第216話 作れても、測れない
「加工はできます。ただ、これを合格品として出すには、うちの測り方では弱いです」
2019年2月。
森川が図面の右下を指した。
門真の取引先から届いた、新しいアルミ製取付ベース。
数量は6個。
材質はA5052。
平たい角物の中央に大きな逃げがあり、その周囲にボルト穴と2つの位置決め穴が並んでいる。
加工そのものは、黒瀬精機で対応できる。
問題は穴の横に記された幾何公差だった。
「位置度0.05か」
直人が読む。
「はい」
「穴径だけ測って終わり、ではないな」
「そこです」
森川は図面を直人側へ回した。
「この基準面をA。こっちをB、ここをCにして、2つの位置決め穴が指定位置に入ってるか確認せなあかん」
宮田も隣から図面を見る。
「定盤の上で追う方法は考えられますけどね」
「検査成績書に位置度の数字まで出せそう?」
「そこまで言われると、俺は自社測定だけで出したくないです」
「どこが問題になる?」
「穴径そのものは測れます。でも、この3つの基準から穴中心がどこにあるかを、0.05の位置度として出すなら、基準の取り方も測定方法も含めて説明できる形にしたいです」
直人は図面を見直した。
作れないわけではない。
測れないわけでもない。
ただ、自分たちで測った数字を、そのまま客へ保証値として出せるかと言われると話が変わる。
「佐野さん、客の要求どこまで?」
佐野がメールを開いた。
「初回6個は全数検査です。通常寸法だけではなく、位置度についても検査結果を添付してください、とあります」
「まだ見積段階?」
「はい」
「なら今のうちに決めよう」
直人は森川へ図面を返した。
「自社で無理に数字作るんやなくて、測れる設備を借りる方向で探そうか」
「俺もそれがいいと思います」
◇
午後。
佐野が資料を1枚持ってきた。
「東大阪市立産業技術支援センターで、CNC三次元測定装置を利用できます」
「持ち込みできる?」
「企業向けの機器利用があります。予約制なので、希望日に使えるかは確認が必要です」
「技術相談も?」
「あります」
直人は資料を受け取った。
三次元測定機を自社で持っていなくても、地域の公的設備を使える。
東大阪に長く工場を構えていても、必要のない設備まで全部自前で揃えてきたわけではない。
「森川、1個目できた段階で持っていく?」
「はい。6個全部加工してから初めて位置を見るのは嫌です」
「宮田も一緒に行く?」
「行きます。どう基準取って測るのか、自分で見ときたいです」
「ほなその前提で見積に入れよう」
美智子が帳簿から顔を上げる。
「機器利用料だけちゃうで」
「分かってる。持って行く時間も入れる」
「それならええわ」
佐野が見積の項目を確認する。
「加工費と別に、《初回外部測定》で出します?」
「分けよう。その方が客も何に費用掛かってるか分かる」
「持込対応も?」
「そこも入れて」
「分かりました」
加工が安い、高いだけではない。
その部品を、どうやって合格品だと確認するか。
今回はそこまでが仕事だった。
◇
2日後。
正式注文が入った。
6個。
初回全数検査。
希望納期は3週間。
外部測定に掛かる費用も認められている。
「1個目で確認してから、残りへ進めます」
森川が加工順を決めた。
宮田が最初の1個を担当する。
基準にする面を先に仕上げる。
反対面。
外形。
中央の逃げ。
ボルト穴。
最後に位置決め穴。
川村は加工票と図面を見比べていた。
「このA、B、Cって、測定する時だけの話じゃないんですね」
宮田が顔を上げる。
「どういう意味?」
「加工の時も、最後に何を基準として穴位置を出すか考えておかないと、測る時の基準とずれますよね」
「そうやな」
宮田は図面の基準記号を指した。
「全部の加工を1回で終われる品物ちゃうから、途中で持ち替える。そのたびに、どこを基準にしてるか分からんようになったらあかん」
「はい」
「穴だけ図面の数字通り追えば終わり、ではない」
川村が頷く。
入社してもうすぐ4年。
材料名や測定器の使い方を一から教える段階ではない。
今度は、図面に書かれた寸法同士の関係まで見なければならなかった。
◇
翌日の午前。
1個目が仕上がった。
宮田が黒瀬精機で確認できる項目を測る。
厚さ。
外形。
穴径。
基準面から追える寸法。
いずれも図面内に入っている。
ただ、検査表の位置度欄だけは空けたままだった。
「ここだけ空白やと、落ち着かんな」
直人が言う。
「分からん数字入れるよりましです」
森川が返した。
「それはそうや」
午後。
森川と宮田が1個目を持って産業技術支援センターへ向かった。
直人は本工場へ残る。
客との窓口と他案件の見積がある。
加工した本人と、工程全体を見る森川が測定へ行けば十分だった。
◇
午後4時を過ぎた頃。
森川から電話が入った。
『社長。1個目、規格には入ってます』
「余裕はどれぐらい?」
『位置度0.05に対して、悪い方が0.041です』
直人は数字をメモした。
「合格やけど、かなり片側へ寄ってる?」
『はい。穴2つがバラバラに散ってるんやなくて、パターン全体が同じ方向へ寄ってます』
「測定の基準は図面通り取れた?」
『担当の方とも図面確認して、A、B、Cで基準を取ってます。宮田さんも横で見てます』
「なら残りはまだ進めん方がええな」
『そのつもりです。戻って加工側を見直します』
「頼む」
電話を切る。
0.041。
0.05以内なのだから、1個目は合格だ。
だが、その1個が規格の端に寄っているなら、残り5個が同じとは限らない。
合格した1個を理由に、そのまま続ける必要もなかった。
◇
午後5時前。
森川と宮田が戻った。
宮田は測定結果を作業台へ広げる。
「穴同士の間隔は悪くないです」
「全体が寄ってる?」
「はい」
「加工寸法を変える?」
「変えません。図面寸法はそのままです」
宮田は治具を見た。
「まず、材料を置き直した時の基準の取り方を揃えます。側面へ当てる手順ももう1回確認します」
「機械側の異常は?」
「今の時点では決めつけません。明日の朝、森川さんと一緒に最初から見ます」
「分かった」
翌朝。
森川と宮田が、治具と基準の取り方を確認した。
目立った異常はない。
ただ、材料を置き直した時、側面基準へ当てる手順によってわずかな差が出る可能性があった。
当て方を揃える。
基準位置を取り直す。
加工寸法そのものは変更しない。
「2個目やります」
宮田が言った。
◇
2個目が完成した。
黒瀬精機で測れる寸法は問題なし。
午後、もう1度センターへ持ち込む。
結果は0.018。
直人は戻ってきた測定結果を見る。
「今度はだいぶ余裕あるな」
「はい」
森川が答えた。
「これなら残りを進めます。ただ、今回の客先指定は全数なんで、最後まで測定は外へ出します」
「了解」
残り4個を加工した。
基準面への当て方を揃える。
途中で通常寸法も確認する。
宮田だけに任せ切らず、森川も加工記録を見る。
4個が完成したところで、まとめて三次元測定へ持ち込んだ。
結果は全数合格。
これで、
1個目。
2個目。
残り4個。
6個すべての位置度確認が終わった。
◇
佐野が測定結果を机に並べた。
「客先へ出す検査成績書には、この数値を転記します。三次元測定の結果票も元データとして保存しておきます」
「図面版は?」
「今回の正式版で全部そろっています」
「部品番号も?」
「6個とも一致しています」
「ならお願いします」
加工記録。
黒瀬精機での測定記録。
外部で行った三次元測定の結果。
客先へ出す検査成績書。
すべて同じ図面版に紐づける。
測定を外へ頼んだからといって、黒瀬側の記録まで外へ任せるわけではなかった。
◇
納品から1週間後。
門真の取引先から連絡が入った。
『6個とも組付け問題ありませんでした』
「ありがとうございます」
『同じ部品がまた出る可能性があります。ただ、数量はまだ決まってません』
「今回と同じ検査条件ですか?」
『今のところは。ただ、量産になった場合は品質部門と検査頻度を見直すと思います』
「分かりました。全数のままなら、今回と同じように外部測定の日程と費用まで含めて見積します」
『お願いします』
通話を終える。
森川が事務所へ入ってきた。
「組付けどうでした?」
「問題なし。次もあるかもしれんって」
「数量は?」
「未定」
「なら、来た時に考えればいいですね」
「うん」
直人は机の上に残っていたセンターの利用明細を見る。
「今回の頻度なら、まだ外で測った方がええな」
「俺もそう思います」
「半年ぐらい、三次元測定使った案件だけ控え残しとこか」
「増えてきたら、その時に設備考える?」
「仕事量と費用見てからやな。1件来たから買うもんちゃうし」
「それなら賛成です」
美智子が帳簿から顔を上げた。
「設備の話?」
「今は買わへん話」
「珍しいな」
「オカン、俺を何やと思ってんねん」
「機械のカタログ見たら長い人」
「否定しにくいな」
森川が笑いながら工場へ戻った。
◇
その後、黒瀬精機では、三次元測定が必要になった案件だけ見積控えへ印を付けるようにした。
新しい管理表は作らない。
外部測定の有無。
利用回数。
費用。
納期への影響。
それだけ残す。
5月末。
佐野が1枚の図面を直人の机へ置いた。
「この見積、森川さんの加工確認は終わってます」
「検査は?」
「位置度があります。今回も三次元測定が必要です」
「センターの空きは?」
「希望納期に入る日で予約できます」
「機器利用料と持込対応は?」
「見積に入れてあります」
直人は見積書を見る。
材料。
加工。
検査。
外部測定。
持込対応。
値段の一番下だけを見る必要はなかった。
作るための時間と、合格を確認するための時間が、最初から同じ見積の中に入っている。
「これで返して」
「はい」
佐野が図面を持って席へ戻った。
工場では宮田が別の品物を測っていた。
手にしているのは、いつものマイクロメータだった。
その部品には、それで足りる。
三次元測定機は、まだ黒瀬精機にはない。
次の見積書には、それでも測定する場所と費用が最初から書かれていた。
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YouTubeショート動画作ってみました。
https://youtube.com/shorts/PuXoPWXXbH0?si=prvIVaJtMMBjvuGi
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