第2話 ユキという女

 青葉が風に揺れ、開け放した窓から青い空が望めた。


「おっす」


 武はいつも遅れて登校する。俺も挨拶を返した。

 同時にあの漆原白雪が教室の中に入ってきた。毎度のことだが、凛とした威圧感は教室を透き通った空気圧で押しつぶしているようだった。

 漆原が席に着くと、彼女は自分の後頭部に手を当てた。昨日ユキが同じところを怪我したが、たまたまだろうと思い気に留めなかった。


 「怪我したの?」


 他のクラスメイト達は彼女に話しかけようともしないものの、百瀬奏多という女ただ一人だけが、彼女と交流していた。

 なんでも小学校からの幼馴染で、両親の付き合いも深いそうだ。


「昨日少し、転んじゃって」

「大丈夫?」

「うん」


 標準語だ、と思った。が、目の前の武がまたニヤニヤこちらを見ていることに気が付き、慌てて視線を逸らす。

 体を奴の方向に向けると、俺は思わず大きなあくびをしてしまった。


「最近、寝不足なん?」

「ゲームにはまりすぎてさ」

「ゲームってあの『ネオトリガーズオンライン』?」


 俺がはまっているこのゲームは、オンラインでフレンドと銃でモンスターを倒したり、冒険したり、対戦したりと、幅広い遊び方のできるというものだ。

 ゲーム自体は面白いのだが、どちらかというと暇つぶしの意味の方が強く、昨日はボス戦が長引いてしまったというのが本音だ。

 すると、漆原がすくっと席を立ち、歩き出した。いつの間にか百瀬との会話を終えているみたいだ。

 彼女が教室から出ると、しばらくしてユキからの通知で携帯が振動した。


『今日私自販機いくけんそこで会わん?』


 武はこれまたニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている。バイブ音で武に気づかれてしまったようだ。

 俺は急いで『放課後待ってる』と返信し、ポケットにスマホを突っ込んだ。

 武が顔を近づけてきたが、


「どいてくれない?」


 漆原は冷たい視線で武を睨みつける。


「ひえっ」


 怖気づいた武は逃げるように自分の席に戻った。

 漆原はため息をつき、自分の席に座った。そして、また頭の後ろをさすった。


                   *


 例の広場には、ユキが一足先に来ていた。

 俺に気づいたのか、彼女は笑顔で駆け寄ってきた。


「よっ!」


 俺も返事をする。彼女の手にはドクターペッパーが握られていた。


「今日は早いんだね」

「うん。委員会なかったけん」


 彼女は嬉しそうに笑った後、ベンチに戻った。俺も一緒に自販機へ向かい、ドクペを購入する。

 俺はユキに探りを入れることにした。


「委員会ってどのくらいあるの」

「月に一回とか?先生たち集めないといけないけん、頻繁にはできん」


 生徒会の活動と一致している。


「でももうすぐテスト期間やけん、委員会はないんよ」

「へえ、俺の学校もテスト期間なんだよね。もしかして……」


  ユキの顔が緊張しているのが分かった。こぶしをぎゅっと握り、縮こまった感じで座っている。

 俺は、同じ学校なの、と聞くのをやめた。

 どうやらあまり素性を知られたくはないらしい。


「もしかして、勉強とかって真面目にやってる感じ?俺全然やってなくてさぁ~!」


 言葉のつながりは変だったが、許そうじゃないか。

 彼女は一瞬困惑した表情を見せたが、またいつもの笑顔に戻った。


「そこそこって感じ。でも、ついゲームし過ぎで夜更かししちゃうんよ」


 意外だった。彼女はゲームを積極的にやるようなタイプだと思ってなかったからだ。


「わかるわ~。ちなみになんてゲーム?」

「……『ネオトリガーズオンライン』」

「えっ」


 俺が丁度はまっているゲームだ。今朝学校で話した物と同じである。


「俺も丁度はまってるんだよね!それ」

「……その」


 彼女は顔を赤らめ下を向いた。


「今日の夜、一緒にやらん?一緒に……ゲーム」


 俺はちょうど退屈だったので、彼女の誘いに乗ることにした。そういえばリア友とフレンドになったこともなかったので、せっかくならなりたい。

 俺はポケットからメモ帳を取り出し、自分のIDを書いた。


「いいよ。これ俺のID。フレンド同士はチャットできるから、用意ができたらそれで」


 彼女は嬉しかったのか、にっこり笑い、


「うんっ!」


 そう言った。

 ドクターペッパーはだんだん冷たさを失い、炭酸は抜けていった。


                  *


 Yukiという人物から『よーいできた。どこで落ち合ったらええ?』というメッセージが届いたのは、夕飯を食べ終わってからのことだった。

 おそらく彼女がユキで間違えないだろう。

 俺は『ワカバ広場で落ち合おう』と送信した。

 返事は意外に早く『了解!』と帰ってきたので、俺はさっそくワカバ広場に向かった。

 広場にはイモ洗いほどではないが、そこそこの人だかりができていた。


「Yukiだ!あの、フレンドになってくれませんか?」


 俺が人だかりに割って入ると、あの伝説的なプレイヤーYukiの周りを人々が囲っているのが分かった。


「どうしてしばらくログインされなかったのですか?」

「えっと……」

「あの、ファンですっ!サインください」

「その……」


 彼女は困っているみたいだった。

 もしかして、彼女があのYukiだったとは、と俺は驚きを隠せなった。

 彼女は俺を必死に探そうとしてきょろきょろしている。

 俺は人の波にもまれながら声を張り上げた。


「ドクターペッパーッ!」


 意味が分からないだろう、俺もだ。

 しかし、こちらの存在を気づかせるのには十分だった。

 彼女はにやりと笑い、俺とどこかへテレポートした。


「あれ!消えたぞ!」


 集まってた人々は、ひどく驚いた様子だった。


                  *


 俺たちはどこかの岩場に来ていた。


「まさか、あんたがあのYukiだったなんて。俺なんかよりも全然ガチ勢じゃ」

「ふふっ、驚いた?」


 俺とは比べ物にならないぐらい、よい装備を身に着けている。


「なんかくやしい」

「まあ精進するんだぞ、若造」


 偉そうに鼻を高くしている、ユキの声が聞こえた。


「じゃあ、行こか」

「どこに?」

「S級ダンジョン」

「え?」


 そういえば彼女とレベル上げをしようなどと話していた。俺はせいぜいB級ぐらいのダンジョンをやるものだと思っていたが、こいつは総合ランク一桁台の化け物。弱っちダンジョンなど入るはずもなかった。


「ちょっと待っ」


 彼女は聞こえないというかのように、テレポートした。

 彼女との初めてのゲームはとても楽しく思えた。

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