第217話 納期は28日、出荷は26日

「27日と28日は、黒瀬さんから荷物を出さんで済むように組んでもらえると助かります」


 2019年6月17日。


 午前9時を少し回った頃、田端が交通規制の案内を事務所の机へ広げた。


 6月28日と29日に開かれるG20大阪サミット。


 その前後を含む27日から30日にかけて、大阪市内の一般道や高速道路を中心に大規模な交通規制が予定されている。


 直人もニュースで知っていたが、運送会社の田端が気にしているのは規制区間そのものだけではなかった。


「東大阪から直接規制区域へ入らん便でも影響出る?」


「出ると思ってます。普段高速走る車が下へ降りたり、大阪市内避ける車が別の道へ回ったりしますから。どこが何分遅れる、まで読めません」


 田端は案内を指で押さえた。


「走れんとは言いません。ただ、27日の朝に『今日中にお願いします』言われても、いつもの時間では約束せんつもりです」


「そっちも便を減らす?」


「減らします。前から分かってる荷物は26日までに出すか、7月1日以降へずらしてもらってます」


 直人は佐野を見た。


「27日と28日に動かす予定、何件ある?」


「確認します」


 佐野は現在の出荷予定を開いた。


「28日納品が三件です。門真のお客さん、高田包装さん、それと大阪市の包装機械メーカーさん」


 最後の一件で、直人は手を止めた。


 2012年から黒瀬が一式で受けている仕事だ。


 今回は黒瀬加工分が6種、南田板金が3種、大西樹脂が2種。黒瀬分のうち2点には表面処理も入る。


 一社だけ早めれば終わる荷物ではない。


「完成予定は?」


「黒瀬分が26日午前。南田さんは25日予定。大西さんが26日午前です。表面処理分は25日返却予定になっています」


「納期28日やからって、勝手に26日へ持って行くわけにはいかんな」


 田端が頷いた。


「受入側にも都合あります。置き場とか検品する人とか。早着なら何でも歓迎とは限りません」


「まず客に確認する。そのあと協力先と合わせよう」


「それが一番です」


 直人は受話器を取った。


          ◇


 最初に連絡した包装機械メーカーからは、数分待って返事が来た。


『26日の午後なら受け入れできます』


「何時までに入れば大丈夫ですか」


『15時半までなら製造側にも人がいます。27日と28日は、こちらも納入便をかなり減らす予定です』


「分かりました。ただ、協力先の完成時刻まで確認してから、今日中に確定で返します」


『お願いします』


 高田包装は逆だった。


『その部品、28日でなくても大丈夫ですよ』


「設備の補修用ですよね」


『予備として置いとく分です。7月1日で間に合います。うちも28日は荷受け減らすことになってますから、無理に前へ詰めんでください』


「では、7月1日に変更します。時間指定なしで田端さんと合わせます」


『それでお願いします』


 門真の客先は26日の前倒しを希望した。


 同じ「28日納品」でも答えは三つ同じではない。


 直人は電話を置くと、佐野へ伝えた。


「門真は26日。高田包装は7月1日。包装機械は26日午後で調整」


「分かりました」


「田端さん、門真は普通に26日便へ乗る?」


「行き先と荷量見ます。包装機械と同じ車に無理やり積む必要はないですから、そこはこっちで組みます」


「頼む」


「ただ、一式の方は早めに決めたいですね」


「今から南田さんと大西さんへ確認する」


          ◇


 午前10時半。


 協力先の予定がそろった。


 南田板金は25日夕方に完成。


 表面処理分も25日午後に戻る。


 問題は大西樹脂だった。


『26日の午前中には上げます。ただ、今の予定やと10時半から11時ぐらいです』


 電話の向こうで大西が言った。


「無理に25日に詰められる?」


『詰めることはできますけど、別の仕事の順番崩します』


「なら崩さんでええ」


 直人は即答した。


「26日の11時までを前提に、こっちで出荷時間を組む」


『それなら助かります』


「完成したら田端さんに直接連絡してもらってええ?」


『ええですよ』


「ただし荷物はいったん黒瀬へ集めたい。一式そろってるか、こっちで照合してから出す」


『分かりました』


 電話を切り、今度は田端へ掛ける。


 条件を聞いた田端は少し考えた。


『大西さん11時なら、15時半納入は余裕取りにくいですね』


「何とか積んで飛ばす、はやめよう」


『俺もそのつもりです』


「客に時間をもう一回相談する。26日に受ける意味は、無理して急ぐことちゃうからな」


 包装機械メーカーへ再度確認すると、先方は17時までの荷受けに変更してくれた。


 ただし、16時半までに到着予定を連絡すること。


 それなら田端にも余裕がある。


『12時前後に黒瀬さんを出られたら十分です』


「協力先の荷物、田端さんに拾ってきてもらえる?」


『南田さんは朝一、大西さんは完成連絡もろてから寄ります。10時台に上がれば11時半ぐらいまでには黒瀬さんへ持っていけます』


「そこで全部照合してから出そう」


『了解です』


 これで26日の動きが決まった。


          ◇


 工場側では森川が予定を確認した。


「黒瀬分、26日の朝完成予定にしてた二点だけ25日の午後までに持っていきます」


「残業せずに組める?」


「はい。7月2日納期の量産を一日後ろへ動かせば入ります」


「そっちの納期には触らん?」


「触りません」


「なら任せる」


 森川は工場へ戻ると、必要な者だけに変更を伝えた。


「川村、包装機械の二点、明日の朝から入る。今日中に材料と工具だけ確認しといて」


「25日の検査まで終わらせる分ですね」


「そう。急いで削るんやなく、始める日を前へ出すだけや」


「分かりました」


 村井には、予定を一日ずらす量産品の方を伝える。


「納期は7月2日のままですか」


「そのまま。加工日だけ後ろへ一日ずらす」


「了解です」


 宮田と山岸の予定は変えない。


 一件を前へ動かすために、工場全体を慌ただしくする必要はなかった。


          ◇


 6月24日。


 黒瀬の表面処理へ回す二点が予定通り仕上がった。


 25日の午後には処理先から戻る。


 同じ日の夕方、南田からも完成連絡が入った。


 黒瀬分6種もそろった。


 残るのは大西樹脂の2種だけ。


「今の時点で、明日動く荷物はこれだけやな」


 直人が出荷予定を見る。


 佐野が頷いた。


「はい。門真分は田端さんが別便で26日午前に集荷。包装機械一式は協力先の分がそろい次第、黒瀬で照合して出荷。高田包装は7月1日へ変更済みです」


「27、28に出す予定は?」


「ありません」


 その答えを聞いて、直人はもう一度一覧を見る。


 規制が始まってから考えることは、ほとんど残っていなかった。


          ◇


 26日午前10時12分。


 大西から田端へ完成の連絡が入った。


 10時48分。


 田端のトラックが大西樹脂を出る。


 その前に積んでいた南田板金の箱と一緒に、11時16分、黒瀬精機へ到着した。


「全部持ってきましたで」


「助かった」


「まだ終わってません。そろってるか見てください」


「そやったな」


 出荷スペースへ箱を並べる。


 佐野が注文書と品番一覧を持ち、森川が現物を見る。


「南田さん、3種」


「数量一致です」


「大西さん、2種」


「こちらも一致」


「黒瀬分6種」


「全部あります。表面処理の2点も処理内容と数量、確認済みです」


 箱だけで数えない。


 品番と数量を一つずつ合わせる。


 11時32分。


 一式分すべての照合が終わった。


 田端が伝票を受け取る。


「12時前には出ます」


「15時半目標やったっけ」


「目標はそのぐらい。ただ、客先には17時まで受入でもろてます。途中読まれへんかったら連絡入れます」


「無理に時間縮めんでええよ」


「そのために今日出してるんでしょう」


「せやな」


 田端が荷台を閉めた。


 直人はトラックを見送り、事務所へ戻った。


 門真の荷物も、すでに別便で出ている。


 26日に出すものは、これで全部だった。


          ◇


 午後2時21分。


 包装機械メーカーから到着確認の連絡が入った。


 数量に問題なし。


 門真分も受領済み。


 佐野は二件の受領確認を出荷記録へ付けた。


「これで明日と明後日、田端さんの集荷予定はありません」


「材料の入荷は?」


「急ぎはありません。今週分は今日までに入っています。定期で27日予定だった一件も、仕入先から25日に前倒しで届いてます」


「そこまで終わってる?」


「田端さんから話が来た日に、入荷側も確認しました」


「さすがやな」


「出す方だけずらして、入ってこられへんかったら困りますから」


「その通りや」


 直人は机のカレンダーを見る。


 27日。


 28日。


 二日とも出荷予定の記入がない。


 休業ではない。


 工場は普通に動く。


 ただ、トラックへ渡す荷物がないだけだった。


          ◇


 6月27日。


 朝から黒瀬精機ではいつも通り機械が動いていた。


 村井は前へ動かした仕事の代わりに一日ずらした量産品を進め、川村は次の材料を確認する。


 宮田も山岸も通常通りだ。


 午前9時26分。


 谷口が電話を取った。


「社長、田端さんからです」


「ありがとう」


 直人が受話器を受け取る。


『今日は黒瀬さん寄りませんからね』


「分かってる。そっちはやっぱり読まれへん?」


『場所によります。空いてるところもあるけど、迂回した車が詰まってるところもある。いつもの時間で約束せんで正解でした』


「黒瀬は集荷ゼロや。急ぎも入れてへん」


『それが一番助かります』


「そっちも無理せんようにな」


『今日は走らんで済むところは走ってません。運送屋が言うのも変ですけど』


「荷物運ぶんが仕事でも、渋滞作るんが仕事ちゃうからな」


『その通りですわ』


 電話を切る。


 それだけだった。


 今日中に客へ頭を下げる荷物もない。


 今から加工順を変える仕事もない。


 田端へ「何とかしてくれ」と頼む必要もなかった。


 午前11時。


 いつもなら田端のトラックが入ってくることのある時間になっても、工場前には何も来ない。


 それでも出荷棚は空だった。


          ◇


 28日金曜日。


 G20大阪サミットの初日。


 工場は普段通り8時から動いた。


 佐野の机には、7月1日に出す高田包装の伝票が準備されている。


 品物も完成していた。


 だが、出荷棚へはまだ移していない。


 森川が工場から戻ってきた。


「直人さん、7月2日納期の量産、予定通り今日で加工終わります」


「月曜出荷?」


「客先とは2日着で確認してます。田端さんが月曜午後集荷でいいそうです」


「朝一に詰め込まんで済むな」


「はい」


 佐野も予定を確認した。


「高田包装も、月曜は時間指定なしです」


「ならそのままで」


 外では車が走っている。


 ニュースでは大阪市内の交通規制が何度も流れていた。


 黒瀬精機の中では、NC旋盤も汎用旋盤もいつもの音を立てている。


 昼前。


 直人が出荷スペースを通った。


 そこには今日発送する箱が一つもない。


 空いた床へ、森川が翌週使う材料を一時的に寄せていた。


「ここ使ってええ?」


「今日は田端さん来んから、ええよ」


「月曜には空けます」


「分かってる」


 直人はそのまま事務所へ戻った。


 26日の受領確認は、すでに佐野がファイルへ綴じている。


 27日も28日も、黒瀬精機から荷物を積んだトラックは一台も出なかった。


 それでも、28日納期の品物は二日前に客先へ届いていた。




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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/PuXoPWXXbH0?si=prvIVaJtMMBjvuGi

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