第206話 山岸の代わりじゃない
「NC旋盤をやりたいです」
2014年10月。
川村亮太は、面接の席で迷わずそう答えた。
向かいに座る直人は履歴書から顔を上げ、その隣の森川も川村を見る。
「NCだけ?」
「いえ。でも、一番やりたいのはNCです」
「ほな、うちへ入ったら少し思ってたんと違うかもしれんな」
川村の表情が固くなった。
「NC、使わせてもらえないんですか?」
「使うよ。ただ、NCだけ触って一日終わる会社やないって意味」
見学の日にも見せた通り、黒瀬精機ではNC旋盤だけで仕事をしているわけではない。汎用旋盤もフライス盤も動く。1個だけの補修品もあれば、数十個、数百個と続く仕事もある。
直人が聞いた。
「学校で一番面白かった加工は?」
「NC旋盤です。自分でプログラムを作って、削って、狙った寸法に入った時が一番面白かったです」
「逆に苦手なんは?」
「汎用旋盤のねじ切りです」
「そこ正直に言うんや」
「見学の時、山岸さんに触ったことあるか聞かれたので」
「山岸さん怖かった?」
「ちょっと」
森川が笑った。
「本人には言わんほうがいいですよ」
「もう聞こえてるぞ!」
工場の奥から声が飛んできた。
川村が目を丸くする。
「聞こえてたんですか?」
「事務所の扉開いてるからな」
直人も笑った。
「まあ、ああいう人や」
「聞こえてる言うてるやろ!」
今度は3人とも笑った。
緊張が少し抜けたところで、森川が聞いた。
「学校で失敗した加工、覚えてます?」
「はい」
「何です?」
「外径を削りすぎました」
「原因は?」
「仕上げ前に測らず、あとこれくらいだろうと思って一度に削りました。測ったら公差から外れてました」
「そのあとどうしました?」
「先生に報告して、材料を替えて最初からやり直しました」
「黙って次を作ったりは?」
「してません」
「何で?」
川村は少し考えた。
「失敗した材料を戻せないからです」
森川はそこで質問を止めた。
直人が履歴書へ目を落とす。
加工の実務経験はない。それを承知で専門校へ求人を出したのだから、今の技量だけで山岸や宮田と比べても意味がない。
「川村君」
「はい」
「見学して、うちで嫌やったところある?」
「嫌だったところ?」
「就職したら毎日来るんやで。ええところだけ聞いてもしゃあないやろ」
「……第二工場が思ってたより狭かったです」
森川が吹き出した。
「そこ?」
「すみません」
「いや、実際広ないからええよ」
直人は笑った。
「ほかは?」
「1個とか3個の仕事も多いって聞いたので、学校でやってる量産寄りのNCとだいぶ違うのかなとは思いました」
「違うな」
「やっぱり」
「同じ品物をずっと流す仕事もあるけど、小口も多い。昨日と今日で違う段取りすることも普通にある」
「そこは覚えたいです」
「面倒やで」
「見学の時に村井さんが、前のプログラムが残っていても材料や図面が変わればそのまま使わないって言ってました。それが気になって」
「何で?」
「プログラムがあれば同じものを作れると思ってたので」
直人ではなく、森川が答えた。
「プログラムは加工するための一つです。図面が変われば直しますし、材料や刃物が変われば条件を見る。同じ品番でも改訂が入ることがあります」
「はい」
「そこまで含めて覚えるなら、NCも触ってもらいます」
「覚えたいです」
今度の返事は早かった。
面接が終わり、川村を送り出したあと、直人は森川に聞いた。
「どう?」
「俺は採っていいと思います」
「理由は?」
「分からんことを分からんと言えるから」
「そこ?」
「学校出たばっかりの人に、加工の速さ求めても仕方ないでしょう」
森川は履歴書を閉じた。
「失敗した時も自分から先生に言ってます。それなら教えられます」
「俺も同じやな」
そこへ山岸が顔を出した。
「終わった?」
「終わった」
「どうやった?」
「面接出えへん言うてた人が、一番気にしてるやん」
「入ってきたらこっちで見るんやから、聞くぐらいええやろ」
「採ろうと思う」
「そうか」
「それだけ?」
「ほな何て言えばええねん」
山岸は直人の手にある履歴書を見るでもなく言った。
「4月からやろ?」
「学校修了してからやからな」
「ほな、それまで普通に仕事しとくわ」
「お願いします」
「当たり前や」
その日のうちに、直人は専門校へ採用したい意向を伝えた。
川村からも黒瀬で働きたいという返事があり、勤務条件を改めて確認する。
入社は2015年4月。
それまで半年近くあった。
◇
2015年4月1日。
「おはようございます!」
朝8時前、川村が黒瀬精機製作所へ入ってきた。
新しい作業服。
まだ傷のない安全靴。
半年前の工場見学より、明らかに緊張している。
「そんな声張らんでも聞こえるで」
直人が笑う。
「すみません」
「謝らんでええって。今日からよろしく」
「よろしくお願いします」
森川、宮田、山岸、村井にも挨拶する。
事務所では佐野と谷口、美智子にも頭を下げた。
一通り済ませると、森川が川村を工場へ連れていった。
「今日は俺か山岸さんか村井の近くにいてください。勝手に機械動かさんかったら、それでいいです」
「はい」
「分からんことは聞く」
「はい」
「返事だけはええな」
山岸が横から言った。
「学校でも言われました」
「なら、そのうち返事より手ぇ動かせ言われるようになる」
「はい」
「ほら、また返事してる」
村井が笑った。
最初に山岸が川村へ渡したのは、刃物でも測定器でもなかった。
「これ見て」
図面だった。
小さなカラー。
数量は18個。
材質の指定がある。
「作れる?」
いきなり聞かれ、川村が戸惑う。
「機械は……汎用旋盤ですか?」
「まだ機械の話してへん。材料どれ使う?」
川村は図面の材質欄を見た。
「S45Cです」
「ほな探して」
材料置き場へ行く。
径の近い丸棒が複数並んでいる。
川村は1本ずつ表示を確認していった。
「これです」
「何で?」
「表示がS45Cで、径が図面より大きいので」
「長さは?」
「これから切るんですよね」
「何ミリ?」
川村が図面を見る。
完成長さは32ミリ。
「32……じゃないですよね」
「32で切ったら端面どうすんねん」
「余長を取ります」
「何ミリ取る?」
そこで川村が止まった。
「学校では先生に切断寸法を言われてました」
「ほな今は分からんな」
「はい」
「それでええ。勝手に決めんと聞いて」
山岸が加工する条件に合わせて切断長を伝える。
「18個やけど、いきなり18本切らんでええ。最初に必要な分から」
「はい」
切断そのものは山岸が横についた。
川村が材料を確認し、長さを合わせる。最初の1本を切る前に、もう一度表示を見た。
山岸は何も言わなかった。
午前中いっぱい、川村は汎用旋盤をほとんど触らなかった。
材料を出す。
山岸が加工する。
加工後の品物がどこへ置かれるかを見る。
測定が済んだものと、まだのものを混ぜない。
次に何をする品物なのかを確認する。
昼休み前。
村井がNC旋盤から加工品を出した。
「川村君、これバリ分かる?」
「はい」
「ほな触ってみ」
指先ではなく、目で位置を確認する。
川村が答えた。
「ここの角ですか?」
「そう。これこのまま次へ回したら触った人痛いやろ。仕上げどうするか図面も見る」
「全部面取りするわけじゃないんですか?」
「図面に指示あるとこはその通り。勝手に全部丸めたら別の品物になるからな」
「分かりました」
「学校でバリ取りやった?」
「やりました」
「ほな、これは見といて。午後に練習材でやってもらう」
川村は頷いた。
直人は少し離れたところから見ていた。
「直人さん」
森川に呼ばれる。
「何?」
「門真の見積、今日返すんでしょう」
「あ」
「佐野さん待ってますよ」
「見てたんちゃうで。ちゃんと教えてるか確認を」
「山岸さんに聞こえますよ」
「戻ります」
事務所へ逃げた。
午後。
川村が初めて汎用旋盤の前へ立った。
ただし製品ではない。
切断した残材だった。
「学校で端面はやったな?」
山岸が聞く。
「はい」
「ほな、やってみ」
川村は材料を固定しようとして、一度手を止めた。
「山岸さん」
「何?」
「これぐらい出したらいいですか?」
「何でその長さ?」
「学校では、つかめる長さを残して、必要以上に出さないように言われました」
「それならええ。締めてみ」
材料を固定する。
刃物の位置を見る。
回転数を確認する。
「回してええ?」
「はい」
「自分で回すんや」
「あ、はい」
スイッチを入れる。
主軸が回り始めた。
川村の右手が送りハンドルへ伸びる。
山岸は横に立っているだけだった。
刃物が材料の端面へ近づき、最初の切粉が出た。
「音どう?」
「学校と……あんまり変わらないです」
「そら旋盤やからな」
川村が少し笑う。
「怖ない?」
「ちょっと怖いです」
「それぐらいでええ」
端面をさらい終える。
主軸を止めた。
「次は?」
山岸が聞く。
「確認します」
「何を?」
「端面と、長さ」
「ほなやって」
川村は測定器を取りに行った。
午前中に見ていた場所だったので、迷わなかった。
夕方までに、製品を1個完成させることはなかった。
練習材の端面を削り、外径を少しさらし、測って終わった。
終業前、森川が翌日の予定を確認する。
「川村君、明日も朝は山岸さんと一緒で」
「はい」
「午後は村井のところ入って、NCの段取り見る?」
川村の顔が変わった。
「いいんですか?」
「見るだけな」
「はい!」
村井が笑った。
「今日一番でかい返事やったな」
「すみません」
「別に怒ってへんよ」
着替える前、川村は自分が使った練習材を片付けた。
捨てるのか分からず、山岸に聞く。
「これ、どうしたらいいですか?」
「そこ置いといて」
「明日も使います?」
「使う。まだ外径途中やろ」
「はい」
「自分で削ったやつやから、明日どこまでやったか覚えといて」
「分かりました」
川村は残材を指定された場所へ置いた。
真新しかった安全靴には、細かな切粉が何本か付いていた。
翌朝。
川村は始業より少し早く工場へ入り、昨日の練習材が置いてある場所を確認した。
山岸はすでに来ていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「昨日の続き、これですよね」
「覚えてたか」
「はい」
「ほな図面持ってき」
「昨日の練習材、図面ないですよね?」
山岸が川村を見る。
数秒置いて、笑った。
「そうやったな。じゃあ今日は俺が寸法書くわ」
「お願いします」
「その前に村井んとこの段取り見る約束やったか」
「午後です」
「よう覚えてんな」
「昨日言われたので」
「それぐらいは覚えてもらわんと困る」
山岸が作業台に紙を置き、練習用の寸法を書き始めた。
少し離れた製造予定には、山岸の担当する品物と川村の名前が同じ時間帯に並んでいた。
まだ同じ仕事ができるわけではない。
それでも、山岸が旋盤の横へ呼ぶ相手が1人増えていた。
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YouTubeショート動画作ってみました。
https://youtube.com/shorts/PuXoPWXXbH0?si=prvIVaJtMMBjvuGi
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