第3話 べんきょっ!

「つ、疲れたーっ」


 S級ダンジョンから出てきた俺は、最初にそう言った。しかし、入る前とは比べ物にならないくらいレベルが上がっているので、精神的なつらさは感じなかった。


「初心者にしては、上手やったよ」

「ありがとう」


 すこし馬鹿にされている気もしたが、俺は感謝した。それは、単純に楽しかったと思えたからだった。


「てか『ドクターペッパー!』ってなんやったん?」


 ユキが俺をいじってくる。俺は過去の行いを思い出し赤面した。


「ええっと……とりあえず伝えなきゃって思って……」

「フフッ」


 彼女が笑うので俺は恥ずかしくなって、


「べ、別にいいじゃないか、僕らは……」


 と、言い終えたところで俺は止まった。そうだ。僕らの関係をつないでいるのはドクターペッパーというただの飲み物だけで、他は何も……。


「まぁ、ええけどね。今日はありがとぉっ!また一緒にやろや」


 そうだ。またがあるんだ。これから作っていけばいいんだ。

 手に持ったリボルバーをホルダーにしまいながら、俺はログアウトする彼女に、


「じゃあね」


 と言った。

 彼女は手を振るエモーションをした後、退出した。画面のそのまた向こうで彼女が笑っているような気がした。


                   *


 ゲームを終えると、テストが近いということに改めて気が付いた。


「やばっ!宿題全然終わっていない!」


 そして、宿題があることも。

 勉強があまり得意でないので、いつも順位は高くなかった。が、宿題はきちんとこなすと決めているのだ。

 俺が慌てて机に向かうと、丁度俺の携帯が振動したのが分かった。


『今日は楽しかった!』


 ユキからそんなメッセージが送られてきた。


『こちらこそありがとう』


 俺はそう入力した後、思いついたように、


『宿題が全然終わらないから、明日図書館で一緒に勉強しない?ぜひ勉強を教えてほしいんだけど』


 と提案する。すぐに、


『えーよ!明日市立図書館で待ってる』


 と返事が来ると、俺は内心ガッツポーズをした。

 時計を見ると時刻は既に11時を迎えようとしていた。

 俺は宿題を明日にまわし、俺は安心して眠りについた。


                  *


 翌朝俺は少し寝坊をした。

 いつもより高い位置にある太陽を見上げる。いや、見上げさせられているというのが適切である。

 というのも、学校に着くにはこの長い上り坂を上っていく必要があり、今日は自転車通学なのだが、かなりつらいものとなっている。


「ラッキー」


 見ると、校門は閉まりきっておらず、誰かが忘れたものだと思われた。

 俺は教師の目をかいくぐり、教室へ向かった。

 もうすでに一時間目の授業が始まっていたので、教室の後ろからそおっとしゃがんでゆっくり自分の席に向かう。


「先生!ココの問題なんですけど……」


 それにいち早く気づいた武が、先生の注意を逸らした。おかげで隙ができたので、俺は席に走って、座ることができた。

 武に親指を立て、ハンドサインを送る。これで今日のおごりは俺になってしまった。

 その時、いつもより漆原がぴたりと動いていないことに気がついた。

 寝ているのだ。

 遠くから見れば、肘をついて外を眺めているだけのように思われるが、寝息が確かに寝ていることを証明しているのである。

 俺とユキが昨日遅くまでゲームしていたことが頭によぎり、そしてまたすぐに別のことを考えた。


「えーっと、ここを……漆原さん、読んでください」


 始めは気づかないのではと思ったが、よく行っているのか、漆原はなれたように起き上がった。

 そしてあの冷たい声で


「ドクターペッパーッ」


 教室が凍り付いた。

 本当は吹き出すほど面白いのだが、相手が相手なだけに誰も笑わなかった。

 漆原はみるみる赤面していく。

 先生は慌てふためいて、漆原をフォローする。


「えっと……ここから読んでね。気にしなくていいから」


 漆原が読み始めると、皆が緊張した。俺も例外ではなかったが、今回は状況が面白おかしかったので、俺は思わず微笑した。


                  *


 放課後、俺は約束の図書館へ向かった。

 日はすこし長くなっているように感じられて、俺は嬉しかった。外が明るいと自然と自分も明るい気持ちになるのだ。

 田舎の図書館にしては思っていたよりも大きく、驚いた。


「利用者カードをご提示ください」


 俺はカバンから取り出したカードを提示しながら、昔に取得したものだから使えるのだろうか、などと不安に思っていたが、察した受付の女は、


「カードの更新をいたしますか?」

「お願いします」


 更新を終えると、俺はスムーズに図書館に入ることができた。

 メールで自習スペース4にいる、と連絡が入っているのでそこに向かう。自習スペース4の4とは、おそらく階のことで、つまり最上階の自習スペースということになる。

 エレベーターで4階に行き、扉を開けると、白く綺麗な部屋が広がっていた。

 その一つの椅子に座っているユキは、こちらに気が付くと手を振って居場所を示した。

 俺は彼女の隣の椅子に座る。

 彼女はうちの制服(に似た?)を着ていた。が、制服なんてどこも同じもんだ、と考え直した。


「んで?どっからやるん?」

「えっと……まずは数学から……」

「えーよ。んっとね……」


 図書館というのは独特の緊張感に包まれている。

 皆が静かに過ごすので、俺たちも静かに過ごす。もちろん話すのは小声である。

 図書館に来ると自然と落ち着けるのだ。

 改めてユキを見る。端正な顔立ちと流れるような髪、そして目の下のほくろ。美人と言われる部類なのだろうか。それで言えば、モデルと見間違えるような、こんな田舎にはもったいないくらいの美人なのだ。


「ねぇ、聞いとる?」

「ああ、ごめんごめん」

「じゃけんここは、加法定理を使って……」


 ユキの説明はわかりやすく、どれも正確だった。

 やはり頭がいいのだろう。俺はユキを尊敬した。


「今日はありがとう」

「礼ならアレ渡しな」

「はいはい」


 俺は図書館の自動販売機でドクターペッパーを買って渡すと、ユキは思い出したようにドクターペッパーをにらみ、一口飲んだ後、俺に渡した。


「今日はこいつに恨みがあるけん、飲んどいて」


 俺は喜んでそれを飲み干し、空いたペットボトルをゴミ箱に投げ入れる。

 なぜユキが飲まなかったのかわかった気がしたが、俺はクスッと笑うだけにした。

 外に出ると日は暮れていて、図書館を赤く染めていた。


「じゃあね」


 俺たちはそう言って、自分たちの帰路に着いた。

 テストは目の前だった。

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