あなたの夢に、投資します

森村慈夢

あなたの夢に、投資します (1話完結)

深夜、こんなタイトルのメールが送られてきた。

「あなたの夢に、投資します」

典型的な、詐欺のメールだ。

そのまま削除しようとして、俺は、ふと手を止めた。

差出人の名前に、見覚えがあったからだ。

森村慈夢。

たしか、商工会議所が主催したセミナーに、講師として来ていた男だ。

スタートアップの支援をしている、と話していた。

セミナーの後、少し雑談したが、何を話したかはよく覚えていない。

ただ、まともな奴だ、という印象はあった。

だから、怪しい話ではないのかもしれない。


とはいっても、俺は会社の都合で出席しただけだ。

起業するつもりもないから、森村ともそんな話はしていないはずだ。

名刺を交換した相手全員に、同じメールを送っているだけだろう、そう考えた。

ただ、メールには、意外なことが書いてあった。


あなたと話していて、人より夢を見る力があると感じた。

未来を思い描く力、という意味ではない。

文字通り、寝ている間に夢を見る力のことだ。

それに関連して、最近支援しているビジネスがある。

僭越ながら、仮登録を済ませてあるので、サイトを覗いてみないか。

そんな趣旨に加え、IDとパスワードが記されていた。


メールのリンクから飛んでみる。

開いたサイトにも「あなたの夢に、投資します」の文字。

夢を売買するビジネスのためのサイトだという説明がある。

会員が見た夢を、サイトに投稿する。

クリエイターが閲覧し、気に入ったものを購入して創作活動に利用する。

映画化などのプロジェクトに発展すれば、会員企業から投資を募る。

そんな仕組みだった。


試しにログインしてみる。

夢の投稿はここから、と書かれているのが目に入る。

投稿欄は、細分化されている。

幻想、恐怖、恋愛、冒険、ビジネスといったジャンル別。

小説向き、ドラマ向き、マンガ向き、映画向きなどの区別。

主人公、ヒロイン、悪役など、キャラクター別に書き込む欄もある。

投稿された内容は、キーワードで検索でき、表示すると関連の夢やおすすめの夢も自動的に表示されるようになっていた。

投稿した時点で、夢を見た人の権利は保証され、無断盗用などには運営側が厳しく対処するという注意書きもある。

――頭で考えた話を、夢として投稿すればいいのではないか。

それは許されているようだが、投稿時に人工知能で自動判別され、“純粋夢ではない可能性”が表示されるようになっていた。


仕組みはだいたいわかったので、適当に拾い読みをしてみる。

だが、いい夢だと思えるものは、多くない。

それでも、売り切れているものがいくつもあった。


これなら俺の夢でも売れるかもしれない。

試しに、三つほど書き込んでみた。

近所の池に住んでいるカッパとの会話の夢。

四人で話をしていると、どこからか紛れ込んでくる姿の見えない五人目の話。

足音を盗まれる、といいう馬鹿げた夢。

どれもたわいもない夢で、値が付くかはわからない。

別に売れなくてもかまわない。

他の投稿を参考に、三つとも五千円にしてみた。


次の日の夜。

例のサイトにログインしてみて、目を疑った。

全部、売れていた。

誰がこんなものを買うのかと苦笑しながら見てみると、全部、同じ男だった。

どうやら、売れない小説家のようだった。よほど才能がないに違いない。

だが、しがない会社員にとっては嬉しい臨時収入だ。

ひとまずはこいつに感謝する。

俺は自分の夢が売れたことに気をよくして、またいくつか投稿してみた。


それからは、あっという間だった。

何を投稿しても、良く売れた。

いくつかの小説のネタに採用され、実際に出版された。

もっとも、例の男の小説ではなかったが。

本屋に並んだ新刊を手に取ってみる。

もちろん、俺の名前はない。

だが、帯でストーリーが絶賛されているのを見て、得意になる。

俺が見た夢だからだ。


奇妙な夢の生産者として、熱心なファンが付くようになった。

おれは、この現実こそ夢ではないかと思い、売ってみようかとさえ思った。

俺の夢を土台に、漫画の連載が決まったときには、さすがに呆れた。


夢を見る力が、俺にはある。

始めはそんなことは信じていなかったが、森村が言っていたことは本当だったようだ。

いまや俺の夢の販売価格は、当初の百倍以上に跳ね上がっていた。


プロとして専属契約を結びませんか。

運営側から連絡が入ったのは、漫画の連載が始まったころだ。

専属になれば、一定のノルマは課せられるが、作品が売れるほど、夢権料が入る。

現在のような夢の売り切りでは損をします。そう説明された。


俺は少し悩んだが、十分にやっていける、と踏んだ。

勤めていた会社を辞め、専属契約を結んだ。


より効率的に、多彩な夢を見るための生活が始まった。

担当が持ち込む、様々な資料を読み込んだり、映画やドラマを見続けたり。

日中に脳を刺激し、明け方にその成果を夢として収穫する。

夢を見ていると思われるタイミングで揺り起こされ、忘れないうちに記録をするのが少し苦痛ではあったが、手ごたえのある夢が収穫できたときは、嬉しさの方が勝った。

体を動かすことも欠かさなかった。

様々なアクティビティーを通じて、感情の大きな起伏を体験する。

見る夢の幅が、ぐんと広がった。

奇妙な夢の生産者は、いまはあらゆるジャンルをこなす、流行生産者となっていた。



映画の公開は、俺の名をさらなる高みへと押し上げた。

俺の夢にしては珍しく、ファンタジー要素の強い青春映画だったが、万人受けするほろ苦いストーリーと、ヒロインの切なさを見事に演じきった若手女性俳優の好演もあり、異例のヒットとなった。

作品のモチーフだけでなく、ディテールにも様々な俺の夢が使われ、評論家からも高い評価を受けた。この映画はいわば、俺の「夢を見る技術」の集大成だった。


だが、このころから、俺は慢心するようになったのだと思う。

映画のヒットをきっかけに、派手な生活を好むようになった。

アパートを引き払って、高級なタワーマンションに移り住んだ。

たいして運転もしないのに、高級な外車を二台も買った。

ステレオも最高級品をそろえた。

昔はロックが好きで、ドアーズなんかを聞いていたが、分かりもしないマーラーの交響曲なんかをかけるようになった。

金にあかせての、毎夜のごとくのどんちゃん騒ぎ。

男たちは、俺を先生とおだてあげ、女たちは色目を使う。

見る夢の内容も変質していった。

やたらに豪華で、絢爛たる夢。

だが、そんな夢を題材にした映画が、また大当たりした。

上流社会の、スキャンダラスな生活に、下世話な関心が集まったのだ。

ただ、その映画をピークに、俺の夢は枯れていった。


採用される夢の数が、急激に減った。

いけ好かない金持ちの男が落ち目になったときに見る夢なんて、誰も見向きもしない。


見る夢は、すべて厳しい現実に侵食されていた。

そんな夢に価値はない。

夢が現実を侵食したときに、初めて価値が生まれるのだ。


結んだ専属契約が、のしかかる。

俺はノルマをこなせないうえ、派手な生活のために前借りまでしている。

このままでは、破産は免れない。

夢の代わりに、頭で考えたストーリーをいくつか提供し、その場しのぎにする。

新聞に批評が載る。

あいつはもう“純粋無”では勝負できない、そんなレッテルを張られる。

頭にきて、書いたやつを見たら、ずいぶん前に俺の夢を三つまとめて買った作家だった。


苦し紛れに、例のサイトではない、海外の粗悪な夢を並べたサイトも漁ってみる。

だが、俺にもプロとしてのプライドがわずかとはいえ残っている。

盗用に手を染めることだけは、したくなかった。


いい夢を見られないどころではない。

しだいに、眠ることさえできなくなっていった。

眠ったとしても、ほんの一瞬で、すぐに目が覚める。

全身が冷たい汗に濡れていて、気持ちが悪い。

悪夢の気配がかすかに残っているが、覚えていない。

いや、現在のこの状態が悪夢に他ならない。

食べ物ものどを通らなくなり、体に力が入らない。

そんな生活を一週間ほど続けているうち、もうろうとしてくる。

そして、意識を失った。


目が覚める。

これからもずっと、悪夢のような日々が続くのだ、と思う。

だが、どこか様子がおかしい。

ここは以前の安アパートだ。体も衰えていない。

すべてが夢だった。

俺はほっと胸をなでおろすとともに、腹の底から笑った。

なんて、夢を見るんだ。

俺は、いま見ていた夢の中の自分に、こう言ってやりたくなる。

この夢だったら、高く売れるんじゃないのか。

念のために、森本からのメールもチェックしてみるが、そんなものはどこにもない。

例のサイトも見当たらない。

ブラウザの履歴も確認したが、接続した痕跡もない。


まずい、会社に遅刻する。

俺は、専属契約の夢の生産者なんかではない。

ただのしがない会社員だ。

妙にリアルだった夢の感触を引きずりながら、俺は駅に急いだ。


深夜、メールが送られてきた。

俺は目を疑い、何度もタイトルを読み返したが、間違いなくこう書かれている。

「あなたの夢に、投資します」

差出人の名は、森村慈夢だった。

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