第9話 流星

 通り過ぎてゆくカップルを、私は軽蔑したような目で見た。彼らは少しおびえた様子を見せたが、すぐ目を逸らした。

 私は一般人のような恋愛をしたことがなかった。いっぱしの女子なら彼氏を作って、学校生活を謳歌するものだ、と友人から言われたが、まったくもってピンとこなかった。

 昔から私にとって男とは、私に発情し金を落とす、下賤な生き物としか映らなかったからだ。私は男を好きにはなれなかった。

 そんな時偶然、漆原白雪と出会った。顔はとりわけいいわけではないが、整っていて、あまり人と話さない性格だった。彼女の何に惹かれたのかわからないが、初対面で恋に落ちた。一目ぼれってやつ。

 それからは早かった。彼女を囲い込もうと、彼女の父親に近づいて、父親の動向を思いのままに操ったり、仲良くなりそうな友人はすぐ引き離した。

 今度は、天城という男が漆原に近づいている。

 彼女は渡さない。そう決心した。


                   *


 7月7日。七夕。

 俺は、全身がひりひりするのを感じながら、足を進めた。

 約束のあの場所へ、一歩一歩階段をかみしめる。

 日はもう沈みかけていて、星が出ていた。こんなにも晴れ渡っているのだから、織姫と彦星はさぞ嬉しかろう。

 夏の夜にしては、ムシムシといった感じではなく、爽やかな夜だった。

 草をかき分けると、彼女がベンチに座って星を眺めていた。無限に広がる星を。


「やあ」


 先に話しかけたのは彼女だった。

 彼女はベンチから飛び降り、手を後ろに回してこちらを見た。


「先に質問させて。ユキと生徒会長漆原、本当のお前はどっちなの?」

「……」


 彼女は何も言わなかった。

 終始、どこか悲しそうな目をしていた。


「どうして、もう会えないの?何か傷つけるようなことをしたなら俺……」

「違うの。あなたが悪いわけじゃない」


 彼女は持っていた二つのドクターペッパーの内、一つを私に渡した。


「私は昔、お父さんが好きだった。この飲み物を進めてくれたのもお父さん」

「……今は?」

「……私のお父さんは何年も前から百瀬にぞっこんで、私やお母さんなんて見向きもしなくなった。家にもあんまりいないの。百瀬は私の父親と定期的に……会ってるみたい。お母さんもおかしくなっちゃった。ストレスが溜まってるのかもね。ホラ」


 彼女は自分の腕をまくり、その痛々しい傷跡と青なじみを見せた。


「っ!これは……」

「へへっ。もう慣れちゃった」


 俺は彼女の肩をつかんだ。


「慣れるなんて、ダメだよ!他の大人に相談するとかさ。なんかできることが……」

「事態はあなたが思っているより単純じゃない。それに、私は百瀬が悪い人だとは思えないんだよね」


 彼女はあまりに優しすぎた。

 奴のせいで、幸せな家庭が崩れたというのに、奴をかばおうとしていた。


「私は父親に逆らえない。そうゆう家庭なの。おじいちゃんがまだ生きていたら、こんなことにはならなかったかもしれない」


 俺は言葉に詰まった。彼女の肩から手を放し、後ろに下がる。

 漆原は、父親のゆうことに逆らえず。父親は百瀬のほぼ言いなりであるというのなら。間接的に漆原は百瀬に逆らえず、言いなりであるのだ。


「でもどうして百瀬はこんなことを……」

「……私のことが好きなんだと思う。もちろん恋愛的なほうね」


 そのような発想には至らなかった。奴はキス魔で、誰にでも体を渡しそう、と言うかそうしているのに、恋愛感情があるのか。

 私はまだ幼いのかもしれない。


「きっとサディズムとか、支配欲とか、不安とか、そういう感情が彼女を突き動かしてるんだと思う。」

「……どうにかできないの?俺は君を助けたい」

「……無理だよ」


 ようやく声を絞り出したかと思えば、彼女は大粒の涙を流した。

 俺は無責任だったのかもしれない。ちょっと仲良くなっただけで、彼氏ずらして、いっちょ前に助けたいなどと言うのは。

 でも、本気で思った。


「……ごめん。取り乱して」

「……」

「百瀬は私に友達とか、彼氏とかを作らせなかった。直接作らないでとかって言われたことは無いけれど、たぶんそう。今回みたいなことが何度かあったの」

「……」

「でもあなたには直接伝えとこうと思って」


 俺は固唾を飲んだ。


「天城君。私と今後一切かかわらないでください。お願い……」


 彼女の顔はとても苦しそうに見えた。彼女だって俺と過ごした時間をなかったことにできないということだろう。俺は、決心した。


「やだね」


 彼女は目を見開いて、心配しているような、希望に満ち溢れるような、そんな顔をしていた。


「なんで……」

「俺は君と過ごした時間は、今でも自分の中で光り輝いてる。考えも変わった。君がいたから今の僕がある、そう思った」


 まぎれもなく本心だったけど、どこか恥ずかしかった。


「君が嫌じゃないなら、俺はあんたに全力を注ぎたい。たとえ無意味だったとしてもね」

「……馬鹿、かっこつけんじゃない」


 その通り、かっこつけだよ。でも、


「かっこつけなきゃ男はやってらんないから」


 俺は、空を見上げた。星一つ一つがまばゆい光を放っている。


「……でも私は、もうだれにも迷惑をかけてほしくないの」

「君のためになにかできるならいい」

「……」


 俺はくるっと回れ右をして、その場から去ろうとする。


「今日は、直接話してくれてありがとう」


 そう言って別れをつげ、俺は階段に足をかけた。

 順々に、下っていく。

 階段からだと、空の星がより鮮明に見えた。

 とても、とても綺麗だった。

 その時、後ろから声がした。


「うちもうれしかった!だんだん!」


 方言、まぎれもなくユキだと思った。

 俺は、口だけの男にならないようにしよう、そう誓った。


 ドンッ!


 何かを強く押す音がして、俺は背筋が凍った。

 振り返ろうと、首を横にすると、階段の斜面を空中を流星のごとく落ちてゆく漆原の姿があった。


「漆原っ!」


 俺は急いで漆原の元に駆け寄ろうとするが、間に合わず、彼女は強く地面に打ち付けられた。

 階段の先を見ると、そこには百瀬がひどく動揺した様子で立っていた。


「い、いや……嫌っ!ちがうの、ちがうの!あなたが天城と一緒にいたから、私との約束破ったから。ちがう、ちがう、ちがう。あなたが悪いの!私がカッってなって。いや、いや。」


 よほど慌てているのか、文章のつながりがめちゃくちゃだった。


「くそっ!救急車を」


 俺はいそいで、119番に連絡をした。


「漆原!おいしっかりしろ!漆原!」


 彼女は私の声に気づかず、気絶したままだった。

 遠くで救急車のサイレンが聞こえる。

 スノードロップそんな花の名前を思い出した。

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