第6話 膨らむ疑念
教室に入ると、真っ先にドクターペッパーのラベルが目に入った。漆原の机に置かれていたそれは、気のせいかも知れないが、俺の方をまっすぐ向いているように思えた。外は暑く、ペットボトルは結露ができていた。
俺は目を見開いて、それを見た。が、当の漆原本人はそっぽを向いている。
「ユキ……?」
この時俺は自然と口からそんな名前が出てきたのを覚えている。いままで考えることを拒否していた疑念が、たった今大きな波になって、俺に襲い掛かってきた。確信に変わったとでもいうべきか。
たまたまドクターペッパーを飲んでいただけだとは思わなかったのだ。
俺の中で何かがつながっていく音と何かが崩れていく音がした。
しかし同時に、多くの疑問も生まれる。
なぜ彼女は本名を名乗らなかったのか?
なぜ性格や話し方を変えているのか?
なぜ俺なのか?
なぜ……なぜ……
口を開けて立ち尽くしていると、武が話しかけてきた。
「おい、そんなところ突っ立っててどうしたんだよ」
それは何か心配するような口調ではなく、俺をからかうような言い方だった。
俺はそんな気を使えない武に少し怒りを覚えたが、それがこいつのいいところなので、何も言うことはなった。
「いや、ちょっとびっくりして」
「何に?」
「それは教えられないなぁ」
俺が渋ると、武はしぶしぶあきらめて自分の席に戻っていった。
気づけばクラスメイトは全員着席していて、立っているのは俺だけだった。俺は少し気まずくなって、ポケットに手を突っ込み、自分の席に歩いていく。
漆原は今度はまっすぐ俺を見ていた。これまた気まずくなり肩をすくめる。
席につくと漆原はまた前を向いた。そして、机に置いてあったドクターペッパーをカバンに入れた。
そしてため息をついて、肘をつく。俺は何が何だか分からなかった。
*
「え~っ!『キョウトブシドー』の限定コースターが、カフェでもらえるらしい!?」
ユキに遭った時、彼女は興奮しながらそう言った。
俺はすぐ返事ができなかった。昼間の疑念がまだ取れず、どのように接していいか、悩んでいたからだ。
『キョウトブシドー』とは俺たちがこの間見た映画の元アニメであり、ニッチだがまあまあ人気があるアニメだ。
ユキはスマホを見せ、そのコースターの全種を見せる。ランダムでもらえるらしいが、どれも魅力的だ。
「このカフェって、俺たちの町のはずれにもなかった?」
「うちほしいけん行かん?」
「……わかった」
俺も丁度行きたかったので、断る理由などあるまい。
俺たちは期待を抑えながら急いで、店に向かった。
カフェは、田舎には似合わないこぎれいな店だった。店内はよく掃除されていて、清潔を保っていた。
「抹茶ふらぺちーの?とかいうのを2つ下さい」
驚くほど高い値段だったが、オタクとして引き下がるわけにはいかない。それはユキも同じみたいだ。
店員はこんな田舎者衆にも丁寧に対応し、商品を運んでくれた。俺は小さな感動を覚えた。
「おいしいね」
ユキが笑顔でこちらを向く。
「……そうだね」
俺はどう返せばいいかわからず、おどおどしてしまった。
「なにそのへんじ~?もしかして……ほんとは来たくなかったん……?」
「ちがうよ!」
ユキは今にも泣きそうな目になるので、俺は慌てて否定した。
「ならええけど」
ユキは俺を少し疑いながら前を向いた。
この友達付き合いも、俺とユキの間のものだ。もし本当にユキが漆原白雪だったら、いやそうなのだろうが、もし彼女が打ち明けた時、俺はこれまで通りの付き合いを続けられるのだろうか。俺には自信がなかった。
横を見ると、どこか遠い目をしたユキが座っていた。
俺はふと驚かしてみたくなり、彼女の肩をちょんちょんとつついた。
そして変顔を披露する。
「ハハハハハっ」
彼女は大笑いした。俺もつられて笑った。
このままでいいんだ。何も変わらない。
しかし、ユキ=漆原白雪という意識はもはや決定事項のようであった。
俺は問題を先送りにしただけなのかもしれない、そう思った。
*
「あっ」
私、百瀬奏多は車の窓の外を眺めながら、見知った二人を目撃した。
一瞬で通り過ぎたのでよくは見えなかったが、間違えるはずはないと確信していた。
「ん?どうしたのかな?」
車を運転しているパパは、私に尋ねた。
「クラスメイトがいたの、私の親友と男の子」
ここはあまり生徒がいない地域なので、驚いた。ここら辺はあまり学生が遊べるようなところも少なく、唯一あるカフェも、平均的な高校生の所持金から鑑みると、馬鹿にならない値段をしていた。
二人はそのカフェから出るところだった。お金持ちだなぁと思って、すこしむかついた。
「カップルかな」
私はそう言いながら、自分の中でそれを否定していた。
白雪はあまり他人と話すことが得意じゃないし、恋愛はもちろん、友達を勝手に作ることも禁止されるような厳しい家庭なのだ。
私は彼女の父親と仲良くなったため、彼女との付き合いも許された。
「まぁ珍しいことではないね」
車は信号に引っ掛かり、止まった。しかし、パパはハンドルを握ったままだ。
「奏多にはいないのか?クラスメイトに、好きな男の子とか」
「いるわけないよ~。クラスメイトなんて馬鹿ばっかり」
車が発進する。すこし後ろに引っ張られたような気分になった。
「それはパパも安心だな」
「もしかして、嫉妬してるの?も~不安がることなんてないんだから」
私はまた、笑顔を作る。
「ハハッ。今日はどこへ行きたい?」
「ん~レストランに行きたい!」
「よし分かった!」
「遅くなるけどいいの?家族が心配しちゃうよ」
どうせ、帰らない。
「今日はいいよ、夜までゆっくり」
ね?そうでしょ。
「しょうがないなぁ」
私は今日の分を数え、カバンにしまった。窓の外を眺めると、海に夕日が映える、美しい景色が広がっていた。いつの間にか高速に乗ったようだ。私は食い入るように見て、やがてやめた。嫌になった。
そして、
「ほんと、男なんて馬鹿ばっか」
そうつぶやいた。
男には聞こえないように。
誰にもばれないように。
自分を押し殺すように。
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