第5話 犬探し
雨上がりの自販機は、いつもと変わらずそのボタンを光らせていた。
このくらいの季節になると、雨がよく降る。
少し背が伸びた草が、そのしずくを夕日に輝かせている。
すると、向こうから見知った影がやってきた。
「おうおう、やっとるか~?」
そう言ってユキは、俺の隣に座る。俺たちは夕日を眺める。俺はなぜかこの時いつもよりもこの光景に感動していた。
彼女は突然立ったかと思うと、自販機でドクターペッパーを買い、また戻ってきた。
「さっきまで雨降っていたし、今日は来ないと思ってた」
「ふーん。じゃあなんで君は来とるの?」
俺は言葉に詰まった。なんでここに来たのだろう。ドクターペッパーを飲みたかったから?そうではない気がする。もしや……
俺は何か言葉にならない言葉を彼女に発しようとしたとき、
「あのおじいさん何探しとるんじゃろか」
そう彼女が言った。
俺はそのおじいさんのいる方向を見る。確かに60~70ほどのおじいさんがきょろきょろと不安そうに周りを見ていた。
「ちといってこーわい」
「え、ちょっと待って!」
彼女はお構いなしにおじいさんの方向へ走っていった。俺も追いつこうと懸命に走る。
俺は息が上がって、膝に手をついた。しかし彼女は息は上がっているものの、おじいさんに丁寧に話しかけていた。
「おじいさん。どうかされましたか?」
おじいさんには、方言ではなく標準語で話すのかと思った。
「犬のポチが、どっかに行ってしまったけん、探しとるんじゃ」
ポチとはなんともかわいらしい名前なのだろうか。俺は犬が買えないのでうらやましい限りだが、はぐれてしまうのはのは犬にとっても心細いものだ。
「私たちも手伝います」
おじいさんは驚いて目を見開く。もちろん俺たちは名前を名乗る。おじいさんの名前は大塚泰造と言うらしい。
「ええんか?じゃあよろしく頼もうかな」
片足を突っ込んだ以上、頑張ってくださいで終わらせるわけにもいかず、俺たちは探すことになった。
人を助けようとするユキの正義感と行動力はぜひ見習いたいものだ。
俺はなぜか誇らしい気持ちになった。
*
「まずどこから探そか?」
その言葉を聞いた時俺は、驚いた。正義感も行動力もあったが計画性はなかったみたいだ。
「何にも考えてなかったのかよ……」
「見つけ出せればなんでもええじゃろ」
あいにく、おじいさんは腰を痛めたということで、先に家に帰ってもらった。後戻りはできまい。
まず俺たちは、最後にはぐれたという商店街に行った。聞いたところによれば、商店街で買い物をしているときに、リードから抜け出し、はぐれてしまったという。
「とりあえず、聞き込み調査からね」
最初に近くのコロッケ屋さんにポチを見たかを聞く。
「ポチ?ああ泰造さんのところのポチか。そういえば今日はポチを引き連れていなかったなぁ」
「今日、泰造さんはどっちから歩いて来たかってわかりますか?」
「ええっと、たしか……南、いや北……そうだ北だ!泰造さんは北から歩いて来たよ。何か探しているみたいだったけど、もしかしてポチとはぐれちまったのか!?」
コロッケの店員は驚いた顔を浮かべる。俺たちがその通りだというと、すこし慌てているようだ。
「ポチは、泰造さんによくなついていたからなぁ、逃げたってわけじゃないと思うけど、ポチの身になんかあったら大変だ!俺も手伝いたいところだが、あいにく店番をしているんで、手が離せない。すまねぇ!」
謝ることはないのに、泰造さんのように心を痛めているようだった。このコロッケの店主は、とてもやさしい心を持っているのだ。
「協力ありがとうございました」
俺たちは頭を下げ、北側に向かった。
近くにショッピングモールができた影響で、商店街の人足も遠のき、シャッターが目立っていた。
シャッターが密集しているところに、ポツンと怪しげな光を放つ小さな店を見つけた。
「占い屋さんだ」
正面には何やら恐ろしい、ドクロだの数珠だの、特定の宗教といった感じは全くなかったが、なんだか怖くて俺たちは後回しにした。
しばらく進むと肉屋が繁盛していた。
「今日は豚肉が安いよ~!」
主婦たちはこぞって豚肉を買っていく、ユキも例外ではなく豚肉をちゃっかり買っていた。
「商店街は安くて助かるけん」
「あの……聞き込みは?」
「忘れとった!」
俺たちは主婦が立ち去ってからポチについて尋ねた。
「ポチならちょっと前にウチのあまった肉を食べてったよ。あいつ匂いを嗅ぎつけて、丁度お肉が余った時にくるんだ。犬の嗅覚?てのはすごいよなぁ」
「いまそのポチと飼い主がはぐれてしまっていて……どこに行ったか心当たりはありませんか?」
「飼い主って泰造さんだろ?なんか申し訳ねぇな。ポチなら南の方へ行った気がする。泰造さんは通ったか覚えていねぇな」
俺たちは頭を下げ、ポチの動きを整理した。
「まず、コロッケ屋さんでは泰造さんしかみとらん。肉屋ではポチが肉を食べて、南、つまり泰造さんのいる方に走っていった」
「でもコロッケ屋さんはポチを見ていないってことは……」
「ええっとつまり……」
俺たちは占い屋さんの前に立った。
「ここしかないと」
俺たちは腹をくくって中に入る。中は涼しく、外が暑かったのでうれしかった。しかし、趣味の悪いカーテンやカーペットはやはり不気味だった。
「いらっしゃい。なにについて占おうか。お二人はカップル?じゃあ恋愛について占おうか」
「うちらカップルじゃない!」
ユキが大きな声を上げるので俺は驚いた。ユキは顔を赤らめ息を切らしている。
占い師のおばさんは目を大きく見開いた後、笑い出した。
「ハハッ、ごめんごめん。で?なんの用だね」
「僕たちポチっていう犬を探してるんです」
「犬?あぁ丁度預かっているよ」
俺たちは意外な場所に解決の兆しが見え、嬉しくなった。
「ほら、こいつであってるかい?」
おばさんが指したのは、今にも襲い掛かってきそうなコアモテのブルドッグだったのだ。
俺たちはビビり散らかした。
「ええっと……こいつが、ポチ?」
「ホラ見なよ、ここにポチって」
おばさんはネームタグを見せてきた。
確かにポチと書いてある、泰造さんの名前もあった。
その後は、非常に大変だった。占い師のおばさんにお礼を言った後、ブルドッグにおびえながら教えてもらった泰造さんの家に送った。
泰造さんは泣いて喜んで、何かお礼をと言って、お金をくれようとしたが、ユキはきっぱりと断ったので、俺も断った。
俺は、ユキがとことん誇らしく思えた。
*
漆原白雪がドクターペッパーのラベルをこちらに見せて、机に置いているのを見たのは、翌朝の学校だった。
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