


 森川は注文書と図面番号を確認した。


「ほな、黒瀬はこの二点を作ればいいんですね」


「そういうこと」


「加工開始、いつにします?」


「そこは任せる」


 森川は予定表の方へ歩いていった。


 直人は手元に残った注文書をもう一度見る。


 食品機械メーカーの名前は、備考欄にしかなかった。


 南田が客から受けた総額も、大西の樹脂品の値段も書かれていない。


 黒瀬に必要なのは、二点の品名と数量、納期、そして二枚の図面だけだった。




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