第4話 ポップコーンとシアター

 テストが終わると、俺は晴れて自由の身になる。

 梅雨のムシムシとした湿気も、今はすがすがしく感じられた。

 教室の暗かった空気も、不思議と明るさを取り戻している。

 そんな中、漆原だけがいつもと変わらず落ち着いている。奴は常に学年トップを保ち続けている秀才で、住む世界が違うのかもしれない。


「KAI☆HOU」


 武は浮かれている様子だった。


「テストも終わったしね、たくさん遊べるな」

「そんな俺たちとは裏側に、ほら、見ろよ」


 武の指さす方向に目をやると、漆原は何やら難しそうな本を読んでいた。窓から吹く風をまとった彼女は、どこか透明感を感じさせていた。


「く~っ、なんかご令嬢って感じだよな、雲の上の人っていうか」


 漆原はクラスで孤立していることが多かった。威圧感を周りに振りまいていることで、皆が少し距離を置いている感じだ。成績が良かったため、一部の生徒からは恨まれてはいるが、多くの場合嫌っているわけではなかった。年度が始まってから二か月ほどたったものの、未だに幼馴染の百瀬だけが上手に付き合っているという感じだった。

 俺たちの視線に気づいたのか、彼女はこちらを見た。

 武は急いで違う方向に目をやったが、俺はそのまま見続けた。

 目が合った瞬間、彼女はすぐ目を逸らした。彼女は驚いた表情を見せた後、席を立ち教室から出て行ってしまった。俺は追いかけられなかった。

 一瞬、たった一瞬だったが、彼女の目には悲しみが込められているように思った。

 漆原白雪は、果たして本当に冷淡なだけなのか?


                  *


 放課後、俺はいつもの山の広場へ行き、ドクターペッパーを買って、ベンチに腰を掛けた。

 夏になると草がぼーぼー伸び始め、木の青も濃くなった。

 俺が明日から半袖シャツにしようか迷っていると、ユキがいつものごとくやってきた。

 鼻歌を歌いながらドクペを買う彼女を見て、俺はなぜか罪悪感を感じた。


「どしたん?」


 彼女はいつものように明るい笑顔で、俺を心配した。俺は適当にしか返事することができなかった。

 しばらくの間俺たちは沈黙した。俺が黙っているから、相手も気遣っているのか、それとも、俺と同じようになんと話しかければいいのか迷っているのかもしれない。


「今度映画見に行かない?」


 突然俺の口から発せられた提案は、彼女を驚かせていた。

 俺自身こんなことを言うなんて予想外で、驚いていた。

 俺の中の常識というやつは彼女と漆原が同一人物ではないと言っている、その通りだ。がこの時俺は同一であると錯覚していたのかもしれない。今日学校でいままで関係を持ったことがない漆原に話しかけず罪悪感を覚えたのも、それをユキとの関係を深めることで罪滅ぼししようとすることも、矛盾だ。おかしいのだ。

 俺の提案にユキは嬉しそうに笑い。


「ええよ」


 俺は心の枷が軽くなった気がした。俺は自分のスマホで彼女に上映中の映画一覧を見せた。


「どの映画みる?」

「うち、これ見たい」


 彼女はアニメ映画を指したので俺は驚いた。それもゴリゴリの少年漫画系だ。俺は正直これを見たかったのだが、今回は彼女の好きなものを見ようと思っていた。


「これ?こういうのは女子はあんまり見ないと思ってた」

「なに~?女子が見たら悪いんか?」


 気を使ってくれたのか、ただ単に好きなのかわからないが、素直にうれしかった。


「いや、悪くない」

「じゃ、週末モール集合で」


 今日は用事があるということで、漆原は家に帰った。

 俺はあまりの暑さにドクターペッパーを一気飲みをした。

 ペットボトルをゴミ箱に投げると、外したので、仕方なく拾って、入れた。


                  *                 


 週末のモールはひどく混雑し、カップルだの親子だのでごった返していた。

 俺は、我慢できず近くの椅子に腰かけた。もうすぐ集合の時間だ。


「おまたせ~っ」


 ちょうどユキが待ち合わせ場所に着くと、俺は目を見開いた。

 いつも自販機に来る時は、上下ジャージとラフな格好だったが、今日は夏を感じさせる、青と白のコーデに身を包んでいたからだ。

 俺は立ち上がって、


「じゃあ、行くか」


 と言い、俺たちは映画館へ足を運んだ。


「うちら、予約してなくね?」


 そうユキが言うと、俺たちは顔を見合わせて、口をあんぐりさせた。急いでカウンターに向かう。


「あの、キョウトブシドーのチケットって取れますか?」

「お二人ですか?」

「はい」

「ちょうど二席分の空きがありますよ」


 俺たちは顔を見合わせて喜んだ。

 休日だというのに運よく二人隣の席にチケットを取ることができたのは、奇跡というほか何物でもないだろう。


「お飲み物や、ポップコーンなどはいかがでしょうか?」

「ポップコーンは塩で、飲み物はドクターペッパーはありますか?」

「すみません、ドクターペッパーはおいていなくて」


 おいていないのならしょうがないだろう。


「じゃあコーラで二人に下さい」


 俺は財布を取り出し、料金を支払う。今日はおごりたい気分だったのだ。

 歓喜に包まれているとき、店員が飲み物とポップコーンを持ってきた。だが、飲み物が問題だった。


「えっと、これって……」


 その飲み物は、一つのコップに二つのストローがささり、ハートを作りながら絡まっている”アレ”だったのである。

 店員はしてやったりという顔をしている。

 俺たちは気まずくなり、顔を赤らめる。


「返品する?」


 俺がユキに聞くと、


「大丈夫、もう少しで映画も始まるけん……」


 俺たちは、そのままシアタールームに入った。


 俺たちはポップコーンをむさぼりながら、映画を見た。途中何度か、飲み物を飲むときに目が合い、緊張した。


 映画が終わると、俺は凝り固まった体を伸ばした。

 ユキはまだ顔を赤らめている。


「なんか、気まずかったよね、ごめんね」


 俺はすこし気を使ってそう言った。


「気にしないで……」


 彼女も気を使っているみたいだ。

 これで罪滅ぼしになったかは分からないが、いやなってはいないのだが、素直に楽しかったと思えた。

 ユキは最後に何か小さい声で言った気がしたが聞こえなかった。

 突然、彼女はじゃあね、と元気よく手を振り走り去っていた。俺は、その背中を手を振りながら見ていた。

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