スノー*ドロップ

ELEVEN

ファースト*エンカウント

第1話 ボーイ*ミーツ*ガール

 その時が、明け方だったか、夕時だったか、俺には分からなかった。

 天から雪がひらりひらりと舞い落ち、街を白く染め上げる。

 外はひどく冷え込み、人々の息さえ白くなっていた。

 二人の男女が並んで歩いている。雪道に足跡を残しながら、一歩ずつかみしめるように歩いている気がした。

 冷えてきたね、と男が言うと、首に巻いていたマフラーを分け合うように女にも巻き、二人は笑いあった。

 その光景が、あまりにも美しく、幻想的で、愛にあふれた様子だったので、俺は時が止まっているのかと錯覚するほど、見入ってしまっていた。

 まだ冬は終わらない。しかし、彼らは一足先に春を迎えていた。


                   *

 

 俺の前の席には、氷のような女がいる。

 美人なのだが、鋭い目つきを持っていて、感情もあまり表に出さない人だった。

 俺が肘をつきながら前の空席を見続けていると、親友の武が声をかけてきた。


「お前、生徒会長のこと気になっているのか?」


 からかいの意も込められているのだろう、と思った。俺は体を起こし、奴の方に体を向けた。


「いや、少し見ていただけだよ」

「でもこいつ本当にすげぇよな。今度はツーブロック出来るようになるらしいぞ」


 武が感心したように言う。それもそうだ。

 彼女、漆原白雪はその圧倒的手腕と人望により、一年後期で生徒会長になるという異例の事態が巻き起こした人物だ。そこから二年生に至るまで、数々の改革を成し遂げ、一部の生徒からは、英雄と言われ、慕われているとか。

 俺は、英雄という言葉にクスッと笑う。

 すると、武が急に俺の耳に近づいてささやいた。


「もちろんいろんな男から告白されたみたいだぜ。同学年だけでなく、先輩、後輩からもな。でもことごとく失敗したらしい。まぁそうだろうな。だからお前も諦めて別の……」


 そこまで武が言ったところで、教室の扉が鈍い音を発しながら開いた。

 彼女が教室に入った瞬間、空気が変わった。その眼は鋭く人を刺し、右の目の下のほくろでさえ、こちらをにらんでいるようだった。それまで混沌としていた雰囲気が、一瞬にして一つの張りつめた糸のようになった。一度息をすれば、肺が凍り付いてしまいそうなくらい。

 彼女が席に着くと、またがやがやは戻った。

 その後は武は俺と他愛もない話をすこししていたが、先生が教室に帰ってくると自分の席に戻っていった。

 もう五月だというのに、窓から吹く風はひどく冷たく、春を感じさせなかった。


                   *


 放課後になると、空は赤く染まり、辺りはだんだん暗くなっていた。斜陽に照らされた山々を見つめながら、寒さを感じ、首を引っ込める。

 俺には、とある日課があった。

 それは、ある自販機でドクターペッパーを買うことである。

 帰り道を外れ、細いアスファルトの階段を上る。途中、猫が寝ていたので避けるようにして通った。木々を少し抜けると、山の中腹にある小さな広場に出た。広場には、一つの自販機とベンチ、そしてゴミ箱が置いてある。誰が管理しているのかはわからないが、調べたところこの田舎にはここで買うしかドクターペッパーを手に入れる手段がないのだ。帰り道の道すがらにないのは、すこし残念だが、街全体を見下ろせるこの景色は見事なもので、とくに不満は感じていなかった。

 自販機で150円で買える最高のひと時は、俺の毎日の生活の支えとなっていた。

 財布から、100円玉と50円玉を一枚ずつ見つけ、取り出そうとしたが、50円玉が100円に化けていた。


「ややこいな……」


 しかたなく、1000円札を取り出し、自販機に入れる。すると、自販機ボタンがところどころ青く光った。俺は一番左端の下段にあるそれを強く押した。

 ガラガラッと缶が取り出し口に落ちてくると同時に、ジャラジャラおつりが出てきた。俺はおつりをすべて財布に詰め込み、その後、ジュースを取り出した。

 ベンチに着くと、むこうから息を切らした女が、こちらに走ってきた。人が来るのは珍しいな、と思っていると、


「あーーーっ!」


 女が突然叫んだので、俺は驚いて彼女の方を見た。


「ドクペ消えとるっ!やっと見つけたのに……」


 彼女はしょんぼりうつむきながら、しゃがんでいる。

 見るとボタンに売切の文字が表示されていた。俺が買ってしまったために、なくなってしまったようだった。


「あの……これ、いる?」


 いたたまれない気持ちになった俺は、気が付けば自分の缶を差し出していた。


「ええんか……?あっお金」

「気にしないでいいよ。おごったげる」


 彼女の顔がみるみる明るくなっていくのが分かる。彼女はすぐさま缶を開けて、ごくごく喉を鳴らし、かぁーッと全身に染み渡らせるように味わっていた。


「ドクペ、好きなの?」

「うん」


 彼女は、勢いよくベンチに腰掛けた。


「あっ!そんなに勢いよく座ったら…!」

「えっ?」


 俺の静止も意味をなさず、彼女はベンチに座ったまま後ろに転んだ。クスッと俺が笑うと、彼女もつられて笑い出した。

 やがて、笑いが収まると彼女は、


「ここらへんにはどこにも売っとらんと思っとった。でも、やっと見つけた。本当にありがとう」


 ニコッと笑っている彼女の顔を見て俺は、少し顔を赤らめた。しかし、同時にどこかで見たことがあるかのような既視感に襲われた。どこかで会った気がするのだ。

 ふと、ほくろに目がいった。右の目の下の黒いほくろ。

 ここで、強烈な既視感の謎が解けた。似ている。生徒会長に、鋭い眼光こそないが、あの漆原白雪に。

 俺が混乱していると、


「これも何かの縁やけん、連絡先、交換せん……?その、友達……とかなってほしいなぁって」


 今度は彼女が顔を赤らめていた。俺は迷わず、


「いいよ。じゃあ君のことなんて呼べばいい?」


 と言った。俺は彼女に興味を持っていたのだと思う。


「……ユキ、でええよ」


 ん、え、ユキ?白雪じゃなくて?え、さすがに本人だよね?


「えっと……ユキちゃん。よろしくね」

「ちゃんは恥ずかしいから、やめてくれん?」

「じゃあ……ユキ?」


 ユキはニコッと笑顔に戻り、起き上がって、僕の目をまっすぐ見つめた。


「君の名前は?」

「義一、天城義一」

「じゃあぎーちゃんね」


 自分はちゃん呼びが嫌なのに、人にはするらしい。


「よろしくっ」


 勢いに流されて、結局聞くことはできなかった。

 これが、僕らの”初めて”の出会いであった。

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